12月16日に公開される映画『ケイコ 目を澄ませて』にて、岸井ゆきのさん演じるケイコを見守る会長役として出演する三浦友和さん。
本作は、聴覚障害と向き合いながら実際にプロボクサーとして活動した小笠原恵子さんの自伝『負けないで!』(創出社)に着想を得て、三宅唱監督が新たに生み出した物語。耳が聞こえないプロボクサーと、彼女が所属するボクシングジムの会長の交流が描かれています。
本作について三浦さんにお話を伺いました。
「主役」として大切なものを持つ、岸井ゆきの
——撮影前、三宅監督に「とことん話し合おう」とおっしゃったそうですね。どんなことを話し合ったのでしょうか?
三浦友和さん(以下、三浦):まず自分なりの気になった点や疑問など全体の感想を共有しました。最近はパソコンでもやり取りができるので、気づいたことをまめにすり合わせて。そういうことを経て、だんだん自分の役のことやシーンのことについても相談するようになったかな。それを受けて監督が脚本を書き直してくれた部分もあったようです。
——著書『相性』の文庫版に収録されているインタビューで「ただのうるさいオヤジ」宣言をされていたのを思い出しました。
三浦:そうですね。我を通したいわけではなく、いい作品を作りたいという一心でのことです。監督にはいろいろと伝えましたが、最初に読んだ時から面白い脚本だと思っていましたよ。完成されている女性じゃない感じがいいというか。がむしゃらに頑張るのだけれど、途中でめげたり迷ったり。自分でボクシングの道を選んだのに「痛いのはイヤだ」と言ったりもする。そんなところに人間味を感じて、いいなと思いました。
——ケイコを演じる岸井ゆきのさんとは初共演です。
三浦:申し訳ないけれど、これまで彼女の出演作を観たことがなくてね。でも、かえってそれがよかったのかもしれません。頑張っている姿を見て素直に「ただ彼女を見守ればいいのか」と思えましたから。
ケイコを演じると決めたことは、いくつもの困難を引き受ける覚悟をしたということでもあります。聴覚障害者でありプロボクサーの役ですからね。手話に身体作り、しかもただダイエットするのではなくプロボクサーらしく見えるようにしなければならない。彼女には習得するべきものがいくつもありました。相当大変だったはずです。
——撮影の3ヶ月も前からボクシングの練習を始められたそうですね。
三浦:現場にいると、彼女の努力が伝わってくるんですよ。「もうこんなことまでできるようになったのか」と、ときには恐ろしさを感じるほどでした。
だけど、主役をやる子ってそこが一番大事でね。そういう姿を見ると、僕らもテンションが変わります。この子がここまでやるならば、と気持ちが高まるんですよ。彼女にはそうさせてくれる気概を感じました。
見守る役が増える今思うこと
——ケイコはこのまま好きなことを続けていいのかと悩み、会長は代々続いたジムの閉鎖に悩みます。本作は、「葛藤」がテーマのひとつですよね。
三浦:そうですね。ケイコは将来のことに悩んでいます。ボクシングは、一生続けられるものではありません。会長の場合は自分の身体のこともあるし、経済的なこともある。会長には終活的な側面もあるけれど、ケイコの人生は続いていく。二人にはそんな違いがあったと思います。
なので、迷うケイコに「今」だけ「頑張れ、頑張れ」と会長は言えません。ケイコの未来も含めて見守らなければならないので。そういう立場であることを意識していました。
——最近の出演作『クロサギ』や『線は、僕を描く』などでも、見守る役が続いています。
三浦:年齢的にそういう時期がきたのかな。
——著書などで「50代になり、役柄が医師、弁護士、検事、判事、刑事などに偏ってきていることが悩みでもある」とお話しされていますよね。見守る役が増えてきたことについても思うところはありますか?
三浦:特にないかな。今まで堅い役が多かったのも、そういうイメージがあったのでしょう。だけど、今年はもう古希(70歳)を迎えましたからね。それなりにそんな雰囲気に(見え方が)変わってきたのではないでしょうか。僕ら役者はオファーを受ける側です。受けられないものはお断りするけれど、そういう意味では、自分で選べるわけではありません。なので、そういった役が増えてきたというのは、自然と周りが印象を変えてくれたのだと思います。
——なるほど。
三浦:刑事とか弁護士、医師の役が続くと、「正義の人」になっていく感じがあってね。そういう作品では、たいてい最終的に人を助けたり、事件を解決したりします。だけど、そんなに裏表なく「強くて正しい人」なんているのかな。どんな人にも弱さがあるし、愚痴をこぼしたくなる瞬間だってある。完全無欠のヒーローなんて、面白くないでしょう。欠点や人間的な弱さこそが、作品に深みを与えてくれると僕は考えているんです。そういう意味でも、「わかりやすい物語」になっていない本作は面白いと思います。
インタビューで困る質問は…
——見る人によって想像の余地がある作品ですよね。想像といえば、私『死にゆく妻との旅路』が好きで。実際に起こった事件が元になっていて、三浦さんが演じる久典は取り立てから逃れるため、余命わずかな妻とワゴン車で日本各地を転々とするものの、その道中で妻が亡くなり、保護責任者遺棄致死で逮捕されるという。
刑法に則れば罪ではありますが、人間として生きるってことを考えると、妻の切実な願いを叶えようとした久典さんは「悪い人」だったのか……。罪を犯した人間は例外なく悪人なのか、私たちはそんな簡単に他者をジャッジできるのかと、当時すごく考えました。
三浦:なるほど……そんなことを感じたんですか。僕は、撮影中に「こんな風に感じてもらえたらいいな」とか「世の中の人にこの感動を伝えたい」といったことを一切考えないんです。たぶん、この業界のほとんどの人がそうだと思うんだけどね。
だから、よくインタビューで「この映画のテーマは何ですか」「見どころは?」と聞かれるのだけれど、答えにくくて(苦笑)。自分がその脚本や監督、共演者を面白いと思ったから、引き受けた役を全うする。それだけなんです。
——作り手の考えを押し付けずに、見る側に委ねるってことですか?
