『ライオンのおやつ』小川糸さんインタビュー・前編

「大事なのは自分自身が幸せになること」 小川糸さんが小説『ライオンのおやつ』に込めた思い

「大事なのは自分自身が幸せになること」 小川糸さんが小説『ライオンのおやつ』に込めた思い

小川糸(おがわ・いと)さんの小説『ライオンのおやつ』(ポプラ社)が累計発行部数12万部を突破しました。

余命を告げられた主人公が最期の時間を過ごす場所として瀬戸内のホスピスを選び、穏やかな島の景色の中で自分が本当にしたかったことに気付く——。

2020年本屋大賞にもノミネートされた同作について、小川さんに前後編にわたってお話を伺いました。

2019年10月に刊行された小川糸さんの『ライオンのおやつ』

2019年10月に刊行された小川糸さんの『ライオンのおやつ』

「もっとわがままになっていいんじゃない?」主人公に込めた思い

——主人公の雫(しずく)は、自分の気持ちよりまわりの気持ちを優先して自分を犠牲にしてきた女性です。ホスピスに来て「なんでも受け入れて、好きになる必要なんてない」と気付くシーンが印象的でした。

小川糸さん(以下、小川):いつもいい子で、とにかく自分のことよりも先に周りのことを考える。世間でも「空気を読んで先回りすることは良いことだ」という風潮が根強いと思います。

でも、私もこの年まで生きてきて、一番大事なのは自分自身が幸せになることだと思い至りました。まずは自分自身の幸せを最優先すること。それが見落とされているような気がしたので「もっとわがままになってもいいんじゃない?」という思いを雫に込めました。

——雫ががんになった原因も「ストレス」と描かれていました。

小川:怖がることってすごく体に悪いだろうなと。現代社会は、入ってくる情報が多くて恐怖心を植え付けられることが多いですよね。「ああしなければダメ」「こうしなければ幸せになれない」と恐怖心をあおられる。

もちろん、それで経済が成り立っている部分もあると思うのですが、乗せられないで、身の丈に合った喜びや自分なりの幸せを見つめる。見つめることで自分自身が軽くなるし、周りも軽くなっていくのかなと思います。

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悲しくしてつらい「死」の別の側面を描きたかった

——雫は33歳にしてステージIVのがんと診断され、余命を告げられます。死をテーマにしたのは?

小川:以前から、死をテーマに物語を書きたいと思っていました。死を迎える場所はいろいろあると思うのですが、私が同じ立場になったら、ホスピスに入りたいと思いますし、一番しっくりくる場所だなと思いました。

主人公を若い女性にしたのは、若くても病で亡くなることは珍しいことではないからです。私自身も年下の友人をがんで亡くしました。

確かにがんで命を終えるのですが、一方で病を得たからこそ見えてくる風景や感じられる感情がきっとある。決して、死は一方的に暗くて悲しくて辛いものではないと私自身も思っているので、死の別の面を描きたいと思いました。

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「死ぬのが怖い」ハッとさせられた母の言葉

——お母さまを亡くされたと伺ったのですが、そのときの体験も小説に反映されていますか?

小川:母とは幼い頃から何かと衝突していました。価値観も対立して分かり合えない部分もあったし、距離を置いていた時間もありました。

でも、母親が病にかかって久しぶりに電話で話したときに母が「死ぬのが怖い」と口にしたんです。その言葉にハッとさせられました。

私は、周りや愛する人が死ぬことに恐怖心はあるのですが、自分自身が死ぬことに対してはそれほど恐怖心はないんです。もちろん「痛い」とか「苦しい」というのは嫌なのですが……。世の中ではおそらく母のように自分自身が死ぬことに対して恐怖を抱いている人のほうが多いのかなと。

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本来、死はすごく自然なものだと思うのですが、現代の社会では死をないことにしている部分が多い。家の中から死がなくなって、亡きがらに触れたり見たりする経験もどんどん減ってきている。

ブラックボックスというか、暗幕に覆われた見えない世界になっているのですが、その暗幕を取り払ったら何が見えるのか? 死はどんなものなのかを克明に書くことで「こういうものなんだ」とわかれば、もしかしたら死はそれほど怖いものじゃないのかもしれない。死に対してのえたいの知れない怖さがなくなるのではないかなと思いました。

母の死には間に合わなかったのですが、読んだ人が死ぬのが怖くなくなるような物語を書きたいと思いました。

——母と娘の関係で悩んでいる読者も多いです。

小川:母と娘というのは、本当に……。もちろんうまくいっていてうらやましい方もいらっしゃいますが、だいたいにおいてはいろいろな問題を抱えていますよね。同性なだけに難しいなと思います。

母が病を患わずに永遠に生き続けていたら、私と母の関係も永遠に平行線のままだったのかもしれない。だから、命に限りがあるのは決して悪いことではないなと思いますし、こういう物語を書くことで死が単なる怖いものでなくなったらいいなあと期待しているんですけれどね。

もしかしたら、死は気持ちいいものかもしれないし、幸福感に近いものかもしれない。私も経験していないから分からないのですが、そういうこともあり得るんじゃないかなという予感があります。それを伝えられたらと思いました。

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母でなくても、「母性」は存在する?

——小説には最期まで雫の心の支えとなる「六花」という犬が出てきますね。六花に対して湧き上がる感情について雫は「母性」と表現しています。

小川:六花は私が飼っている犬がモデルなんです。彼女はユリネというのですが、ユリネと出会ったことで自分自身が自然体に近づけたというか、彼女から学ぶことがすごく多い。本当にそこにいてくれるだけで、存在しているだけでありがたいというのを実感しています。

——個人的な話で恐縮ですが、私も飼い猫に同じ感情を抱いています。子供はいないですが、「これが世の中でいう母性というものなのか?」と思いました。

小川:私も子供はいないですが、母性ってこういうものだと思いました。別に、自分が産んだ子供でなくても、もっと言うと生きものじゃなくてもいいのかもしれないですが、母性を注ぐ。

女の人だけじゃなくて、男の人でも注げるし、そういうものが大事なんだと思いました。自分もそのことによって癒されるし、相手もそのことによって癒やされて、お互いのためにすごく必要な愛情なんじゃないかって。

——もしかしたら「母性」を注ぐのは物に対してでも……。

小川:きっといいんでしょうね。たとえば植物でも、どんなものでもいいと思うんですけど、愛情を注ぐことが大事なんじゃないかなと思いました。

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(取材・文:ウートピ編集部・堀池沙知子)

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