8月に発売されたコミックエッセイ『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)が発売3日で重版。さらに、10月にはテレビ東京でドラマ化が発表されるなど、今注目を集める週末北欧部のchikaさん。9月30日には『かもめニッキ』(講談社)の発売も控えています。

『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より
20歳で訪れたフィンランドに運命的なものを感じて以来、「いつかフィンランドに住みたい……」という思いを“こじらせ”ながら会社員として働きつつ、日々の発見やその瞬間の思いをまっすぐに発信してきたchikaさん。13年間温め続けた夢を叶え、今年、33歳でついにフィンランド移住を果たしました。
英語力は中級。毎日忙しい日々の中、小さな台所でシナモンロールを焼いては、ヘルシンキを夢見る——。そんな“普通の会社員”のchikaさんが移住に踏み出せたのはどうして?
chikaさんの行動力の源やキャリア観を紐解いていく、全3回のインタビュー連載。最終回は、移住時期を決めてからの準備や、ついに移住を果たしてからの暮らしについて伺っています。
失敗が怖いなら、失敗しても大丈夫な準備をすればいい
——chikaさんがフィンランドに憧れたのが20歳。移住するには何が必要なのかを調べ、おおまかな道筋を定めたのが25歳。フィンランドで働けるように寿司職人の修行を始めたのが31歳で、ついに移住したのが33歳でした。このタイミングで「いまだ」と感じたことには、何か理由があったんですか?
chika:自分から「ここで行こう」と決められたわけではなくて、気づいたら準備ができていたというのが実際のところです。というか、自分ではまだまだ準備が足りていないと思っていたけれど……お寿司の先生や先輩、フィンランドの友達などが「chikaはもうreadyだよ」と言ってくれて、決心がつきました。「行ってみないと実際に何ができないかもわからないから、まず“できない前提”で行っちゃったほうが早い!」と言ってくれた先生もいましたね。

