6月1日公開予定の映画『女たち』で主演を務める篠原ゆき子さん。仕事、恋愛、家族関係……すべてがままならないまま40歳を目前にした独身女性・美咲を演じています。
本作に出演することになった経緯や、コロナ禍のいま思うことについて話をうかがいました。
「篠原さん主演の映画を作ろう」からスタート
——本作には企画の段階から参加しているということで、思い入れの強い作品になったのでは?
篠原ゆき子さん(以下、篠原):はい。企画から参加するのはとても珍しいことで、貴重な経験となりました。
——どのような経緯が?
篠原:以前、奥山(和由)プロデューサーと別の作品でご一緒したときに、「篠原さん主演の映画を作ろう」とおっしゃっていただいて。ふとした瞬間の出来事だったので私はあまり本気にしていなくて、そうなったらありがたいなという感じでいました。そしたら本当に進めてくださって。監督はどなたにお願いするか? といったゼロの段階から製作に関わらせていただきました。
——脚本・監督は内田伸輝さんが担当しています。出来上がった脚本を見て、はじめにどんなことを思いましたか?
篠原:内田監督とは『おだやかな日常』(2012年)で釜山映画祭にもご一緒するなど以前から交流がありました。共通の友人もいて、プライベートな部分でもお互いを知っている間柄なんです。普段は、陽気な私でお会いしているので、当て書きをしてくださるからには楽しい役なんじゃないかなと予想していたのですが……。
——裏切られましたね(笑)。
篠原:ふふふ。思ったよりもズドンとシリアスな作品だったので、ちょっとびっくりしました。
同じ経験をしていなくても「わかる」ものがあった
——私が見てきた作品に偏りがあるかもしれませんが、篠原さんが社会の中で見えない穴に迷い込んでしまった女性を演じると、かなり説得力があると感じています。今回、美咲という人物についてはどう捉え、どのように役作りをされましたか?
篠原:美咲は、あまり頭で考えずにその場で出てくるものを優先しました。監督も、即興芝居を織り交ぜて撮る方で、「脚本はガイドブックだと思って自由に演じてください」というタイプ。なので、その瞬間に感じたことや、共演者の方から受け取った感情を表現するようにしました。
——美咲は普段の明るい性格の自分とは異なるタイプとおっしゃっていますが、彼女が抱える感情にはどこか「知っている」部分もあったそうですね。
篠原:はい。美咲と同じ経験があるわけではないけれど、ツラいときに異性に頼りたくなってしまう気持ちや、「自分の人生がどうしてこんなことに?」とこぼしたくなる気持ちは多くの方が持っている、普遍的なものではないでしょうか。
——「不運の幕の内弁当」のように苦しい出来事が次から次へと美咲に降りかかります。追い詰められていく様子を見て、どうして早く周囲にSOSを出せなかったのかなと思ったのですが、その辺りはどのように気持ちを解釈されましたか?
篠原:誰かに助けを求めるって、自分が「助けが必要だ」って自覚しないと出せないですよね。美咲の場合は、(友人の)香織がいなくなる前まで自覚しないように、目をそらして「こんなもんだから」と思いながら生きてきた。けれど、香織が去ったことで生じた穴からいろんな気持ちが入ってきて、「こんなもんだから」ではいられなくなります。そして、最後にはガス爆発!みたいな形でようやく気持ちを伝えられたのだと思います。
「あなた、もう限界でしょう?」と言いたくなる人でも、本人は「私よりも我慢している人がまだたくさんいるから」とか「これが“当たり前”だから」と思っていたりする。理不尽や抑圧に慣れてしまっている状態は苦しいですよね。
高畑さんに「助けてください」と言って
——そうですね。私も下手なんですよ……SOSを出すのが。
篠原:私も苦手です。人に頼れないし、弱みを見せるのは恥ずかしい……と思う自分がいて。迷惑をかけたくないと遠慮したり、大丈夫だと思われたいと強がったりしてしまう面もあります。でも今回、撮影中、高畑(淳子)さんに「助けてください」とSOSを出しました。
——高畑さんは美咲の母、美津子を演じています。撮影後、篠原さんが円形脱毛症になったと聞きました。映画の中では毒母を演じてらっしゃる高畑さんですが、その高畑さんにSOSを?
