「賃貸住宅の退去時トラブル回避のコツ」と題し、最新情報(2023年2月時点)について、「安全で快適な暮らし」をモットーにメディアでも活動する不動産アドバイザーの穂積啓子さんに連載で聞いています。
第1回・第2回は部屋のクロス、フローリング、鍵、網戸、ガラス、給湯器、ハウスクリーニングなどの「原状回復」の費用は借主と家主のどちらが負担するのかについて、具体例を挙げて紹介しました。今回の第3回は、実際に家主に原状回復費用を請求されたというケースとその対処法について、2020年の民法改正や、2004年から国土交通省(以下、国交省)が公表する「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の情報(第1回・第2回参照)をもとに尋ねました。
「通常使用や経年の損傷劣化の費用は家主負担」は確立された考え方
——2020年の民法の改正では、賃貸住宅の退去時、「賃借人(借主)は通常損耗(そんもう。通常の使用によって生じた損傷や劣化)や、経年による変化まで原状回復の義務を負わないこと」(第 621 条) などが明確になったとのことでした。では、民法改正前に契約をして入居している人の場合はどうなるのですか。
穂積さん:民法改正以前でも、通常の使用や経年による損傷や劣化については家主の費用負担であることは、2004年以来、国土交通省がウエブ上で公表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(リンク先は記事の下)の内容や、それ以前からも借主と家主の訴訟の際の判例によって社会で広く確立された考えかたです。
2020年より前に取り交わした賃貸借契約書であっても、借主が故意や過失で住居の設備や建具を著しく損傷させていない限り、また通常の使用や清掃を行っていたならば、借主が原状回復のための費用を支払う義務はありません。
家主が慌てて敷金返還をしてきたケース
——とはいっても、前回までにも読者の声にあったように、退去時に原状回復費用を請求されたという事例は頻繁に耳にします。例えば、「クロスの汚れ、カーペットのへこみ、鍵の取り換え費用について、合計15万円の原状回復の費用を敷金から差し引くといわれた。敷金は15万円なので、けっきょく敷金が戻ってこない」(38歳・男性・会社員)、「水道栓の劣化、エアコンのリモコンの故障、室内ドアのノブの劣化、ハウスクリーニングで合計12万円を請求された」(26歳・女性・大学院生)などです。このようなときはどうすればいいでしょうか。
穂積さん:まず、その方たちへのどの請求も、原状回復の費用は家主が持つべきケースです。繰り返しますが、どれも国交省のガイドラインや民法でも家主側の負担であることが明記されています。
現実として、借主は民法改正や国交省のガイドラインの情報を知らない人もまだまだ多いようですが、家主や管理会社、仲介の不動産会社は知らないはずがないと考えられます。
民法改正についても、国交省や東京都のガイドライン(リンク先は記事の下)の情報はウエブ上で公開されていて、誰もが無料で閲覧可能で印刷ができます。もしこのような請求があれば、ガイドラインの該当部分を印刷して家主に渡し、支払う義務がないことを伝える行動を起こしましょう。すると、「家主が慌てて敷金を全額返還してきた」という例が多くあります。
退去時の住宅確認の場でガイドラインを活用する
——実際には、「どう考えても自然損耗なのに、一方的に借主の責任と決めつけられ、高圧的な態度で確認書類に署名をさせられた」(41歳・男性・デザイナー)、「8年入居していた賃貸マンションのクロスの劣化を、管理会社から『あなたが使っていたのだから弁償を』と言われて請求され、情報を知らなかったので払ってしまった」(32歳・女性・自営)など、借主が泣き寝入りしたという声もあります。筆者も若いときに同じ経験をしました。
穂積さん:それを避けるためにも、できれば、退去時の住宅の状態確認時にはご自身のほか、身内や上司、友人らの第三者に立ち会ってもらい、原状回復について何らかの費用負担が生じる場合は、その場で家主側に指摘を依頼してください。
本来、わざわざ依頼しなくても、退去時の立ち会い確認とは「原状回復の必要性の確認」の場なので、損傷や劣化があれば家主側からその理由や、費用発生について指摘があるはすです。ただし、「最終確認時には家主ではない管理会社や内装業者がやってきて、その場ではなんら指摘はなかったのに後から請求された」という例も多発しています。むしろ、家主以外の人が来るほうが多いでしょう。どういう立場の人が来ても、「原状回復に自分(借主)に費用が発生する場合は、いま指摘を」と伝えましょう。
そして、その場で何か指摘されたら、例えば、クロスの汚れであれば、汚れの部分と、全体のクロスの写真を撮り、メモをしてください。その状態の確認用の書面が、国交省の『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改定版)』内のP.4・5や、東京都の「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン 第4版」のP.27・29にひな形である「入退去時の物件状況及び原状回復確認リスト(例)」が記載されていて、役に立ちます。東京都のガイドラインはほかの都道府県や市区町村でも参考にされています。これらを印刷して活用しましょう。

国土交通省発行『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改定版)』 P.4より

東京都『賃貸住宅トラブル防止ガイドライン 第4版』 P.27 より
ただし、例えば、借主が「ペット飼育禁止の住宅で家主に黙って飼っていた。壁が傷で損傷している」「壁にペンキで絵を描いた」「粗大ゴミを部屋に置いたまま退去した」などで、明らかに借主の過失や通常使用を超えて損傷を与えたという場合は原状回復費用を負担する義務が生じます。
——退去時確認に、「新型コロナを理由に、家主側が立ち合いの住宅確認に来なかった」「用事でその日は行けない。後ほどこちらで確認しておく」と言われた例もあります。
穂積さん:借主だけでも確認書を使って、写真も撮って記録しましょう。家主には、「では私のほうでは、国交省のガイドラインにある確認書を用いて書類を作り、写真も撮って記録しておきます」と伝えるとよいでしょう。
——これを機に、国交省や東京都のガイドラインをよく読み、退去時には自分でリストのひな形を利用して、部屋の状態を徹底して確認したいものです。次回・第4回は「敷金が返還されないときの対策」について尋ねます。
国土交通省 「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン 再改定版」
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000021.html
東京都 「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン 第4版(令和4年12月)」
https://www.juutakuseisaku.metro.tokyo.lg.jp/juutaku_seisaku/tintai/310-6-jyuutaku.pdf?2022=
(構成・取材・文 品川緑/ユンブル)