『春のこわいもの』インタビュー・後編

「とにかく書くときに楽をしない」川上未映子が常に自身に問いかけていること

「とにかく書くときに楽をしない」川上未映子が常に自身に問いかけていること

“ギャラ飲み”で稼いで整形手術を受けたい女子大生、深夜の学校へ忍び込む高校生、親友をひそかに裏切りつづけた作家--。

2020年春の東京を舞台に男女6人の体験を描いた川上未映子(かわかみ・みえこ)さんによる小説『春のこわいもの』(新潮社)が2月28日に発売されました。

2年半ぶりの新作について伺った前編に引き続き、後編では、書き手として常に意識していることを中心に伺いました。

フェミニズムの重要な役割

——『夏物語』は40カ国以上で翻訳が進み、世界的にも評価の高い作品です。俳優のナタリー・ポートマンさんも自身のインスタグラムで『夏物語』を紹介し、対談も実現しました。女性の身体性やフェミニズムについての発信も多いですが、ご自身の小説とフェミニズムの関係についてはどうお考えですか?

川上未映子さん(以下、川上):わたし個人はフェミニストですし、書いた作品がどのように読まれることもすべて歓迎します。生殖倫理や、人間の生き死に、また貧困や労働について書いた小説ですが、「夏物語」は海外ではフェミズム小説として紹介されることがとても多くて、それはとても嬉しい読まれ方であり、評価でした。女性の人生について真剣に書こうとするときに、書き手がそれを意識してもしなくても、フェミニズムを通過する──それは当然のことだと思うからです。

でも、わたしはフェミニズム小説を書く、フェミニズム作家ではないと思います。いろんな文章を書きますし、それがどんなに愚かなことでも、醜いものでも、美しいものでも、人以外のものでも、とにかく世界の描写がしたいという欲望で文章を書いています。それでも、わたしにとってフェミニズムは勇気そのものであり、現実を生きて理解するための大きな力なんです。人間のひとつの側面や状態である女性という存在について、深く考える機会と、本当に多くの示唆を与えてくれます。人間と社会、そして世界を書くとき、読むときに、フェミニズムが重要な役割を担うことは疑いようがありません。

20220221wotopi-0010

「いつも緊張していること」書き手として意識していること

——近年、小説を含めて表現や作品が多様性やフェミニズムの観点から「いかがなものか」と批判される状況があります。それを指して「ポリコレ(ポリティカル・コレクトネス=政治的正しさ)疲れ」と言われることもありますが、それについてはどうお考えですか?

川上:書き手としては好きに書くし、読み手としては好きに読む、ということになると思います。これは、いわゆる「文学無罪論」というのではなくて、もっと原理的なこととして、作家だって自分が結果的に何を書いたかなんて、どうしたってわからないからです。誰も、自分が今、生きている時代を完全に理解することはできません。そのうえで、作品を社会にだす人間は、その作品の評価、影響において、すべてを引き受けることになるんだと思います。作品は読み継がれることにも意味がありますが、同時に、読まれなくなることにも意味があると思います。

私が書き手としてできることは、小説を構成する要素すべてにおいて、手を抜かないということです。正しさや目的を意識するのではなくて、これほどたくさん物が書かれる中で、蓄積があるなかで、さらに何かを書こうとしていることが、どういうことなのかを考えること。その意味で、いつも緊張していることが、私にとっては重要だと思っています。

20220221wotopi-0069_1

川上未映子が考える、「読む」ということ

——緊張感というのは、作家の感受性にかかってくるものなのでしょうか?

川上:うーん、感受性の問題なのかどうかはわからないし、他の作家のことはわからないけれど、例えば、批評って基本的に悪口だ、みたいに思われているところがありますよね。もちろん悪口みたいな雑なものもあるんでしょうけど、それは単なる悪口であって、批評ではありません。それと、作品が批判されたときに、どうも自分が批判されたように思う書き手もいるみたいですが、そこも関係ないです。批評には、愛とか礼儀といった概念は使えません。どんなに手厳しいものでも、優れて鋭い批評は作品にとって必要です。

自作でも、誰の作品でも、新しい読みが提示されたときとか、見えなかったものが言語化されたとき、感動とともに学ぶことが必ずありますよね。それが読むということだと思いますし、その意味で、私自身も批評的でありたいな、といつも思っています。それが、さっきお話した、自分が必要としている緊張と関係しているんだと思います。書き手としては、とにかく書くときに、楽をしないこと。怠慢な部分がないかどうか、いつも注意すること、それがとても大切なことだと思っています。

20220221wotopi-0019

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、写真:宇高尚弘)

SHARE Facebook Twitter はてなブックマーク lineで送る

この記事を読んだ人におすすめ

この記事を気に入ったらいいね!しよう

「とにかく書くときに楽をしない」川上未映子が常に自身に問いかけていること

関連する記事

編集部オススメ

2022年は3年ぶりの行動制限のない年末。久しぶりに親や家族に会ったときにふと「親の介護」が頭をよぎる人もいるのでは? たとえ介護が終わっても、私たちの日常は続くから--。介護について考えることは親と自分との関係性や距離感についても考えること。人生100年時代と言われる今だからこそ、介護について考えてみませんか? これまでウートピで掲載した介護に関する記事も特集します。

記事ランキング