夫婦ユニットという働きかた 第五回

「夫婦一緒にゲストハウスをやりたい」 15年かけて二人が夢を叶えるまで

「夫婦一緒にゲストハウスをやりたい」 15年かけて二人が夢を叶えるまで

「夫婦ユニットという働きかた」
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夫婦で一緒に仕事をする“夫婦ユニット”を紹介している本連載。今回登場するのは、東京の下町・蔵前で「東京ひかりゲストハウス」を営む、兼岩勲(かねいわ・いさお)さんと夕美子(ゆみこ)さんの夫婦ユニットです。

〈東京ひかりゲストハウス〉の夫婦ユニット三ヶ条
一つ:どんな時も「プライオリティーが一緒である」こと。
二つ:意見がぶつかったら「時間をおいて考える」こと。
三つ:おごらず「やらせてもらっているという気持ちを忘れない」こと。

夫婦同時に「ゲストハウスをやりたい」と思ってから15年、実際に動き出して場所を見つけるまでに1年半、大工さんの作業場兼自宅だった古い木造家屋を自分たちで改築するのに約1年。長い時間をかけて夢を実現した兼岩さん夫妻。専業主婦だった妻・夕美子さんの一大決心で動き出したゲストハウスのオーナー夫婦には、どんな物語があるのでしょうか?

①

妻が「男になる!」ことから始まった夫婦ユニット

–ゲストハウスのオープンは2014年ですが、すでに15年前からの構想なのだとか。

兼岩勲さん(以後、勲):はい。夫婦揃って旅行が大好きで、世界中を旅してきました。ゲストハウスやユースホステルを利用することが多かったんですが、日本には気軽に泊まれる宿泊施設が少ないなと感じたのがきっかけです。

兼岩夕美子さん(以後、夕美子):主人からそんな話が出たのが15年前で、その時に「私もそう思ってた!」と。同時に夫婦で同じことを考えていたんです。

勲:それから、ゲストハウスを始めるのに役に立ちそうなサークルやボランティアに参加していたんですけど、なかなか具体的に動き出せずにいました。

夕美子:主人に「いつやるの?」と聞いても「う〜ん」という感じでなかなか動かない。でも女の私が主導権を握るのはどうなんだろうと、主人が動き出すのを待っていました。当時、私は専業主婦で、決定はすべて主人に委ねていたんです。

勲:でも私が 10年以上経っても動きださないもんだから、さすがに妻も自分がやるしかないと思ったんでしょうね。物件を探し始めたんです。

夕美子:ここは私が男になろうと(笑)。会社勤めをしている主人を見ていて、常に居心地が悪そうだと感じていたんです。「この人にはどんな仕事が向いているんだろう」と考えた時に、改めてゲストハウスの受付に座っているのがいいんじゃないかなと。

②

勲:自分ではどの仕事も合ってない、とは思っていなかったんですけどね。

夕美子:(笑)まあ、理由はそれだけではなくて、私自身もやりたいことなのだから自分が動けばいいんだって。それに気づくのに10年かかりました。動いてみてわかったのは、主人は不動産を回って物件を探したり、リノベーションしたり、ゲストハウスをオープンするために計画を立てて動くのが苦手だったんだなと。でも、オープンしてからの経営はすべて主人任せ。そのへんは私が苦手なので。

–決定権が夫にあり妻が専業主婦だった時代と、夫婦ユニットを組んでからの関係性は変わりましたか?

夕美子:変わりましたね。専業主婦だった頃は私に権限はなかったけど、今はかなり自分の意見を主張するようになりました。一応主人にお伺いを立てながらのリノベーションだったけど、ことごとくセンスが合わない(笑)。

勲:いや、センスではなくて視点の違いです。

夕美子:私が「木の床にしよう」と言うと主人が「腐るからメンテナンスが大変だ」と言い、さらに私が「見栄えを重視して、それを管理するのは企業努力でしょ」と説き伏せる。そんなやりとりの繰り返しでした。結果的に「かわいい」とお客さんに評判がよかったことで主人の私を見る目が変わった気がします。

③

電球が原因で、離婚話に発展

勲:確かに当時は主導権は自分だという意識があったんだと思います。ただ、センスの問題ではなく視点の違いなんです。いかにきれいにするかも大事だけど、ランニングコストがいくらかかるとか、掃除がしやすいなど、妻は管理面をあまり気にしないので。灯りについてもLEDにしたら電気代が安くなるのに、白熱灯の温かい灯りがいいと譲らない。

夕美子:電球についての議論は離婚寸前までいきました(笑)。結果的にLEDで白熱灯風の色合いの商品が発売されて解決。電球の進化のおかげで丸く収まりました。

勲:カーテンでももめたよね?

