『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』インタビュー・後編

「いつも声をかけてもらって、何かが始まる」三國万里子が“ニットデザイナー”を仕事にするまで

「いつも声をかけてもらって、何かが始まる」三國万里子が“ニットデザイナー”を仕事にするまで

「書く」ことは「編む」ことと似ている──。

ニットデザイナーの三國万里子(みくに・まりこ)さん(51)による初エッセイ集『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』(新潮社)が9月29日に発売されました。

“外の世界”に息苦しさや「場違いな感じ」を抱いていた三國さんが、ニットの世界に居場所を見つけるまでを書きおろしたエッセイ集で、日常のなかで感じたことやさまざまな記憶を通して、三國さんの半生が丁寧につづられています。

後編では、三國さんがニットデザイナーになるまでなど、「仕事」をテーマに伺いました。

いつも人に声をかけてもらって、何かが始まる

——ニットデザイナーという今の仕事につながるきっかけとなったエピソードもつづられています。

三國万里子さん(以下、三國):当時、妹がナチュラルレストランに勤めていたのですが、「姉ちゃんが作ったものを並べて、イベントをしてみようよ」と声をかけてくれたんです。そこから展覧会を軸にニットの仕事を始めました。10年くらい続けていたら、手芸の出版社の編集者や『ほぼ日』の人と知り合いになって、東日本大震災が起きて、糸井重里さんに声をかけられて「気仙沼ニッティング」の立ち上げに参加して、ブランド「Miknits」を立ち上げて、ほぼ日内の編集者に「文章を書いてみたら」と言われ……。

私はものすごく人に恵まれているなあと思います。いつも人に声をかけてもらって、何かが始まるんです。もちろん、自分でも一生懸命やっていますよ(笑)。私の唯一の取りえは、一生懸命やることなので……。でも、こうして振り返ってみると、“ご縁”を大事にして生きることで、次の“ご縁”を呼んで、それにつくられてきた“わたし“でもあるなと思います。

——「ご縁によってつくられてきた自分」ってすてきな考え方ですね。

三國:仕事って、人の役に立つことですよね? それを裏返すと、私を役立ててくれる人がいないとそもそも始まらないんですよね。私を社会につなげようとしてくれる人が、こんなふうに次々に現れたことが、とてもありがたいです。

——前編で「人とコミュニケーションをとることが苦手」「社会と関われるようになったのは、仕事を始めたから」とおっしゃっていました。仕事というワンクッションがあったからこそ外の世界とつながれたということでしょうか?

三國:「コミュニケーションしたい」気持ちは人並みにあるんですが、人の輪の中で和やかにしていることは、なかなかに難しい。

でも、“作ったものを人に渡す”というコミュニケーションの仕方が、30歳くらいで現れた。そのとき、「私、これなんだ!」って思ったんです。心の底から楽しくて、これなら永遠にやってられるって思った。最初の10年間はまったくもうかりはしなかったんですけど……。ただ、自分にとっての仕事の形が、この時期にできたのかな。そうこうするうちにいろんな人が現れて、自分の表現としての形がどんどん見えてきたんです。

「期待をされること」自体がしみじみうれしい

——キャリアを重ねて結果を出せば出すほど、周りからの期待やプレッシャーも大きくなると思いますが、三國さんはどんなふうに向き合っていますか?

三國:私は「よっしゃー!」って思います(笑)。うまくいくことばかりではないですが、仕事ができるということ自体がありがたい、という気持ちが勝ちます。30歳になって始めた仕事なので、私に期待をしてくれるっていうことが、しみじみうれしい。それと、書いたり作ったりということが、性に合ってて好きなんですよね。だから、「いくらでも作っていいよ」と言われることが、何より好きです。

ただ生きているだけで幸せ

——三國さんが大学卒業後にフリーターになって、5カ月ほど秋田の山奥の温泉旅館で働いたエピソードの中で「自己実現のための仕事をする必要もない」と書かれていてハッとしました。三國さんのニットデザイナーという仕事は究極の自己実現というイメージがあったので、意外だったというか……。

三國:私たちは「個性を生かして生きよ」と言われて大きくなりますよね。もちろんそれもいいんですけれど、ただ生きているだけで幸せなんだよという気持ちもあって……。

例えば、私は家事が好きで、料理も洗濯も好きなんです。大根が重くて冷たくてうれしいみたいな。今やっていることに埋没することも、私はとても好きなんです。そういう意味で、秋田の山奥に行った経験は、そんなことを教えてくれるような経験でもありましたね。

表現すること=自分の傷を見せていくこと

——人や外の世界と関わることで、傷つくことは避けられないと思うのですが、三國さんは「傷つくこと」についてはどんなふうに捉えていますか?

三國:たとえ傷ついても、やらなきゃいけないこと、やりたいこと、成し遂げたいことがありますから。表現することは、やっぱりそこが表裏一体だと思います。自分の傷を開示していくことで、本を読んだ方が、人が傷つくやり方を知るというか……。傷つくという経験なしに、人を理解することはできないのかもしれない。

小さい子供って、「ブス!」とか「バカ!」とか言うでしょう? あれって、本当に傷ついたことがないから、面白がって言っていると思うんです。コミュニケーションの道具として言っているのはわかるんだけど、それを大人になって言わなくなるのは、自分が言われたときのつらさを知ってるから。言葉の意味をちゃんと理解しているからですよね。だからなるべく軽やかに、面白い物語に乗せて、それを渡していくことが表現なのかなと思います。

——そもそも、編み物を始めたきっかけは何だったのでしょうか?

三國:編み物は、趣味みたいなもので、3歳くらいの時に祖母から棒針の持ち方を教わってからは、つかず離れず続けてきました。編み物ばかりやっていたわけではないので、丸一年編まないようなこともありました。ただ、どういう巡り合わせか、今は仕事になっている。最初は、妹が、声をかけてくれたからなんですけど。そんなふうにいろいろな人が私をどこかに連れて行ってくれるんです。

自分がやることを愛すること

——先ほどの“ご縁”なんですね。ウートピでは仕事に関する記事をたくさん掲載しているのですが、どちらかと言うと「自分から動きましょう」など、能動的な行動を促す記事を掲載することが多いんです。もちろん、自分から行動することは大事だと思うのですが、三國さんのお話を伺って、きっかけは全部自分発とは限らないんだなあと思いました。新しい視点を与えられたというか、周りやご縁に支えられているんだなって気付かされました。

三國:そういうタイプの人もいるよってことですよね(笑)。

——つい近道を探してしまうような質問をしてしまって恐縮ですが、「声をかけられる」秘訣ってあるのでしょうか?

三國:秘訣ですか? 私も知りたいです。でもね、本当に恵まれたっていうことかもしれないな。秘訣? うーん…何かあると思いますか?

——三國さんがおっしゃっていた、自分に与えられた仕事を一生懸命やることなのかなって思いました。

三國:そうですね。自分がやることを愛するってことですね。多分、その“愛”が人を巻き込んでいくんだと思います。

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)

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