『いまだ、おしまいの地』インタビュー・前編

「自分が自分じゃなくなるってそんなに悪いこと?」鬱で確変して分かったこと【こだま】

「自分が自分じゃなくなるってそんなに悪いこと?」鬱で確変して分かったこと【こだま】

『夫のちんぽが入らない』で鮮烈なデビューを飾った作家のこだまさんによる2冊目のエッセイ『いまだ、おしまいの地』(太田出版)が9月に発売されました。

第34回「講談社エッセイ賞」を受賞した前作『ここは、おしまいの地』の続編。北の荒野「おしまいの地」で、詐欺師にお金を振り込んでしまったり、晴れ舞台に立つ直前に自然災害に巻き込まれたりと、相変わらず“ちょっとした事件”に巻き込まれるこだまさんや周りの人々の日常がつづられています。

前作との違いや心境の変化についてこだまさんに話を聞きました。前後編。

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嫌だったことは無理に自虐に落とさない

——『いまだ、おしまいの地』を執筆されるにあたり意識したことはどんなことですか?

こだま:前作の『ここは、おしまいの地』は過去の話がメインでどちらかというと田舎の子供時代の自虐的エピソードが多かったんです。回によっては連載になっていなかった時期もあったので「インパクトのある題材がいいのでは?」と自分なりに考えて。でも、この本ではインパクト勝負ではなくてもっと身近なことから書くようにしました。

——小さい頃に近所に住んでいた男子中学生に付きまとわれたエピソードや、従兄(いとこ)が下着に手を入れてきた話など忌まわしい記憶についてもつづられていました。

こだま:前作であればふざけた話として片付けていたと思うのですが、性の被害や容姿のことを揶揄(やゆ)されてきたことに敏感になり始めたんですよね。「私は嫌だった」という気持ちに気付いたというか……なので、自虐に落とさないで「嫌だった思い出」として普通に書きたいと思いました。

どちらかと言うと、読んでて笑えたり、ユーモアのある話のほうが好きなので、苦しくなるようなものを書こうとは思っていなかったです。

鬱で“自分じゃない自分”に確変した

——心境の変化があったのでしょうか?

こだま:鬱病のせいもあったと思います。連載期間中に鬱病になったのですが、それから取り繕うのがすごく面倒くさくなってしまったんです。

今までは嫌なことを言われても我慢していたし、「嫌」と言えなかったんです。以前はギリギリこなしていたけれど、鬱になってから全部無理になりました。心にもないことを言いたくない、苦手な人と付き合いたくない、自分にできることだけやりたい、と。

認知症になったことで社交的になった祖母の話を書きましたが、ちょうど自分の鬱の時期ともかぶって。鬱に背中を押されて今まで取り繕っていた部分がなくなりました。

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——どうですか? 取り繕わなくなって。

こだま:やっぱり楽です。とはいえ夜中に後悔したりもするんですけれど。昨日も爪切男さんという数年来の同人誌仲間に取材してもらったんですが、爆発するようにひどいことを言ってしまいました。

——鬱病に押されてライブにも行ったそうですね。「自分が自分じゃなくなるってそんな悪いことだろうか」という一文にはっとしました。よく「ありのまま」や「自分らしく」と言われて、確かに大事なことだとは思うのですが、同時に自分のモードが変わったら変わったでそれを楽しめばいいじゃないかというこだまさんのスタンスがいいなあと思いました。

こだま:普段の自分であればライブも「ちょっと遠いからやめておこうかな」とか「果たして自分がみんなと同じ雰囲気で楽しめるのだろうか?」と不安が湧いてきて行かなかったと思うのですが、自分じゃない自分になってから「行きたいんだし行っちゃえ」っていう勢いがついたんですよね。

鬱で家にこもる人もいるかもしれないのですが、私の場合は外に出るようになった。その場の気持ちで衝動的に動くようになったんです。いつもは考えすぎて動けなくなるのが、何も考えなくなってパーっと振り切った。考える過程をすっ飛ばすようになったんです。だから「ライブ行きませんか?」って誘われたら全然悩まずに「行きます!」って返事するように変わりました。

——想像もしてなかった変化ですよね。

こだま:最初は病気だと気付いてなかったので「何か知らないけれど、急に性格が変わりつつあるな」とは思っていたんです。衝動的になったし他人にものをはっきり言うようになったなって。

——変化した自分ってどうですか?

こだま:多分、今のほうが絶対いいんだろうなって思います。昨日会った人にも「このままでいいんじゃない?」と言われました。今までいい人であろうとし過ぎたというか猫をかぶってきたというか……。でも、文章を書くときはそんなに変わってなかったんですよね。人に会うときにひどいことを言わないように気を付けていたのですが、文章だとやっぱりひどいことも普通に書いていたので、変わったのは誰かと対面したときですね。

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断り方を覚えた

——それだけ周りや他人に気を使っていたのでしょうね。今も「意欲を高めるお薬」を飲んでいるんですか?

こだま:飲んでいます。私には合っていたみたいで、午前中全然動けなくて寝たきりだったのが、朝からわりと活動できるようになったのは良かったですね。

——もし鬱が治ったら今までのこだまさんに戻るのでしょうか?

こだま:この調子のやりとりを覚えたので、鬱とか関係なくもう少し楽に人と付き合えるのでは? と想像しています。何となく「こういうことは言っていいんだ」と分かったし、遠慮しないで「これは苦手です」と言えるようになったし、今までは何でも引き受けていたのですが断り方も覚えました。

——よかったですね! 断り方って難しいですよね。

こだま:そうなんですよね。ここで断ったほうがあとあと楽だぞというのも分かってきた。断れないというのが今までの自分の中の大きな課題だったんです。

——じゃあちゃんと断れるようになったんですね。

こだま:ちゃんとは断ってないです(笑)。半分は言えるように改善してると思います。そこも衝動的なんですけど、できないクセにやりますって言っちゃうクセがあって。良いほうに衝動的なこともあれば、できないクセに引き受ける衝動的なこともある。だから良いところも悪いところも、鬱を機に露呈するようになってきました。

※後編は10月22日公開です。

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)

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