篠原:はい。ハゲました(笑)。高畑さんとの共演は、役者人生で宝になる経験をいただいたと感じています。美津子とのシーンは、後半に撮影したのですが、その頃には美咲なのか篠原ゆき子なのか自分でも曖昧になっている状態でした。だからなのか、高畑さんが現場に入るのが本当に怖くて。高畑さんに声をかけられただけで、涙が出てくることもあったほどです。
——そんなに。
篠原:周囲も「いったい、どうしたの?」とキョトンとしていましたね。私はとにかく高畑さんから放たれるパワーに圧倒されてしまって。助けを求めたのは、最後のシーンでのこと。緊張しすぎて、感情が動かなくなって撮影を止めてしまったんです。普段ならば自分でなんとか立て直してやってきたのですけれど、今回はどうにもならなくて。高畑さんに「助けてください。感情が動かなくて、お芝居ができないです」と正直に打ち明けました。高畑さんはあったかい笑顔と言葉で私の不安を受け止めてくださいました。そこで一気に緊張が解けた。あの時、美咲と美津子だったのか私と高畑さんだったのかわからないのですけれど、生涯忘れられない瞬間になりましたね。
香織とマリアムが美咲に与えてくれたもの
——香織を演じた倉科カナさんの印象はいかがでしたか?
篠原:倉科さんとお会いしたとき、びっくりしたことを覚えています。というのも、台本を作っている段階で香織のイメージと、普段見ている倉科さんがつながっていなかったんですよね。香織は生きるのに不器用で何か影を背負っている人ですが、倉科さんは正反対。明るくて愛されて、周囲にも愛を与えるような人、というイメージを私は持っていました。だからお会いしたときに——すでに台本を読んで香織について考えてくださっていたからだと思いますが——「影」を感じて驚きました。そしてその倉科さんの姿から美咲についてのヒントもたくさんいただきました。現場でも香織として存在してくれていたからか、いつも儚さや笑顔の裏に潜んでいる何かを感じて、私が美咲でい続けるための大きな助けになりました。
——美津子を介護するヘルパー役のマリアムを演じるサヘル・ローズさんについてはいかがですか?
篠原:正直、サヘルさん演じるマリアムが、美咲にとってあんなにも大きな存在になるとは予想していませんでした。はじめは、マリアムと向き合うと自己嫌悪や劣等感ばかり感じていたんです。彼女が真っ直ぐで正しいほど、自分の汚さがあぶり出されるようで……。マリアムが助けの手を差し伸べようと近づいてくれるたびに逃げ出したくなっていました。こんなに大きな劣等感や嫉妬を感じるのははじめてで、こんな感情なんだと驚きましたね。
そのような感情を向けられながらも、マリアムが美咲を見捨てることはありません。同じようにサヘルさんも、現場で勝手に追い込まれて泣いてしまった私を見守ってくれました。撮影中、美咲として距離を取っていたことを今でも申し訳なく思うのですが、最後にはその優しさを受け取ることができて幸せでした。
「私も前を向いて生きていこう」と思っていただけたら
——コロナ禍で、クランクインできるかわからない、明日撮影できるかわからないという見通しの立たない不安定な日々だったとうかがいました。どんなことを思って過ごしていましたか?
篠原:とにかく、本当に撮影できるのかという不安がずっとありました。ロケ現場は地方なので、東京から人が来ることを嫌がられて断られるかもしれない。クランクインできたことや、(ロケ地の)富岡の方々がスイカを差し入れしてくださるなど、優しくしてくださったことがとても嬉しかったし、ありがたかったです。
——いま、自分の働き方や生き方を見つめ直している人たちが多いと思います。篠原さんは何かお仕事との向き合い方について気づいたこと、変わったことはありますか?
篠原:そうですね……。自分は人が好きだということを再確認しました。人と関わり合いたいし、人と出会いたいし、一緒に感情を分かち合いたい。ソーシャルディスタンスが浸透し、人と距離を取らなければならないという状況になればなるほど、その気持ちが湧いてきました。
——今作はまさに、いろんな感情を分かち合うことができる作品だと思います。ご覧になる方にはどんなことを伝えたいですか?
篠原:ありがとうございます。コロナの影響で、ギリギリの生活をしている方たちが「もう限界」という状況に追い込まれている現状があると思います。でもきっと……私はその先が来ると信じたい。いつかこの時代を懐かしむときがくると思います。作中の女性たちの生き様をみて、「私も前を向いて生きていこう」と思っていただけたら嬉しいです。
(取材・文:安次富陽子、撮影:西田優太)