「女子に理系は向いていない」「やっぱり結婚して子供を産むことこそが女の幸せ」「食事は男性が奢(おご)るべき」--。
いつの間にか私たちの考えや行動を縛って影響を与えている“アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)”をテーマにしたエッセイ『思い込みにとらわれない生き方』(ポプラ社)が1月に発売されました。ベストセラー『女性の品格』で知られる坂東眞理子(ばんどう・まりこ)さんによる新刊です。
前編では坂東さんに私たちを取り巻くアンコンシャス・バイアスについて伺いました。後編では昭和女子大学理事長・総長を務めている坂東さんに女子大の役割や女性が働くことについてお話を伺いました。
「良妻賢母」を育てる女子大が変わった理由
——坂東さんは2004年に昭和女子大の教授、07年に学長に就任されました。公務員のキャリアを経て、大学で教鞭(きょうべん)をとられるようになったのはなぜですか?
坂東眞理子さん(以下、坂東):私がなぜ、アカデミックキャリアもないのに、昭和女子大学に呼んでいただけたかと言うと、当時はちょうど、大学もいや応なしに変わらざるをえなくなってきた時期でした。
それまでの昭和女子大学は、「良妻賢母」や「24時間働く企業戦士を支える妻」を育てることに力を入れてきました。謙虚で気働きもできる。言われたことに口答えしないで、ちゃんと従うような女性像ですね。それで、親御さんからも就職先からも、絶大な信用があったわけです。
ところが、1990年代の半ばごろから、急激に短大進学者が減ってきて「女性も社会に出てキャリアを持とう」という考え方に、変わり始めました。労働人口の不足が加速し、働き方も変わりつつある時代にあっては、経済的に自立しないと自分や家族を守れない。そんな時代背景もあって、2003年にお声を掛けていただきました。
——この20年間を振り返ってみていかがですか?
坂東:私が理事に就任した当初は「学校を卒業したら、2、3年仕事をして、幸せな結婚をして、みんなから祝福されて仕事を辞める。温かい家庭を築いて、子供の手が離れたら、また職場に戻ってもいい」という将来像を描いている学生が多数派でしたね。当時も、育児休業制度はあったのですが、普通の女子学生たちは、「私には関係ない。私は、お母さんと同じような人生を歩むんだ」と思い込んでいる人が多かったんです。
だから、「そういう時代ではないよ」と言い続けて就職を応援し、キャリア教育をしたり、社会に出ている先輩女性から、学生が話を聞ける社会人メンター制度を作ったり、それから、グローバルビジネス学部や会計ファイナンス学科など、新しい仕事につながるような学部や学科を作ったりと、いろいろ工夫してきました。
——昭和女子大学は、実就職率では卒業生1000人以上の女子大で12年連続の首位を維持(大学通信調べ)しています。学生たちの意識も変わったのでしょうか?
坂東:変わりましたね。育児休業制度が浸透したということもありますけど、普通の女子学生が、「定年まで働きたい」「働くのは当たり前」と考えるようになりました。例えば、2000年ごろの女性労働率は、結婚出産で仕事を辞めてもう一度働く“M字カーブ”だったのが、今は、“逆U字カーブ”(女性の労働力人口が年代とともに上昇し、40代でピークを迎える曲線)になっているように、女子学生の意識も完全に変わりました。
日頃から学生たちに言っていることは、「女性は、“レッド・シー”ではなく、“ブルー・オーシャン”を目指すべきだ」と。つまり、競争相手が多くて、血みどろな戦いが起こっているところに、あとから行っても負けてしまう。だから、競合がいないところを目指しましょうということ。
例えば、グローバル人材は男性でも少ないから、グローバルビジネス学部を作ったり、男性のイメージが多い会計分野においても、会計ファイナンス学科を作ったり。共学の大学がやっていることとは別に、特別な強みを持つことが、“ブルー・オーシャン”を開くことになるのではないかと考えたんです。
——女子大が果たす役割については、どんなふうにお考えでしょうか?
坂東:今は過渡期で、本当に難しいのですが……。私は、日本の社会において、女性に対する“アンコンシャス・バイアス”がなくなって、女性が男性と同じように、自分の能力を発揮できるような社会になれば、女子大の存在意義はないだろうと考えています。
ところが、まだまだ女性には、乗り越えなければならない偏見があるし、障害もある。そんな社会の中で、生きていくための考え方や知恵、スキルを身に付ける必要がまだまだあります。それがなくなるまでは、女子大の存在意義はあると考えています。
——まわりの女子校出身者の話を聞くと、「女子校は異性の目がないから変に自分が女性であることを意識しないで自由にいられた気がする」という声も少なくありません。
坂東:やらなければいけないことは、全部自分でやらなければいけないんですけど。どんなに重たい物も自分たちで運ばないといけないけれど、変に異性の視線を意識して女らしくしようなどと考えなくて済んだりという点は、女子大のメリットだと思います。
——確かにそうですね。
坂東:ただ、一番の課題は、女性が乗り越えなければならない障害がたくさんあることに気づくのは、30代後半や40代からということなんです。女子高校生は女性の課題なんて意識しないし、女子大のメリットも感じない。
私たちが“アンコンシャスな差別”に気づくとき
——30代後半から40代と言えば、ちょうど読者もその世代に当たります。
坂東:私たちの世代は大変だったけれど、今の若い女性たちは就職差別なんてほとんどないでしょう? 若いころは、あからさまな男女差別はないし、ピンとこない人も少なくないと思います。それに、家庭や責任があるわけでもない。ところが、子供が生まれて、自分も年を取って、無我夢中で働いているうちに、ふとまわりを見ると「あれ?」って思うことがたくさんあるんですよ。
——どういうことでしょうか?
坂東:就職して10年たつと、男性たちはちゃんと職場で経験を積んで、それなりの人材として成長してる。一方で、女性たちは、子育てと仕事を両立しながら苦労して退職する人も多い。「夫はせいぜい手助けしてくれるけど、そこまで協力してくれない」とかね。「お母さんが働いてて、子供がかわいそう」とか言われて、グサッとなったり……。まだまだそういったところで、目に見えないアンコンシャスな差別があり、気づくのは、年を取ってからなのです。
——確かに「家庭と仕事の両立」という枕ことばがつくのは女性のほうが多いですね。
坂東:それから、一番大きいのは、“M字カーブ”はなくなったけど、いまだに女性の54%が非正規労働者*なんです。男女の賃金格差は、77.5%**だといわれていますが、それは正社員同士の格差の話。それでも、他国に比べて大きな差があります。
女性の過半数を占めている非正規労働者の賃金は、男性正社員の5割ちょっとで、半分程度です。そういった不安定な現実を目の当たりにすると、「どうして私は辞めちゃったんだろう?」と気づくんです。
——気づいたときには時すでに遅しなんですね。
坂東:そうなんです。特に若いうちは、あまり気づかない。だから、できるだけ早いうちから、思い込みにとらわれず、自分の可能性を生かして豊かに生きることを目指してほしい。それが、この本のメッセージですね。
参考サイト:
*正規雇用労働者と非正規雇用労働者数の推移(男女別)
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r04/zentai/html/zuhyo/zuhyo02-07.html
**男女の賃金差の開示義務化 政府方針、非上場企業も対象
https://www.tokyo-np.co.jp/article/178603
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)