夕美子:そうそう。それは丸く収まらずに私が押し切りました(笑)。消防法上、防火用のカーテンにしないといけないんですけど、防火用だとかわいいのがない。結果的に綿のカーテンに防炎加工を施してもらうことにしたんですが、それがものすごく高かった。

勲:妻が見た目を重視するように、私は法律を守るとか、機能性とか、そういう視点から入る。妻としては賛成してほしいのに常に反対されてストレスになっているみたいですけど、ブレーキ役は必要です。

④

正しい道を進めば、万事うまくいく

–拘束時間の長いお仕事ですが、夫婦だけでのやりくりは大変なのでは?

勲:いえ、逆に夫婦ユニットだからこそ時間の融通がききます。短時間だけ部分的にスタッフを雇えばいいのでコストが抑えられます。単身者の場合、1人ではできないので最初からかなりの業務を任せられる長時間のアルバイトを雇わなくてはいけない。受付を任せるのも不安だと思いますよ。

夕美子:うちの場合は交代で休めるし、最初から信頼関係もでき上がっているので、ゲストハウスを運営するには夫婦ユニットはメリットでしかないと思います。拘束時間が長いといっても、常に一緒にいるわけではないですしね。

勲:妻は家事や子どもたちの世話があるので、基本的には別行動です。食事や洗濯のために別にマンションを借りているので、そことゲストハウスを行き来しています。午後からのゲストハウスの掃除が唯一一緒にする決まった仕事です。掃除が終わり、お客さんを迎えるまでの夕方の時間が、休憩時間でもあり夫婦のコミュニケーションの時間でもあります。

夕美子:設備面のことなどでケンカをしている最中に、お客さんが来店ということもあります(笑)。それで中断されると、「何でケンカしてたんだっけ?」と忘れてしまうこともしばしば。

勲:お客さんが緩衝材になってくれている部分は多分にありますよね。

夕美子:お客さんとのおしゃべりも楽しいし、設備の修繕などを含めて仕事という感覚はあまりありません。でも、最初は不安でしたね。物件探しを始めても、不動産会社の人はまともに相手をしてくれない。そんな中で10年のブランクがあった中学校の教師に復帰したんですね。思った以上に大変ではあったけれど、それがいいリハビリになりました。

勲:端で見ていても大変そうで、大丈夫かなとちょっと心配でしたけど、結果的にやり切れたことが自信につながってゲストハウスをオープンする原動力になったのだと思います。

夕美子:何をするにも自信がなくて、主人の許可をとらないと不安だったけど、ゲストハウスに着手してからずいぶん強くなりました(笑)。私の座右の銘は「人は一生の扶持を持って生まれてくる」。人は道さえ間違わなければ、食べるのに困らないように生まれてくるという意味です。

勲:お金について妻は極端に心配性な部分があるんですけど、人の道を外しさえしなければ、夫婦の関係も仕事も悪い方にいくことはないと、私も思っています。みんなに還元していこうという気持ちを持っていればお金も幸せもお客さんが運んできてくれる。

夕美子:家族が仲良く楽しく暮らしていけるのは皆さんのおかげ、その気持ちを忘れずにいることが、私たち夫婦ユニットの一番の信念というか基盤ですね。

⑤

意見がぶつかることはあっても、根底に持つ「信じるべき道」は一緒。夫婦ユニットを組むためにはとても大事なことだと思います。兼岩さん夫婦の「信念」は「人の道理」でもあります。それが夫婦のプライオリティーであることと、人との繫がりを生み出す「ゲストハウス」を生業(なりわい)に選んだこととは、どこかで繋がっている気がしました。

【東京ひかりゲストハウス情報】
☆多言語を楽しむ会(月一回、いずれかの土曜日16時から1時間程度、どなたでも参加可)
☆イサ(兼岩勲)が案内する築地市場(月1、2回、いずれかの火曜日9時から2時間程度、宿泊者のみ)

(塚本佳子)

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