精神科医・名越康文さんエッセイ 第27回

ネガティヴな感情を解放し、仕事のモチベーションにつなげる方法

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ネガティヴな感情を解放し、仕事のモチベーションにつなげる方法

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仕事熱心なのにまわりのモチベーションを下げてしまいがちな、「ひと言多い人」。あなたの職場にもいるかもしれませんね。

精神科医の名越康文(なこし・やすふみ)先生によると、そういう人の心の根底には「寂しさ」があるそう。その感情を手離す方法とは?

「怒り」の正体は「寂しさ」である

前回、情念に駆られて、意見を押し付けがちな人は、「自分の過去」をやり直そうとしているという話をしました。

ではそういうネガティヴな情念から、どうすれば解放されるのか?

僕はカウンセリングという場で、過去の情念に取り憑かれているとしか思えない人たちとたくさん会ってきましたけど、彼らに一つ大きな共通項があるとすれば、それは「寂しさ」なんです。

おそらく心の根っ子に溜まった強大な「怒り」の8割以上は「寂しさ」から来ているんですね。そして、なぜ寂しいかというと、やっぱり子どもの頃に決定的な心の傷を負っている場合が多いからです。

子どもに愛着を感じる理由

僕はね、子どもっていうのは本質的に寂しい生き物だ、という意見なんです。一般に子どもが表現しているものは、明るさとか、無垢さとか、純真さだって認識されることが多いですよね。実際、子どもの笑顔って素敵やし、嬉しくなって急に踊り出したり、ふざけて暴れたりする時も、彼らが純粋にいまの中にいて、いまを全身で楽しんでいることが分かりますし、その動きに芸術性を感じるようなことがある。

そう、子どもは明るさの象徴です。ただ一方でね、子どもっていうのはお母さんとのヘソの尾がまだ切れたばっかりでしょう。5歳の子どもは、ヘソの尾が切れてからまだ5年なんですよ。そうしたらね、普段は本当に屈託がない振る舞いをしていても、時々ポカ~ンと窓の外を見ていたりね、空の一点をじい~っと見つめている。その時の子どもはね、なんだか哲学者みたいな顔をしているんです。

それはきっと、生命がひとりぼっちにされた「寂しさ」を深く噛み締めているんだと思う。僕たちは母体から切り離されて、ひとりぼっちでこの世に生まれてきたからこそ、他者を求め、文明を作って自然から自らを護り、自分たちの根源的な「寂しさ」を埋めようとしてきたんですね。

子どもは生まれて間もないので、「寂しさ」の原型が顔にふっと顕れる。それが愛おしくなる。笑顔を見たくなる。

これは名越流の極論かもしれませんが、なぜ大人が子どもに愛着を感じるかというと、生命が本来的な葛藤として持っている「寂しさ」を垣間見てしまうからじゃないかなって。自分が忘れてしまった、遠い記憶にある「寂しさ」。母胎から切り離されて、生命が個体となって自立していく時の、深い深い孤独のようなもの。

根本的な「寂しさ」を癒すには?

えらいとっぱずれた話をしたようですけど、やっぱり人間ってね、どんなに偉そうで傲慢で、ツッパっていたり、自信満々な人でも、その根底には「寂しさ」があると思うんです。

その「寂しさ」がなにかのトラブルで増幅されてしまった場合、その強化された「寂しさ」が自前の明るさで跳ね除けられなかった場合、おそらく他の人たちよりも比較的、不安定な人格になってしまうのかもしれません。

ですから、本当は強い怒りに駆られている人ほど、「寂しさ」を癒す「優しさ」に触れないといけない。その優しさのことを、仏教では「慈悲」って言うんですね。あるいは「大悲」。他人の悲しみを知る。心から共感して、何か手を差し伸べようとする。それが「慈悲」「大悲」です。

ここに入っている「悲しみ」という言葉を、僕の心理学で置き換えると「寂しさ」になるんですね。

その「寂しさ」を癒すには、やっぱり自分の信頼している人、尊敬している人、愛している人と会うことがいちばん効果的だと思います。たとえば1時間でも、場合によっては10分でも話を聞いてもらえば充分です。話の内容は何とはない予定調和でいいんですよ。それだけでずいぶん心が晴れると思います。

あるいは仕事で気張りすぎて疲れているなと思ったら、3、4日まとまった休息を取るとか。もしくは朝でも夜でも、自分の気持ちがスカッとなるまで全身で深呼吸する。それを習慣づけるだけで、だいぶ心が落ち着いてきます。さらにその穏やかな気持ちの中で、自分の心の内側を探るってことができればいい。

もちろん簡単に情念からの解放、というわけにはいかないでしょう。でも小まめに自分自身を労わってやる習慣を続けていくうちに、あれほど堅固だった怒りの結晶が少しずつ溶けて、小さく、軽くなっていく。そうして知らず知らずのうちに、自分を縛りつけていた情念から脱却できるはずなんです。

