「人に迷惑かけたくない」って言うけど本当?『PLAN 75』早川監督に聞く

「人に迷惑かけたくない」って言うけど本当?『PLAN 75』早川監督に聞く

私たちは人生をみずから選んでいるのではなく、社会に選ばされているのかもしれない——。

75歳になったら自分で死を選べる架空の制度と、それに翻弄される人々の姿を描いた映画『PLAN 75』。今年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品され、「カメラドール 特別表彰」を受けた本作が、2022年6月17日に全国公開されました。

衝撃的な設定が目を引くものの、これは安楽死の是非ではなく、人が何を選択し、どう生きていくか問う映画。本作で長編デビューを果たし、次代の日本映画のつくり手として注目を浴びる早川千絵監督に、制作の背景や、社会に対するまなざしについて伺いました。

印象に残った「人に迷惑をかけたくない」という思い

——75歳を過ぎたらいつでも死を選べる制度がある社会で、どう生きていくか。自分にも重ねて考えさせられました。この問いかけがすごく切実に感じたのですが、早川監督ご自身もこれまでに、残された時間をどう生きようかと考えるような経験があったのでしょうか?

早川千絵監督(以下、早川):そうですね……。実は、私が19歳のとき、父親ががんで亡くなっているんです。闘病期間は10年でした。時間の経過とともに弱っていく父の姿を見るうちに、尊厳のある最期ってどういうことなんだろう、と子どもながらに感じていたように思います。

「父は、死を隣に感じながら、今どう生きているんだろう」と、同情ではなく、ただ不思議な気持ちで見つめていたことを少し覚えていて。そのことが影響しているかなと思いますね。

——本作の制作にあたり、実際に高齢者や介護の現場で働く方などにリサーチして、脚本を執筆したそうですね。

早川:60〜80代の女性を中心に、約15人の方にお会いしました。これまでどんなふうに生きてきたかライフストーリーを語っていただき、「PLAN75という制度がもしあったらどう思いますか?」と尋ねたんです。印象に残っているのは、ほぼすべての方が「とにかく家族に迷惑をかけたくない」とおっしゃっていたこと。中には「迷惑をかける前に、早くお迎えに来てほしい」とおっしゃる方もいました。これは日本人特有の考え方なのかもしれない、とお話を聞いていて思いましたね。

——自分がどうしたいか考えるより先に、人に迷惑がかかるのではないかと恐れる感覚は、なんとなくわかる気がします。

早川:私たちは、子どもの頃から「ルールを守らなくちゃいけない」「人に迷惑をかけちゃいけない」って言われて育ってきたじゃないですか。それ自体は決して悪いことではなく、思いやりの一種ですよね。でも、その意識が行き過ぎると、困っていても「助けて」と言えない人が増えたり、追いつめられたりしてしまう人が出てきてしまう気がするんです。

そういうふうに、人に迷惑をかけたくないという気持ちが過度に意識され、自己責任という言葉ともリンクして、人の生きづらさにじわじわ加担していってしまっているんじゃないかと感じています。

社会には“やさしい罠”が潜んでいる

——監督は、10年ほどニューヨークで暮らした後、2008年に帰国されたとか。当時、日本では自己責任論という考えが大きくなっていて、社会的に弱い立場にいる人たちへの圧力が強まっていると感じたそうですね。

早川:2008年より前の話になりますが、2004年に一時帰国したとき、ちょうどイラク日本人人質事件が起こって「勝手にイラクに行った人のせいで大きな迷惑を国が被っている」「私たちの税金が彼らを助けるお金に使われている」といったコメントが、ニュースで頻繁に流れていました。

そうした世論はメディアの中だけでなく、身近な友だちも同じようなことを言っていて。私には、それがとても異様に映ったんです。ニューヨークで生活しているとき、そういう感覚を覚えたことはなかったので、何かおかしいなと思うきっかけになった事件でした。

——そのような、他者の痛みに鈍感な、不寛容な社会に対する危機感が、本作制作のモチベーションになったんですね。制作前のリサーチでも、「PLAN75」という制度への意見も伺ったそうですが、どんな回答が得られましたか?

