『戦争の歌がきこえる』インタビュー・後編

割り込みされたときに「おかしい!」と言える? “居心地悪さ”に近づくことの意味

割り込みされたときに「おかしい!」と言える? “居心地悪さ”に近づくことの意味

「日本兵を殺したことを告白してきた退役軍人」
「罪悪感に悩まされつづけた原爆開発の関係者」
「PTSDに悩まされた退役軍人と結婚した女性」

米国認定音楽療法士*としてホスピスで働いているときに第二次世界大戦を生き抜いたアメリカ人から聞いたストーリーをつづった、佐藤由美子(さとう・ゆみこ)さんによる『戦争の歌がきこえる』(柏書房)が7月に発売されました。

この本に登場するエピソードはもしかしたら「日本人」が思い浮かべる戦争のイメージとは程遠いものばかりかもしれません。戦争という悲劇を繰り返さないために今を生きる私たちができることは? 自分にとって都合が悪いことでも逃げないで向き合ってみる意味とは? 著者の佐藤さんにお話を伺いました。前後編。

*音楽療法とは、対象者(クライエント)の身体的、感情的、認知的、精神的、社会的なニーズに対応するために、音楽を意図的に使用する療法。音楽療法は確立された専門職で、トレーニングを積み、資格をもった音楽療法士によって行われる。

【前編】「日本人」の私たちが“もう一つの戦争の記憶”をたどる意味

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「レイシストの親戚のおじさん」がいたらどうする?

——本書では、佐藤さんが同書を執筆するにあたって気付いたことや考えたことが「補遺(ほい)」としてまとめられていました。日本の場合は特に自分の意見を言えない空気(社会的圧力)が強いため、悪いと知りながらも加担する「無言の加担者」が多いと書かれていましたが、それは決して戦時中だけのことではないと感じました。

佐藤由美子さん(以下、佐藤):「complicity(共犯)」ですね。おかしいと思う行為について「おかしい」と言わないと、加担していることになります。でも、私自身も、友達や周りの人が差別的なことを言ったりしたときに、「どうしよう?」と思うことがあります。

アメリカ人って何でもズバズバ言うイメージがあるので、「おかしいんじゃない?」とはっきり言えると思われているかもしれないですが、実はアメリカ人でも難しいんです。特に、家族や友人が差別的な発言をしたときがそうです。トランプ政権になってからは特にそうですが、アメリカ人の友人たちがよく言うのは「親族に絶対1人はレイシストのおじさんがいるよね」って。「クリスマスに集まるのが憂鬱(ゆううつ)だよね」と話しているんです。

——確かにアメリカ人は自分の意見をはっきり言うイメージがあるので、それは意外です。

佐藤:そうですよね。でも、そこで何も言わなかったら自分も人種差別に加担していることになる。これは人種差別などのさまざまな「差別」に限らず、日常で起こるおかしなことや不快なことにも当てはまります。

例えば私の場合、ある女性のたった一言に助けられたことがあります。数年前、アメリカの空港の売店でレジの列に並んでいたとき、男性に割り込みされたことがあったのですが、店員の女性がその男性に「あんたの番じゃないでしょ」と注意してくれたんです。些細(ささい)なことではあるけれど、おかしなことをおかしいと、自分が言わなくても周りが言ってくれると、こういうときに助かります。もし、また似たような場面に遭遇したときに彼女のように言えるかは分からないのですが、自分のためにも避けないで“居心地悪さ”に近寄ってみようと思っています。

—— “居心地悪さ”に近寄ってみる?

佐藤:「これはおかしい」と言うと、その場の空気を壊してしまうかもしれないし、自分が反撃されるかもしれないので居心地がいいことではないですよね。でも、あえてその居心地悪さを見つめて、「私はなぜあのとき『おかしい』と言えなかったんだろう?」とか、「もし今度同じようなことが起こったときに言えるかな?」と考え、心の準備をしてみる。そうすることで、次は違う行動がとれるかもしれません。すごく勇気のいることなのですが、大事な作業だと思います。

日本で生活しているとなかなかそういう教育を受ける機会は少ないかもしれないですが、アメリカでは「何もしないのは加担しているのと一緒だよ」とよく言われます。日本で声を上げたら「大人らしくない」だの、「女性らしくない」だのと、「良くないこと」と捉える人が多いかもしれないですね。

——「いちいち目くじら立てなくても」「めんどくさいやつ」とか「大人げない」とか言われるでしょうね。

佐藤:先ほどの割り込んだ男性の例もそうですが、ここで話題にしていることは必ずしも「discrimination(差別)」に関してだけではなく、「unfairness」なこと全般についてではないでしょうか。 

そもそも「差別」とは何でしょう? 英語の「discrimination」は、人種、性別、年齢、出身国、障害、セクシュアリティなど、特定の特性に基づいて、個人やグループを不公平に、あるいは不平等に扱うことを指します。一方の「unfairness」や「injustice」は、正義の不在、権利の侵害、という意味です。割り込んだ男性の話は、discriminationだという根拠はありません。でも、彼はunfair(不公平)であり、wrong(間違っている)とは言えます。

差別の問題に限らず、そういうおかしなことに対してみんなが声を上げていかないといけないのでしょうね。最終的に、その行動は自分にも返ってくるはずです。だって、今度はあなたが列の割り込みをされるかもしれないのですから。

誰でも「困っている」状態に陥る可能性がある

——「弱者」という言葉を使うのが適切かどうかは分からないのですが、それは自分が弱者になったときに返ってくるということなのでしょうか?