「情念」と「熱心さ」の違い

さて、前回お話ししたように、もう一度、トマス・ア・ケンピスの言葉に戻りましょうか。

「私たちはときとして情念に動かされ、これを熱心さと思い違える」——。では総論的に、「情念」と「熱心さ」を思い違えないためのコツを最後に考えてみましょう。

「熱心さ」のようなもの——つまり情熱が湧いてきた時、それが「怒り」とセットになっていないか、用心深く感じ取る。要は「情念」には暗さがあるんです。

だけど「熱心さ」は明るい。スカッとしている。もちろん物事に取り組む時には不安や困難さは伴いますよ。だけど失敗してヘコむことはあっても、ぐっすり寝むれば翌朝にはケロッと立ち直って、「やっぱり私にはこれしかない!」ってまたやる気がむくむく湧いてくる。やればやるほど快活に、どんどん明るくなっていく。それが「熱心さ」です。

だけど「情念」に衝き動かされている人はね、たとえばどうも落ち着きがない。イライラしている。過剰に正義を語り、人を教化したがる。自分の考えやアイデアを押しつけようとする。

あと特徴的なのは「ひと言多い」。言わなくていい余計なひと言を、つい言っちゃう。そして相手の主体性を殺(そ)いじゃうんです。

たとえばプロジェクトの打ち上げで、「また機会があったら、一緒にお仕事したいですね」までならOKですよね。でも「私はこのテーマがイケると思うんです。これについてできることを考えといてください」まで言われちゃうと、僕だったら「そこまで決めつけられるとイヤだな」って一気に気持ちが萎えちゃいますね。

誰だって自分の主体性を殺がれると、やる気がなくなる。しかもね、「微妙に」やる気がなくなるもんやから、その時は「ああ、いいですねえ」とか適当に返事したまま、連絡する気がなくなるとかね(笑)。

「仕事が楽しい=不真面目」と感じる人たち

みなさんの職場や周囲にも、微妙に相手の元気を奪う「ひと言多い」人は一定数いるんじゃないでしょうか。こういう人は「情念」、つまり内なる暗い怒りの結晶が対人関係に影響を与えている可能性があります。

情念タイプのリーダーは、人を傷つけながらも能力や成果でチームを引っ張っていっているか、あるいはあんまり人が集まってこないか。どちらにせよ、長期的に見ればどこかで停滞してしまうことが多いと思います。

一方ね、もし自分の中から「熱心さ」が止めどなく出てくることをあなたが見つけたら、それは人生の宝になります。絶対に大切にしなければいけない。

その「熱心さ」が仕事になったら、人生のステージは劇的に変わります。

でもね、「親が実家に帰ってこいっていうから、あきらめた方がいいのかな」とか、家族のしがらみや経済、あるいは年齢なんかの事情で人生の岐路に立たされる時がありますよね。もちろんそれに関してはなんらかの対策を現実的に講じなくてはいけないけど、自分の自然な「熱心さ」が仕事とか趣味とか、何かの物事に対して湧いて出てくる場合は、できる限り手放してはいけません。

気をつけなければいけないのは、どっちかというと女性にやや多いと思うんですけど、せっかく自分が「熱心さ」を手に入れた時に、返ってそれを手放さなければいけないと思い込んでしまうタイプの人がいるんですよ。なぜならその人たちは、本当に自分が熱心に取り組める仕事を見つけて、それに「楽しさ」を感じていると、自分のことを「不真面目」だと思っちゃうんです。

「熱心さ」は楽しさに裏打ちされたもの

そういう人の生まれた家を見ていると、親御さんに仕事の愚痴が多かったりね。「仕事ってのは生きるために我慢してやることだ」っていう先入観を子どもの頃から深く刷り込まれてきた可能性がある。

特に日本人ってその傾向が顕著ですよね。社会人というのは、眉間に皺を寄せて辛い仕事を仕方なく毎日やるものだ。その代わり、仕事のあとのビールは格別に美味いぞ、とか(笑)。でも、その副作用は結構大きなものがある。

自分が夢中になれるものに寝食を忘れるくらい没頭してしまう——もしあなたがこの「楽しさ」に後ろめたさを少しでも感じるのなら、人生のイエローカード。早いうちにそれを発見して根絶しておかないと、自分が得意で社会にも貢献できる本当に好きな仕事を、変な脅えで中途半端に手放したり、もったいないタイミングで辞めちゃうことにもなりかねない。

「熱心さ」とは「楽しさ」に裏打ちされたものです。それは仕事の最高のモチベーション。仕事は楽しくやるものだって、一人一人が堂々と言える社会になって欲しいものです。

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精神科医・名越康文さんエッセイ

20代の時より知識も経験も身について、どんどん仕事が楽しくなってくる30代。ついつい心の声を無視して頑張りすぎてしまうこともしばしばです。そんな働き女子の力みがちな肩を、精神科医の名越康文(なこし・やすふみ)先生がゆるーく揉みほぐしていく連載エッセイ。一生懸命だけど頑張りすぎない働き方のヒントが見つかるかも。

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