性の悩みについて、女性は女性で、男性は男性で解決すべき、という考えはいまだ根強いもの。それは妊活や不妊治療に取り組むときも同じ。女性ばかり治療を頑張って、なかなか妊娠できないまま、お金も時間も、気持ちもすり減ってしまうというケースは少なくありません。
「不妊の原因の約半分は男性にあるけれど、自分ごととして捉えている男性は少ないんです」と話すのは、リクルートライフスタイルで精子のセルフチェックができる「Seem(シーム)」を立ち上げた入澤諒(いりさわ・りょう)さん。
男女が協力して妊活に取り組むには何が必要? 全3回のインタビューを通じて、入澤さんと一緒に考えていきます。3回目となる今回は、ユーザーからの声についてお聞きしました。
【第1回】「ふたり妊活」始めませんか?
【第2回】生理予測アプリ開発で「ドン引き」されて
男性から「自信がついた」という声が届く
——前回「いいものを作ったから売れると考えるのは怠慢」だと、売り方や見せ方にも工夫をしているとうかがいました。Seemはパッケージもおしゃれですよね。
入澤諒さん(以下、入澤):ありがとうございます。パッケージの緑にはこだわりがあるんです。青だとマジメっぽいし、赤だといかにも「THE精力!」という感じでパワフルすぎる。
清潔感があって、エネルギーも感じられるということで、明るい緑を選びました。Seemという名前にしたのは「seem to=〜かもしれない」というニュアンスを入れたかったのと、英語でいう「精液=semen(シーメン)」の音を想起させたかったからです。
——ユーザーの声などは届いていますか?
入澤:「Seemを使って、精子の数が少なかったので病院に行ったら、男性不妊がわかりました」とお礼のご連絡をいただいたことがあります。検査後の数値が基準値を越えていることで「自信がつきました」という声もたくさんいただいていますね。
——「自信がついた」という声もあるんですね。
入澤:自分の精子を見る前の男性って「もし自分が原因だったらどうしよう」という不安があり、話題を遠ざけがちなんです。妊活していた男性に話を聞いたことがありますが、面倒くさいとか忙しいという理由以外に、やっぱり不安もあったと言っていました。
夫婦一緒にスタートするのがゴールまでの最短距離
——男性側にも、やっぱり不安があるんですね。あえてうがった見方をすると、男性側に問題がないことがわかったとたんに「あとは君の問題だから」って、コミュニケーションに溝ができないか心配です……。
入澤:夫婦の関係性にもよりますが、そういうケースもないとは言いきれません。
——そういったところのフォローも、何か考えていますか?
入澤:はい。実際に不妊治療を経験したご夫婦や、Seemを使っていただいたご夫婦に話を聞いて、サイトでインタビュー記事や動画を公開しています。「初めからやっておけば良かった」という男性の話や夫婦でどのように過ごしてきたか、リアルな声をきちんと届けることで、妊活夫婦のコミュニケーションのヒントになるのではないかと思っています。
——インタビューをいくつか拝見しましたが「子どもができた、やったー!」とか「苦難を乗り越えて妊娠しました」とかじゃなく、事実を淡々と描いているところがいいですよね。
入澤:ありがとうございます。感動っぽくしても嘘くさいし、フラットに伝えるのが大事かなと思いました。感動ストーリーにしてしまうと、それが正しいような感じに見えてしまう。
でも、そもそも子どもを作ることだけが正しいわけでもないですよね。いろいろな価値観の人がいる中で、1つのケースを「正しいこと」「正解」として押し付けてはいけないと思うんです。
ちょっと精子見てみない?
——ターゲットとしては、男性を中心に発信しているんですか? それとも男女両方ですか?
入澤:男女両方です。女性も「自分が治療してみてダメだったら旦那さんを病院に誘う」という考える人が多いんですけど、本来は2人で一緒にスタートできるのが理想。そこは、女性にもきちんと理解していただきたいですね。
——女性のほうから伝えてもいいですもんね。「Seemっていうキットがあるから、ちょっと精子見てみない?」とか。
入澤:病院に一緒に行こうというのは、言うのも言われるのも、やっぱりハードルが高いと思うんですよ。だけど「アプリで見てみようよ」というコミュニケーションなら取りやすい。妊活を一緒にスタートするきっかけにしてほしいですね。
男性の状態が悪くても、治療して妊娠できるケースってたくさんあるんです。原因が早めにわかれば、いろいろな対処法が考えられますからね。
Seemがきっかけで無精子症とわかった夫婦
——治療して改善できるケースというのは、たとえば?
入澤:男性不妊の原因として多いのが、精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)という病気です。精巣の近くの静脈に瘤(こぶ)ができることによって血流が滞り、精巣の温度が上がってしまうというもの。そうすると、精子をつくる機能が低下してしまうんです。その瘤を外科的手術で取ると、血流が戻って、精子の数が正常になる人もいるそうです。
また、最近は精巣から直接精子を回収する手術があって、妊娠できたというケースもあります。社内にもいたんですよ。社内テストに参加してもらった方の1人に精子が見当たらず、何回測っても精子濃度・運動率ともにゼロだったんです。しかも、ちょうど妊活中で。
——それはツラいですね。その方はそのあとどうしたんですか?
入澤:病院に行ったところ無精子症と診断されたんですが、彼の場合は、精巣の中には精子がいたんです。なので、先ほどの手術を行って顕微授精にトライしたそうです。その後無事に奥様が妊娠されて、元気な赤ちゃんが産まれました。
——ああ、よかった。
入澤:不妊治療は段階があって、徐々にステップアップしていくことが多いですが、前述の彼ははじめにSeemを使ったことで、一番高度な治療にすぐアクセスすることができました。結果として、それまでのステップにかかったであろう時間もコストもショートカットできたんです。
子育てに対するコミット感が変わる?
入澤:男性の100人に1人は無精子症といわれているので、やっぱり調べるに越したことはないと思いましたね。
——無精子症の割合ってそんなに高いんですか!? 何が原因なんでしょう?
入澤:生まれつきの人もいますし、生活習慣の乱れによる人もいます。彼は生まれつき、精管っていう精巣と外をつなぐ管が欠損していたんです。だから、精子は作れるけど、外に出てこられない状態でした。
——自覚症状はないんですか?
入澤:全くないです。射精もするし、精液の見た目も普通の人と一緒でした。だからまず“とりあえず”でいいから調べて見てほしい。
男性の中には、精液検査に対して、恐怖感を抱いている人も多いです。要するに、ダメだったら「おしまいだ」という思い込みがあるんですけど、実は改善できることもある。私たちはそういうことも、きちんと伝えていきたいです。
——妊活でちゃんと協力できたら、子育てでも協力できそうな気がしますね。
入澤:そう思いますね。顕微受精をした彼は、生まれた赤ちゃんを卵の状態から見ています。だから「あのとき卵だった子が!」みたいな感じで、愛情がすごいんですよ。妊活を「自分ごと」としてとらえて、小さな過程でもきちんと見ていると、男性も女性も、子育てに対するコミット感が変わってくると思います。
(取材・文:東谷好依、写真:大澤妹)