早川:実際に「あったほうがいいと思う」「私は賛成」とおっしゃる方もすごく多かったですね。年齢でボーダーを引くことはさておき、安楽死を選べる制度があってもいいのではないかと。この制度を求める人はたくさんいるだろうと思ったし、私には、その気持ちを否定するつもりは全くなくて。作中にも安楽死の是非にふれるような描写は入れませんでした。

ただ、こうした制度の存在によって、追いつめられてしまう人も確実に出てくるはず。そこを無視して考えるわけにはいかないのではないか、という問題提起ができればと思いながら脚本を練りました。

——本作を観て、みずから選んだつもりで、実は社会に選ばされているかもしれない怖さを感じました。そういった“やさしい罠”みたいなものが、私たちの身の回りにもたくさん潜んでいるなと思います。

早川:おっしゃる通りで、印象操作に似たようなことが、いま現実でも起こっていると感じます。「女性活躍推進」なんて、まさにそうですよね。当たり障りのいい言葉で本質が見えなくなってしまったり、そうされていることにすら気づかなかったりする状況を、本作ではあえてわかりやすく見せているつもりです。

劇中より

余白を多く残したのは観客を信頼しているから

——倍賞千恵子さん演じる主人公のミチは、過去に結婚歴が2回あるものの、子どもには恵まれず、一人で暮らす78歳の女性です。なぜそのような設定にしたのでしょうか。

早川:ここで、結婚歴がなく、子どももいない女性を登場させるのは、ステレオタイプだと思ったからですね。それこそ「自分勝手に生きてきたからでしょう?」「自己責任だ」と論点のズレた主張が生まれるかもしれませんし、それによって傷つく人が出てくるかもしれない。それに、子供がいても、パートナーと暮らしていたとしても「安泰」の人生はないんじゃないかなと思ったんです。十人十色の人生がある中で、誰が窮地に陥ってもおかしくないということを言いたくて、ミチや同僚たちのバックストーリーを設定していきました。

——ミチやヒロムをはじめ、本作の登場人物は多くを語りませんよね。ラストシーンの捉え方も、きっと人によってさまざまだと思います。そのように、余白を多く残したまま観客の想像に委ねることは、怖くなかったですか?

早川:その点は、全く怖くなかったですね。観客に絶大なる信頼があるというか。感受性を持たない人はいないだろうと思っているんですよね。わかりにくいとか、よくわからないという人はたくさんいるかもしれませんが……それでも、印象に残るシーンや、なんとなく引っ掛かるシーンがひとつでもあればいいと思って作りました。

いまの日本映画やドラマは、心の中で思っていることまでモノローグで言ってしまうので、もったいないなと感じることもあって……。考えを巡らせたり想像したりすることも、映画を観る楽しみのひとつだと思うので、そういった意味でも余白を残すことは意識しました。中には、私が想像していなかった受け止め方をする方もいて、すごくおもしろいなと感じましたね。

劇中より

失うことは、恐ろしいことではないかもしれない

——ミチは元気でまだ働けるけれど、生活が困窮したことによって、「PLAN75」に申し込もうか迷いはじめます。人生100年時代といわれるようになりましたが、生き抜くには「健康」だったり「経済力」、「つながり」が必要なのかな、と。今から考えておきたいことも多いなと思いました。年を重ねることについて監督はどんなふうに考えていらっしゃいますか?

早川:たとえ100歳まで生きられても、ずっと元気でいられる保証はなく、やっぱり失うものが多くなってきたり、できないことが増えていったりすると思います。それをどうやって受け入れるか、その度量の大きさが問われるのではないかと。年を重ねるにつれて、度量が大きくなっていけば、老いることをそこまで恐れずにいけるのではないかというふうに、最近思えるようになってきました。

——そう思えるようになったのはなぜでしょうか?

早川:昔は、年を重ねることで、自分の体力や能力が衰えていくことに恐ろしさしか感じていませんでした。ところが、本作を作るにあたり、障がいを持った方の本やドキュメンタリーにたくさんふれて「失うことは、実は恐ろしいことではないんじゃないか」と感じるようになったんですね。

もしも自分がこの先、障がいを持つことになったらどういうふうに生きていくだろう、と想像するようになり、少しずつ考えが変わってきた気がします。

——本作はまさに「自分がどう生きていきたいか」を想像するきっかけになる作品だと思います。社会との向き合い方についても。絵空事だったはずの「PLAN75」を現実化させないために、私たちは何ができるでしょうか。

早川:私たちはそれぞれ別の人間であり、違う価値観・考え方を持っています。それを前提にして、相手に対する想像力を働かせるということが、ひとつの手立てではないかと思いますね。いろいろな人の感情や人生に思いを馳せる力を養うために、映画は一助になる。この映画が、誰かのことを考えたり、誰かと対話したりするきっかけになれば幸いです。

■作品情報

『PLAN 75』
6月17日(金)、新宿ピカデリーほか全国公開中
配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

(取材・文:東谷好依、編集:安次富陽子、撮影:青木勇太)

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