佐藤:英語には「vulnerable(ボーナブル、またはバルネラブル)」という形容詞があります。「困っている」とか「支えを必要としている」状態を指す言葉です。この名詞形が「vulnerability」なのですが、これは「人」を指す言葉ではないので、「弱者」とも異なります。

例えば、女性である私が夜一人で外出したらvulnerableと言えるかもしれないし、新型コロナウイルスに感染したら、それもまたvulnerableです。日本語の「弱者」と違う点は、vulnerableはあくまでも「状態」なんです。一生続くものではなくて、あくまで一時的な状態を指します。つまり、誰もがvulnerableになる可能性があるわけです。英語で「弱者」を直訳すると「the weak」ですが、今日ほとんど聞かない言葉です。障害者や支えが必要な人などを指してこのような言葉を使った場合、差別的だとみなされるでしょう。

——「こちら側」と「あちら側」という分断されているニュアンスはないのですね。

佐藤:そうですね。病気になったときや、死にゆくとき、人間はみんなvulnerableです。いつ自分がvulnerableになるか分からないし、誰もがいつかはそういう立場に置かれる。だから、単に人間を「弱者」というカテゴリーに分けて考えることなんてできないと思いますし、社会的に「支えを必要としている人」や「困りやすい状況にある人」が存在するのだとしたら、社会のほうが変わる必要があると思います。

心の平和は、真実と向き合うことでしか生まれない

——“居心地の悪さ”についてもう少しお聞かせください。自分の手に負えないものや都合が悪いものについて考えたりすることは居心地が悪いので、つい考えないようにしたり、見ないようにしたりするのは自分自身を振り返ってもあることです。それでも居心地が悪いことに近づいていくことは自分のためにも、社会のためにも大事なことなのでは? とお話を伺って改めて感じました。

佐藤:私の個人的な経験で言えば、例えば、「居心地が悪い」は英語で「uncomfortable」と言いますが、この間、担当の編集者に「佐藤さんは自分にとってuncomfortableなことばかりをやっていますね」と言われてハッとしたんです。

そういえば、アメリカに留学したばかりのころは英語が話せなかったので、uncomfortableだったし、ホスピスで働き始めたときも、もうすぐ最期を迎える人と関わることになるので非常にuncomfortableでした。でも、uncomfortableなものと関わっていくうちに、少しずつ自分の中にあった恐怖感や居心地悪さが減ってくるんです。逆に怖いものやuncomfortableなものを避けようとすれば避けようとするほどそれが力を持っていってしまう気がします。

——自分の中で肥大化していくというか、どんどん大きくなっていっちゃいます。

佐藤:そうなんです。だからと言って、私のようにみんなが居心地悪いことばかりやるべきだと言うつもりはないですし、おすすめもしません。ただ、居心地が悪いことを避けていても物事は解決しないんだと自分自身で腹落ちしたのは、やはり死にゆく人を前にして働いていたときでした。

例えば、医師や家族が末期の患者さんに対して本当のことを伝えないほうがいいんじゃないかと思い、死に関する話題を避けてしまうことがあります。確かに、末期の病気であるという事実に向き合うのはつらいことですが、隠していても本人は死が近づいていることに気付くものです。そうすると、患者さんは周りに気を使って気付いていないふりをしたりします。大切な人との正直な会話ができないまま、亡くなります。それは結局、本人が穏やかな最期を迎えることの役には立たないのです。

つらいことだけれど、事実と向き合うことでしか心の平穏 、英語では「inner peace」とか「peace of mind」と言いますが、それは訪れない。そのことを、死にゆく人たちから教わりました。

新型コロナウイルスの感染症対策もそうですが、日本では災害や国難に直面すると、なかなか正確な情報や事実が出てこないことがあります。政府は「国民がパニックになってはいけないから」と思っているのかもしれませんが、事実を知らないことが逆にパニックやストレスにつながるケースが多いです。そもそも、国民には情報を得る権利があります。また、逆境に直面したとき、人間には回復する力がありますし、現実を見つめる力もあります。「居心地悪さ」に近づくことは、最終的には自分のためになるのだと思います。

シンシナティでのセッションの様子=著者提供(2012年撮影)。※この本に登場する第二次世界大戦のエピソードを語った人物とは関係ありません。

シンシナティでのセッションの様子=著者提供(2012年撮影)。※この本に登場する第二次世界大戦のエピソードを語った人物とは関係ありません。

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)

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