『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より
——準備って、いつのまにかできているものなのかもしれませんね。著書『北欧こじらせ日記 移住決定編』では、板場の仕事でどうしても桂むきが苦手だと感じ、桂むきマシーンを購入するシーンがありました。猛練習は続けつつも、かたくなに完璧を目指すのではなく「失敗しても大丈夫な準備をする」という姿勢が、柔軟でいいですね。
chika:昔、職場の上司が「苦手なことをどれだけ頑張っても平均点くらいにしかならないけど、得意を磨けば唯一無二の武器になる」と言ってくれたんです。そして、苦手をカバーする3つの方法として「強みを磨く」「誰かに頼る」「すっぱり諦める」と教えてくれて。不得意なことはすっぱり諦めつつ、諦めても大丈夫なように準備さえ整えておけばいいんですよね。絶対に失敗しないように準備しなきゃって思いがちだけど、失敗したらしたで、それが現在地。現実を受け止めて、そこからまた頑張ればいいと思っています。それにしても、取材の質問項目に桂むきマシーンが入っているのを見て、「ここをピックアップしてくれるなんて!」と笑っちゃいました(笑)。
毎朝感じる「私、いま人生で一番幸せ」
——2022年4月に念願の移住を果たして、約5ヶ月。恋焦がれた場所での暮らしはいかがですか?
chika:最近ようやく銀行口座が作れて、アパートもまだこれから借りるような段階なんですけど……本当に幸せです! 毎朝通勤しながら、ふと「私、いま人生で一番幸せだな」って思っちゃうくらい。13年前に一目ぼれしたとき、私とフィンランドには何のつながりもなかったのに、自分の力でここに来て、本当に住んでるんだ……! って、しみじみ思います。夢が現実になりました。
——最高ですね……! しかも、『北欧こじらせ日記』がドラマ化されるなど、思い描いていた以上のことも起こっているのでは?
chika:本当ですね。「いつかフィンランドに住みたい」という大きな夢を見ながら、東京の小さなアパートで北欧愛を綴っていたこの本。それが、私の人生の新しいチャプターのスタートと同時期に「ドラマ化」という新たな冒険をすることになって、うれしい気持ちでいっぱいです。
——主演の本田仁美さんにも縁を感じているとか。
chika:はい。実は数年前に中国で海外赴任をしていた頃、本田さんが韓国のオーディション番組に挑戦する姿を拝見していたんです。その姿がとても一生懸命で……私も海外で働き始めたばかりで、言葉もスキルも不足していたけれど、それでも懸命さだけは忘れずに頑張ろうと励まされていました。
予想外すぎたトラブル
——寿司職人として働き始めて、いかがですか?
chika:それが、内定をくれたお店に来てみたら、いるはずのヘッドシェフが採用されていないうえに唯一の日本人の同僚も2週間で帰国してしまい、日本人の寿司職人が私一人になってしまったんです。「予想できない困難もあるだろうな」とは思っていたけれど、ここまで予想外の事態が待っているとは思いませんでした。でも、予想できていたら「一人でヘッドシェフの働きなんてできない!」と怖気づいていたと思うから、知らずに来てよかったです(笑)。短期間で揉まれに揉まれて、スキルも格段に上がりました。この経験は絶対にこれから先も役立つと思うから、大変だけど、楽しめてもいます。
——異国の地での寿司職人、どんなときが楽しいですか?
chika:フィンランドにはいいシェフにサインを求める文化があるので、サインを頼まれたときはうれしいですね。最初のうちは、同僚からお客様に「この人が“Sushi Master”だよ」って紹介されて「えっ、私、寿司マスターなの!?」と戸惑う場面もありましたが、いまでは「I’m Sushi Master from Japan」なんて自己紹介をするようになりました。自分の名前で勝負するという環境は、責任感もあるけれど楽しさも大きいですね。作るお寿司も、フィンランドらしい工夫がたくさん。北欧のお魚やハーブを使ったり、洋風ソースで味付けをしたり、大好きなフィンランドの食習慣を感じながら新しい料理にチャレンジできます。
——たとえば、どんなメニューを考案しているんですか?
chika:こちらではお肉料理にジャムが添えてあるから、あるシェフが「白身魚とリンゴンベリージャムの組み合わせはどうかな」とアドバイスをくれて試してみたところ意外においしくて……。白身魚の実からベリーの色が透けて、すごくきれいなんです。日本で出したらびっくりされちゃうだろうけど(笑)、これから試作と改良を繰り返しながら、素敵なレシピにできるといいなと思っています。

『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より
夢の先までやってきた。次に見えるものが楽しみ
——フィンランドと日本の働き方に、違いを感じる場面はありますか?
chika:自分の仕事に制限を設けない人が多いように思います。気づいたらパティシエが焼き場を担当していたりすることもあるし(笑)、新人のうちからどんどん仕事を任せてもらえます。じつは、フィンランドに来たときは繁忙期とスタッフの退職が重なり、一日13時間くらい働いていたのですが、日本と違って誰もが「これは異常だ」と指摘する姿が印象的でした。なので、すぐに業務が効率化されて状況が改善し、いまは早ければ一日6時間ほどで退勤できています。
——幸福度ランキング世界一位の理由がわかるような気がします……! 最後に、chikaさんがこれからのキャリアをどう考えているのか伺いたいです。
chika:移住するとき、まず3年はここで頑張ろうとだけ決めてきました。契約社員で働いていたときもそうだったけれど、終わりがあるからこそ全力で走れたんですね。だから、3年間という区切りが来るまでに、いろんなことをめいっぱい吸収したい。そのうえで最初の一年は、周りにたくさん貢献して、信頼を貯金していく年だと考えています。
お寿司も漫画も大好きなので、いずれは半分半分で働くようなライフスタイルができたらいいなぁとも思いますね。ただ、ずっと憧れていた移住が実現して、ようやく夢の先までやってこられたので、いまはまだここでしか見られない景色を存分に味わっているところ。ここから、次に自分が何をしたいと思うのか、自分でも楽しみです!
(取材・文:菅原さくら、編集:安次富陽子)