三浦:無責任に丸投げするわけではありませんが。いろんな感想があるのが健全じゃないですか。いろいろな見方があって、感想があって。面白いと感じるところも、文句をつけたくなるところも人それぞれでしょう? 僕らの仕事には、いろいろな声がついて回る。それは仕方のないことですから。
自分の弱さや醜さを理解する
——そういう声に一喜一憂しますか?
三浦:「しない」と言えばうそになります。解釈がそれぞれ違っても「面白い」と言われれば嬉しいですし、厳しい声の中にも「その通りだな」と納得させられる部分がある。誹謗中傷は別ですが、どの声も受け止めなければと思います。
——厳しい声には胃がキリキリしてしまいそうです……。
三浦:そこに何も感じなくなったら、俳優はできなくなるでしょうね。この仕事は、自分の弱さや醜さを理解しないと難しいから。僕は、歳を重ねる中で自分の感覚が鈍るのが一番怖いんです。ある程度の経験をすると、どうしたって新鮮な感動は少なくなってきますからね。
——弱さとか醜さがあるのは未熟だと思ってしまい、もっと強くならなきゃと焦りがちです。
三浦:だけど、そこを認めなければ、強くもなれないでしょう。「自分には弱いところはない」「卑屈な部分はない」と言える人はすごいなと思ってしまいます(苦笑)。だってみんな弱いじゃない。自分の中にある醜い気持ちや悪魔的な部分も認めるといいんじゃないかな。
——そうですね。そうできれば、他者にも寛容になれる気がします。
三浦:僕らの仕事はそういうことを担っているかもしれませんね。
『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』から10年経って
——まだまだ聞いていたいところですが、最後の質問です。本作が始動してすぐ新型コロナウイルスの影響が出始めたと聞きました。三浦さんは『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』の撮影時期が東日本大震災と重なった経験もされています。未曾有の事態で改めてお仕事について考えたこともあったのでは?
三浦:この2作は年齢的な区切りを迎えた作品でもあります。『RAILWAYS』の頃は60歳、『ケイコ』では70歳になりました。『RAILWAYS』はクランクインが2011年の3月12日で、準備することもあったので東日本大震災の時は富山にいたんです。撮影は決行されましたが、しばらく何もする気にならなくてね。だって、全て「嘘」じゃないですか。僕は本物の運転士でもなければ、作中にあるように夫婦間のことで悩んでいるわけでもなく。作り物の世界を演じることに何の意味があるのか。仕事の意義について悩んだ時期でした。そこから思い直して、現在も仕事に取り組んでいるわけですが。
コロナ禍においては、全く逆のことを思いました。映画だけでなく、エンターテインメントの世界のみんなが本当に苦労しているのを目の当たりにしたので。実際に生活に困窮するような人もたくさん出ましたからね。この仕事の大切さや、撮影を続けることの必要性を実感しました。
有事の際には、どうしても芸術の世界、その一部である映画やエンターテインメントは不要だとされやすい。非常に難しいところではあるのですが、どうすればミニシアターも含めて、劇場に人を戻せるか。やっぱり僕は、観客としても俳優としても映画が好きなので、何とか戻ってきてもらう方法はないのか、そういうことを真剣に考えているところです。
(取材・文:安次富陽子、撮影:面川雄大)
■作品情報
『ケイコ 目を澄ませて』
12月16日(金)公開
出演:岸井ゆきの、三浦誠己、松浦慎一郎、佐藤緋美、中原ナナ、足立智充、清水優、丈太郎、安光隆太郎、渡辺真起子、中村優子、中島ひろ子、仙道敦子、三浦友和
監督:三宅唱
脚本:三宅唱、酒井雅秋
原案:小笠原恵子『負けないで!』(創出版)
制作プロダクション:ザフール
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2022年/カラー/ヨーロピアンビスタ/5.1ch/99分
©2022 映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINEMAS
公式サイト:https://happinet-phantom.com/keiko-movie/
公式Twitter:@movie_keiko