柔らかな笑顔と、抜群の透明感で、映画やドラマに引っ張りだこの俳優・坂口健太郎さん。さまざまな役に挑戦し、出演作が途切れない多忙な日々は、きっと相当なプレッシャーや疲労の連続のはず。でも、坂口さんの言葉には、いつもポジティブなワードがあふれています。「すごく自己愛が強いんです」と語る坂口さん。どうすれば自分を愛し、人に優しくできるのか。自己肯定感をキープする秘訣(ひけつ)をうかがいました。前後編。

映画『サイド バイ サイド 隣にいる人』の1シーン
監督の「坂口さんを撮りたい」から始まった映画
——最新作の映画『サイド バイ サイド 隣にいる人』は、坂口健太郎さん演じるそこに存在しない「誰かの想い」が見える不思議な力を持つ主人公・未山(みやま)が、ある異質な存在を身近に感じるようになり、それをきっかけに彼が置き去りにしてきた過去が少しずつひもとかれていくという物語です。未山は、自然豊かな山村で、看護師の詩織(市川実日子さん)とその娘の3人で暮らしながら、身体の不調やトラウマに悩む人の声に耳を傾けます。伊藤ちひろ監督が、「坂口さんを撮りたい」と脚本を書き下ろした作品だそうですね。最初に脚本を読んだ時の感想は?
坂口健太郎さん(以下、坂口):ドラマや映画に出演する際、先に「こんなお話です」と脚本をいただくことが9割ぐらいなんですけど、今回は伊藤監督から、「坂口くんを撮ってみたい」ということでお話をいただきました。まだ監督の中でも具現化していない段階で、未山という役すらできていない状態でした。
『ナラタージュ』(17年)で脚本を担当された伊藤監督とは(堀泉杏名義で執筆)、それまでにもお話しする機会があって、「坂口くんって、こんなとこあるよね」「こんな人だよね」みたいなイメージがどんどん輪郭を帯びていってできたのがこの脚本だと思います。初めて読んだとき、「監督はこういう感覚で僕を見てくれてるんだな」という、“驚き”とまではいかないまでも、自分でもちょっと知らない自分の姿がそこにありました。
——「監督からこういうふうに見られてるのか」と驚いた自分の一面とは?
坂口:いろんなところで驚いたかも……。でも意外とマネージャーさんから「監督は坂口くんのことを分かってる」と言われて、「え、僕こんな感じ?」と思ったりしました(笑)。なんだか、そんな初見の未山を好きになったんですよね。それが出演の一番の決め手になった気がします。
——監督からは撮影現場でどんな演出がありましたか?
坂口:いつも脚本を読んで、自分の中で人物像をなんとなく作り上げて現場に持っていくんですけど、撮影の最初の頃に監督から「未山という存在が、ただそこにいるだけでいいから」と言われたんです。でも、「ただ存在する」ってすごく難しいんですよ。たとえば、喋っているときに腕組みをしたり、鼻をちょっと触ってみたりって、自然に出る反応じゃないですか。「その反応を全くナシにしてほしい」と言われて。立っているときは、ただ立っている。一瞬でも色がつくことを排除した演出でした。
それともう一つ、共演する役者さんがそれぞれ持ってきてくれる未山と対峙(たいじ)する3、4人のキャラクターの水鏡のようでいてほしいとも言われました。「三者三様の未山がいていい」と。確かにそうだなと思いました。家族と話しているとき、先輩と話しているとき、今取材していただいているとき、友達と話してるとき――それぞれの僕は絶対違うだろうから。
求められている自分のイメージを客観視
——ある舞台挨拶で、伊藤監督が坂口さんのことを、自分の持ち味をよく分かっていて、それを生かせる俳優だと評されていました。
坂口:僕は多分、(自分の持ち味を)理解していると思います。モデルを結構長いことやっていたので、その感覚が今でもすごく残っていて。モデルの時は、自分ではなく服やセットが主体になるので、「きっとこんな感じを求められているんだろうな」とイメージしながら撮影することが多かったんです。だから映像になっても、きっと監督はこういう絵を求めているんだなとか、こういう役を見たいのかなと考えて、そこに自分の感覚を上乗せしてみたりします。そこの頭の転換は意外と器用なほうだなと思いますね。
でも、今回の未山に関しては、自分の中で感じた「こういうことを求められているんだな」ということを逆に消す作業のほうが多かったので、撮影が始まって2、3日の間は、どうそぎ落とせばいいんだろう? と思うところもありました。でも、意外と慣れるのも早かったというか(笑)。自分で言うのもあれですけど、自分のことを“彫刻のような造形だな”と思って、「美しいですね」ってずっと言っていました(笑)。
——たしかに、生々しい彫刻っぽさがあった気がします。
坂口:衣装がすごくテロっとしたニットだったんですけど、タトゥーがチラリと見えるような襟ぐりというか、空き感というか、きっと監督は身体のラインやふとした時に見える生々しさを重要視してたんだろうなと思います。
『ナラタージュ』の時に行定勲監督から、「坂口は悪い意味じゃなくてゆがんでいるよね」って言われたことがあって。その頃の僕って「爽やかでかっこいい」みたいなイメージを持たれることが多かったので、「そうなんですよ、俺、ゆがんでるんですよ!」って、ちょっとうれしかったんです。そっちのほうが面白いなと思える。だからきっと伊藤監督も、造形的なところをすごく大事に撮ってくれたんだなって思います。
■映画情報
『サイド バイ サイド 隣にいる人』
4月14日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか 全国ロードショー
配給:ハピネットファントム・スタジオ
(C)2023『サイド バイ サイド』製作委員会
(聞き手:新田理恵、写真:宇高尚弘)