「絶縁」をテーマに、アジアの気鋭の作家9名が短編を書き下ろしたアンソロジー『絶縁』(小学館)。日本から参加した村田沙耶香(むらた・さやか)さんが寄せた作品は、若者世代に「無」が流行し始め、世界各地に「無街」が作られるという物語だ。世界的ベストセラー『コンビニ人間』をはじめ、多くの人が何となく常識だと信じている価値観を鮮やかに覆す作品を発表し続ける村田さんにお話を聞いた。全3回。

村田沙耶香さん
「つながり」ではなく「絶縁」
——『絶縁』は、『フィフティ・ピープル』などのチョン・セランさんの発案で、村田さんや『折りたたみ北京』でヒューゴ賞を受賞したハオ・ジンファンさんほか、アジア9都市9名の作家が参加したアンソロジーです。テーマが近年よく耳にする「分断」ではなく、「絶縁」なのかと少し意外に思ったのですが、村田さんはこのテーマでオファーを受けた時、どう感じましたか?
村田沙耶香さん(以下、村田):出版社さんが最初は日韓で提案したのを、もっと地域を広げようと、そして「絶縁というテーマを考えています」と提案なさったのがセランさんだとお聞きして、「とてもかっこいい方だな」と思いました。生ぬるいものを作る気持ちが一切感じられない、作家にとっても手抜きできないようなテーマ。いろんな作家さんのすごみを引き出すような言葉で、面白いなと思いました。
——9本の作品の中には、「これはどちらかというと“断絶”かな」「これは“分断”かな」と思うものもあり、テーマの受け取り方自体がさまざまで面白いと思いました。
村田:国によって「絶縁」と全く同じ意味の言葉があるわけではないらしいです。日本でも何となく親戚とか家族の縁を切るようなイメージがありますよね。でも「絶縁」って、必ずしも人と人じゃなくてもいいのかなって。たとえば、世界と世界の絶縁とか。
セランさんが提示された韓国語の「絶縁」のイメージが、どのくらいの範囲のことなのか、担当の編集者さんに質問したら、「自分の国ではこうだけど、韓国語ではどのくらいの意味なんだろう?」という質問が他の作家さんからもあったと聞きました。その時点で、多言語の面白さを感じていました。
——言葉の解釈一つとっても、面白いバックグラウンドがある作品集ですね。
村田:翻訳家さんがチョイスする言葉によっても、違ってくるかもしれません。
——同じテーマで持ち寄られた作品を改めて読んでみて、気づいたことは?
村田:それぞれの国の文化や、日本ではない場所から見えている光景や感覚が感じられて、すごく刺激的でした。普段、既に知っている好きな作家さんの作品ばかり読みがちなので、初めて読む作家さんの作品も多かったんですけど、素晴らしい方が世界には本当にいっぱいいるんだなということに改めて気づいて、知らなかった自分をちょっと恥じましたね。
——意外だった作品や親近感を覚えた作品はありますか?
村田:ハオ・ジンファンさんの「ポジティブレンガ」(人の感情に合わせて周りのものの色が変わる)は、私も普段から似たようなことを考えていて、皆がきれいな感情しか持たなくなった世界を長編小説として書いていたので、全然違う国に育った方の想像力と自分の妄想みたいなもが同じだったということが意外でした。「絶縁」というテーマで出会うと思っていなかった感情なので、すごく面白かったです。
実は「つながり」について描かれている作品集
——それぞれの国の作家さんが、自身の国の身近なことを描いているのに、つながりを感じる作品集になっていたのが興味深いと思いました。
村田:「絶縁」というテーマで書いて、「こんなに違うんだ」というお話もあれば、リンクしているものもある。確かに、縁がつながっていないと絶縁しないので、裏側ではつながりが描かれている作品集なのかもしれませんね。
——「分断」が言われているこの世界で、作家さんたちが手を取り合って書くことで、どんなことができると感じますか?
村田:こういう時に何かいいことを言いたいんですけど、作家って結局1人で書いているので、どの方もご自身の世界観を突き詰めて書かれた作品たちだと推測します。全然質問の答えになっていませんが、どちらかというと、つなげてくださった翻訳者さんたち全員の名前がちゃんと表紙に書かれていて、翻訳者さんが尊重されている本だと感じたので、そのことがとてもうれしかったです。
(聞き手:新田理恵、写真:藤岡雅樹)