『コロナショックと昭和おじさん社会』インタビュー後編

「3年働いたらいい人見つけて辞めよう」“スッチー”だった私が昭和おじさん社会について書いている理由

「3年働いたらいい人見つけて辞めよう」“スッチー”だった私が昭和おじさん社会について書いている理由

健康社会学者の河合薫(かわい・かおる)さんがこのほど『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)を上梓しました。

河合さんは1988年に新卒で全日空(ANA)に入社し客室乗務員として勤務したのちに気象予報士に。2007年に東京大学大学院で健康社会学の博士号を取得して以降は「人の働き方は環境がつくる」をテーマに講演や執筆活動を行っています。

新卒の頃は「3年働いたらいい人見つけて辞めよう」と思っていた河合さんが自分の可能性を信じて働いてこられたのは「傘を貸してくれる人の存在があったから」と言います。河合さんのキャリアを振り返りながら、コロナ後の生き方のヒントを伺いました。

河合薫さん=日経BP提供

河合薫さん=日経BP提供

冷たい雨が降っても傘があるから頑張れる

——昭和おじさん社会と言うと、新卒一括採用や終身雇用、年功序列型賃金が特徴の日本型雇用が思い浮かびます。河合さんは本の中で長期雇用は「悪の根源」なのか? と疑問を投げかけています。

河合薫さん(以下、河合):私の研究は健康社会学という学問なんですが、何をしているかと言うと、個人と個人を取り囲む環境との関わり方にスポットを当て、個人の幸福感や生き方を研究していく学問なんです。人は誰しもが例外なく環境の影響を受けて生きています。「自立」とは言うけれど、何にも依存していない「自立」はファンタジーで誰もが何かに依存して生きています。たとえ、冷たい雨が降ろうとも傘を貸してくれる人がいるからこそ頑張れるし、逆に自分が誰かに傘を貸して感謝されることで生きている実感を得られることもある。

その中で、長期雇用は生きる上での土台です。健康社会学では「職務保障」という呼び方をしますが、明日のこと、5年後のこと、10年後のことなんて誰にも分かりません。でも、私たちはどこかで「今日もあるし、明日もある」と信じているからこそ「もっと勉強しよう」「もっと頑張ろう」「この資格を取ってこんな仕事をしよう」と思える。これまでの日本企業で受け継がれていた長期雇用は会社の中でそれを保障していました。

人間が生きていく、前に進むのには思いのほかエネルギーがいります。3年後に解雇されるかもしれない、この職場の人間ではなくなるかもしれないとなると「だったら何かに挑戦して冒険するよりも言われたことだけやって問題なく過ごそう」と思ってしまう。会社のことを信頼している自分がいて、会社も自分を信頼していると思えるからこそ、個人の頑張る力や生きる力が引き出されます。

長期雇用は制度ではなく経営哲学なのですが、確固たる信念もないままに「グローバルスタンダード」だの「日本型雇用システム脱却」だのと経営者が騒ぎ立てているとすればそれは「企業の自殺」と言っても言い過ぎではないと思います。

——長期雇用自体は問題ではないということですね。

河合:問題は長期雇用ではなく、長期雇用の利点を引き出す経営をしてこなかったことにあります。実は私がなぜこれほど長期雇用を強調するのかと言うと、新卒で入ったANAでその精神をたたき込まれたんです。

私がANAに入社したのはANAが国際線に出てイケイケの時で、JALに追いつけ追い越せと一番頑張っていた時代なんです。新人研修で「人を大切にすることがいかに企業にとって大事なことか」を耳にタコができるくらい聞かされましたし、仕事を通じても会社が従業員を大事に思っていることをひしひしと感じました。入社した当初は「3年働いたらいい人を見つけて結婚してさっさと辞めよう」と思っていた私が仕事をしていく中で自分の可能性をもっと広げたいと思ったのはANAでの生活があったからだと思います。

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気象予報士になって始まった昭和おじさんとの戦い

——そのあと気象予報士になられたのは、どういう経緯だったのですか。

河合:ANAが急成長してJALさんならパーサーになるのに10年かかるのに、私は入社して3年でパーサーを任せてもらったのですが、勘違いをしてしまったんです。「私はもっと自分で何かを伝える仕事をしたい」と思って4年で辞めました。でも、いざ辞めてみたら、自分の言葉もなければ何もできない自分に絶望しました。

