「松本さんが干されますように」の巧妙さ。でも私たちは「神対応」しなくていい

「松本さんが干されますように」の巧妙さ。でも私たちは「神対応」しなくていい

「#ちょうどいいブスやめた」
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ダウンタウン・松本人志さんが、自身のレギュラー番組でNGT48の暴行事件を取り上げた際、コメンテーターとして出演していたHKT48の指原莉乃さんに「お得意の体を使って、なんとかするとか……」と発言したことがSNSで話題となりました。

ウートピ編集部の安次富も件の騒動をTwitterでチェック。そこで気になる投稿を見つけました。

福田さんのツイート

福田さんのツイート

「福田さん、その意見もう少し詳しく聞かせてください!」ということで、フリーライターの福田フクスケさんに寄稿していただきました。

「松本さんが干されますように」ツイートのうまさ

去る1月13日放送のフジテレビ系『ワイドナショー』で、NGT48・山口真帆の暴行被害事件を取り上げた際、コメンテーターのHKT48・指原莉乃に対してダウンタウン・松本人志が「お得意の体を使って、なんとかするとか……」と言ったことが、事件を茶化して女性を貶める侮辱的な発言ではないかと物議を醸しました。

その場では「は?何言ってんですか?」とフリーズするしかなかった指原ですが、その2日後の15日、Twitterで「…松本さんが干されますように!!!」と投稿。冗談交じりの中にもチクリとお灸を据えるような絶妙な反撃ツイートに、「さすがさっしー」「神対応」と賞賛が集まりました。

このツイートを見たとき、私は「指原ってめちゃくちゃバランス感覚のいい人だなあ」とすっかり感心してしまったものです。

直後の投稿で「もっと勉強して、堂々と強く意見できるように努力します!」と書いていることからも、彼女が松本の失礼な発言に対して、ある程度はっきりと“抗議”の意思をもって「干されますように」と書いたのは明らかでしょう。

しかし、一方でこのツイートは、発言がスベった上に批判を浴びて分が悪くなってしまった大御所芸人を、あえて強めにイジることでオチをつけてあげる“救済措置”としても機能しています。

実際、2月3日放送の『ワイドナショー』に再び出演した彼女は、「『なんか松っちゃんスベってんじゃない?』って思っちゃった」と、件の発言を評しました。同業の後輩芸人なら決して言えないであろうタブーを(自分なら立場やキャラ的にギリ成立するとわかった上で)指摘し、笑いでオトすことで、“あの発言がハラスメントだったかどうか”という重要な論点を巧妙にうやむやにして松本への批判を和らげたのです。

結果的に彼女のツイートは、「傷ついた女性の怒りを代弁してNOを突きつけてくれた」と思いたい人にも、「大御所をイジってオチをつけることで彼をフォローした」と思いたい人にも、どちらからも支持されました。

女性を貶めるようなセクハラ発言への感度が高い層に対しては「本気で怒ってますよ」というメッセージを、そうした問題に鈍感な業界の旧勢力に対しては「強めに怒ってみせることで場を収めるテクニックですよ」というメッセージを、ダブルミーニングで同時に発信する。えげつないほど賢い人だと思います。

とはいえ、私は彼女のことを「女性からの支持も、業界からの評価も得たい、どちらにもいい顔をするしたたかで老獪(ろうかい)な女性」と揶揄したいわけではありません(大したタマだとは思いますが)。むしろ、彼女がそう振る舞わざるを得ない、現在の社会の状況の難しさを痛感しました。

「どちらの顔も立てたい」という私たちの本音

今、世の中は新しい(進んだ)価値観と、古い(遅れた)価値観が、ちょうど混在する過渡期にあります。その結果、どちらに向けてマーケティングしても、もう一方の陣営から批判・反発されてしまう、という事例が多発しているように見えます。

例えば、「ちょうどいいブス」とタイトルに冠したドラマ*は、女性を美人だブスだと他人が勝手にジャッジするルッキズムや女性蔑視の観点から批判されました。しかし、誰もが渡辺直美のように「私は私のままでイケている」と思えるほど主体的に生きられない現状では、「ちょうどいいブス」という言葉によって初めて自分を肯定し、エンパワメントされてしまう女性が多いのも事実でしょう。