漠然と何者でもない自分から抜け出したくて専門的な知識を持たなくてはと思っていたら、2年後に気象予報士という資格ができました。この資格を持っていれば、アメリカのウェザーキャスターのような仕事ができると知り、小さい頃にアメリカに住んでいてウェザーキャスターが憧れの職業だったこともあり、ウェザーニューズに入社しました。

入ったら気象庁のOBのおじさんばかりで、「元スチュワーデスが入ってきた!」と珍しがられてチヤホヤされましたが、それも最初だけでしたね。せっかく入ったのだから、お天気の勉強をしようと思い小学生向けの図鑑を開いて勉強しました。会社の人に自分で勉強したことで疑問に思ったことなどを質問すると「よく知っているね」と教えてくれて、いつの間にかお天気に夢中になっていました。

——それで気象予報士の試験を受けたのですか?

河合:そうですね、気象予報士第1号で受かって女性は12人受かりました。その日のうちに「ニュースステーション」に出演することが決まりました。それから昭和おじさんとの戦いが始まるのですが…… 。しょせん彼らにとって私は「お天気お姉さん」で「元スチュワーデス」なんですよね。いろいろ面白くないことを言われました。

でも「ニュースステーション」では、お天気コーナーをほかのニュースとニュースの間のクッション(つなぎ)ではなく、お天気のことをきちんと伝えるコーナーとして必ず5分を確保してくれました。特集も任せてもらえるようになり、「お前は分かりやすく天気を伝えるキャスターになればいいんだ」と励まして私を引っ張ってくれる人もいました。傘を貸してくれる人がいたからこそ今の私がある、というのは身をもって感じていることです。

——東大の大学院に入ろうと思ったのは?

河合:番組をやっている頃から「朝からすっきり晴れていると気分がいい」とか「雨が続くと鬱(うつ)っぽくなる」という人間の体調と天気の関係について勉強をしていて、番組の中で特集を組んだこともありました。

「ニュースステーション」の4年間を経て、TBSの朝の情報番組を4年間やっていたのですが、当時は30代でいろいろ悩むことも多かったんです。「人間の感情を左右するのは天気だけじゃない」と当たり前のことに気づいたのと同時に、天気という枠を超えて家族や友人、職場の人間関係についてもう少し専門的な言葉を持ちたいと思い、東大の大学院に進みました。

大学院の受験もいろいろ大変だったのですが、やはりここでも教授が院生を紹介してくれて勉強の仕方を教えてくれたりと、傘を貸してくれる人たちがいたんです。

博士課程の時に読売ウィークリーの編集長と2人で番組をやるチャンスをいただいた時も私のことを「元お天気お姉さんだろ」と見ている人もいる一方で、大学院で学んでいる私を評価してくれるおじさんたちもいました。私の言葉に耳を傾けてくれて、くだらないことを言って励ましてくれたり、傘を貸してくれる人たちがいたからこそ頑張れました。

傘を貸してくれる人たちがいたから働いてこれた

——河合さん自身、傘を貸してくれる人たちの存在があったことでキャリアを切り開いてきたのですね。

河合:そうですね。もちろん昭和おじさん社会という社会の壁はあります。その中はとても生きづらいし、こぼれ落ちていく人がたくさんいて格差がどんどん広がっていく。おじさんを中心にお話ししてきましたが、もちろん女性の中にも昭和おじさん社会の価値観を内面化してしまっている女性もいます。いまだにこうやって私がコラムで書いていることについて「何書いてんだ」と批判してくる人もいますし、昭和おじさん社会はものすごく厚い壁なんだと思います。

ただ、一方でその壁も一枚岩ではないんですよね。その壁の中にも新しいことをやろうと新しい風を入れようとする人や、まだまだ不利な立場に置かれることが多い女性を引き上げようとしてくれる人はいるんです。そんな人たちに傘を貸してもらったら、自分が精一杯頑張るしかないですよね。

今回のコロナ禍はバブルの時以上に世の中が変わるきっかけになったと思います。仕事と家庭と健康の3つの幸せのボールをジャグリングのように回していくのが実は人生においての幸せなんじゃないかと気づいた人たちは多いと思います。価値観を変えざるを得ないし、変わり始めていると思います。変わり始めている芽をつぶさないようにして昭和おじさん社会の壁を壊していければと思います。

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)

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