*編集部註:『人生が楽しくなる幸せの法則』として読売テレビ・日本テレビ系で放送

あるいは映画の世界では、洋画の作品内容を正確に反映していないマーケティング重視の的はずれな邦題が、しばしば真摯な映画ファンたちから批判されます。ただ、年に1本も映画を見ず、パッと見で内容を理解できないものは見たくないという人が多数派の現状では、最大公約数的なわかりやすい邦題をつけないと劇場に足を運んでくれないのもまた事実だと思います。

こうした状況にあって、Twitterなどの論戦の場では、どうしても自分が白か黒かどちらの立場に立つのかを旗幟(きし)鮮明にして意見を表明することが求められます。少しでも相手側の言い分を汲んだり、相手側の立場に寄り添うような態度を取ると、それだけで「相手側に甘い」「正しくない」と言われてしまうことも……。

しかし、現実を生きる多くの人は、白か黒かの党派性のために生きているわけではありません。どちらも敵に回さずに、うまいこと自分の意見を通したい。どちらの顔も立てた上で、できれば自陣へ誘導したい。それが私たちの本音ではないでしょうか。

…松本さんが干されますように!!!」とツイートした指原にしてもそうです。「大御所をフォローしてうまく立ち回りたい」という打算と保身もあったでしょう。しかし、それと同じくらい「ハラスメントに対して毅然と言い返したい」という義憤と正義感もあったはずです。前者の気持ちがあったからといって、後者の気持ちが不純になるわけではありません。どちらもあわせ持っているのが人間です。

今回の一件や指原の対応は、「ダダスベりした」「はるか年下の子にフォローされてしまった」というきまり悪さを松本に少なからず与えたでしょう。また、他のお笑い芸人に対しても、「こういう場面でこういう発言をするのは、(たとえ松本人志であっても)シャレにならない時代なのだ」という間接的なメッセージを与えるのに十分な機能を果たしたと思います。

おそらく今後、バラエティ番組で似たようなセクハラ発言があったとき、「本気で怒ってみせる(というリアクション芸でオトしましたよ)」という二重のコードを走らせ、どちら側も納得させる(セクハラを牽制しつつ笑いにも変える)パターンはますます増えていくのではないでしょうか。

ハラスメントされた側が「神対応」しなくていい

こうした「ひとつの表現に二重の意味を持たせ、新旧どちら側にも通用するメッセージを発する」というやり方は、新しい価値観と古い価値観が混在する過渡期ならではのもの。すでに新しい価値観を身につけた人にとっては「周回遅れ」の方法かもしれません。

しかし、まだ古い価値観の人が世の大多数を占めているのが現状なら、まずはその「周回遅れ」の人にも通じるような言い方で、彼らの意識を変えていかないと意味がないのも事実だと、私は思うのです。

例えばそれは、2016年放送のテレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)が、「ムズキュン」といった謳い文句で一見ただのラブコメを装いながら、その裏で「家事労働の対価」「年齢やジェンダー規範などの呪いからの解放」といった問題をしっかり描いていたのと似ています。

従来の保守的なラブコメを観たい人にはそう見えるように、社会的なメッセージを読み取れる人にはそう見えるように、二重のコードを走らせてヒットと評価の両方を得たのです。世の中を変えるのは、こういう表現だと思います。

ただし、それは映画やドラマなどのコンテンツだからこそ有効な手法。古い価値観と折衝しながら新しい価値観を啓蒙していく役割は必要ですが、現実の日常生活で、実際にハラスメントや不当な扱いを受けた人が担うことではありません。指原が取った「神対応」は、ハラスメントする側にとって都合のいいものになりかねないことには注意が必要でしょう。

本来なら、ハラスメントされた側が、ハラスメントした側のメンツを潰さないよう、たしなめながらも笑いに変えつつ場を収める……なんて、そんなハイコンテクストな感情労働をしなければいけないのはおかしいはず。これが当たり前になると、「セクハラされても、指原みたいにうまく切り返せよ」という言説に利用されてしまう恐れもあります。

指原の対応はさすがでしたが、これからはそんな「神対応」ではなく、ストレートに異議を申し立てていい、というメッセージを世間に対して発することが必要なのかもしれません。

(福田フクスケ)

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