長く続くコロナ禍、自分のキャパシティを超えて頑張ってしまい、ストレスであっぷあっぷになっていませんか?
心療内科医で秋葉原save クリニック(東京都千代田区)院長・鈴木裕介(Dr. ゆうすけ)さんに、コロナ時代における自分のキャパシティの広げ方をお聞きしました。
キャパオーバーは無理しても解決しない
——キャパオーバー状態になると、自分に対する罪悪感というか、「自分はなんてダメなんだろう」と感じてしまうのですが……受け止め方を教えてください。
鈴木裕介先生(以下:鈴木):まず、キャパシティというものは人それぞれだし、自分の中でも常に変わりゆくものです。基本的には大人になればなるほどキャパシティは広がっていくし、できることも増えていきます。ただ、自分のできるところだけに留まっていると広がらないものでもあります。
RPGとかと同じで、「ちょうどいい難易度」の課題に取り組むことで健全に伸ばすことができます。経験学習の世界では「ストレッチゾーン」と呼ばれます。同時に、自分には到底解決できないレベルのものに対応しようとしてもただパニックになるだけで、キャパは広がりません。人生のどこかの局面では、嵐が過ぎ去るのを耐えるしかない、っていう時期もある、というのが現実だと思います。
——努力で解決しようとしても無理ということでしょうか。
鈴木:そうですね。ただ、自分の努力だけではどうにもならないような問題までも、「自分のせいで」と自責的に考えてしまうタイプの人は多いです。人生の早い段階で、自分だけでは解決できないような難題や不条理な出来事を抱えてきた人ほど、「自分が悪いんだ」と自責してしまう傾向があるんですよ。不条理なことが起こったとしても、「全部自分が悪いから」というフラグがあればなんとか回収できてしまう。そうやって生き延びてきた人は決して少なくないんですね。過剰な自責思考というのは、環境的な要因によるものが大きい。「自分が悪い」と思う以外にやりようがなかった、ということです。
そういう人って、いろんな人の無理難題にこたえようとしてしまうんです。それが無理難題だと気づかずに。キャパオーバーまでやるのが当然になっていて、他人のニーズにこたえないと自分の価値がない、自分の存在が証明できない、みたいなマインドを深く抱えていたりする。それって、そもそも自分のキャパシティを度外視したコミュニケーションが当然になっているということです。
——キャパを広げようと頑張るのではなく、コミュニケーションに対する認知を変えたほうがいいということでしょうか。
鈴木:そうですね。なぜ、他人のニーズを満たすことを前提としないと、自分の価値がないと思ってしまうのか。それを今後もずっと続けていきたいのか。そんなふうに、どこかで一度、自分の考えや世界の見方を疑ってみる機会はあっていいと思います。えてして、そういう人ってめちゃくちゃ能力が高かったりするんですけど、自分ではそう思ってないし、断ることもできない。断らないという体質を人生の早い段階で植え付けられてしまっているので、それがほぼ反射的に出てしまうんです。
——環境的に植え付けられたものなんですね。どんな経験が影響するのでしょうか。
鈴木:よくみられる例で言うと、子どものころからヒステリックな親に理由もわからないことで怒られ続けたりとか、父親と母親が常にものすごい喧嘩をしてたとか。子どもというのは親に生殺与奪を握られています。その人に餌を与えられないと生きていけないわけです。
その相手から理由もわからずめちゃくちゃ怒られたり、重要人物である両親が激しい喧嘩で傷つけあっているのを見ることって、子どもにとっては世界が崩壊するくらいの恐怖です。せめてできることといったら、「なんでも言うことを聞くから怒るのをやめて」と従順な態度をとることくらいしかない。そして、この人たちが笑顔にならないのはすべて「自分の存在のせい」なんじゃないかという気持ちが自然と芽生えてきます。
こういう経験によって、反射的に他者のニーズに全力になってしまう体質が養われ、自分のキャパシティを度外視したコミュニケーションをとるようになります。反射的に求められることをやってしまうのは、自分を防衛するためでもある。捕虜が生き延びるために、敵兵にとことん服従することと同じです。それが一番生存する確率が高いので。きっと、そうした「防衛的な服従」が必要だったなんらかの背景がある、と考えるんですね。もちろん、それは子どものころの出来事に限らずですが。
——逆に、自分の能力を過大評価してキャパオーバーになることもあるんですが……。自分なら明日できる、と信じて結局仕事をためてしまったり。
鈴木:それは今の話とはメカニズムがちょっと違い、何度も失敗することで自分のキャパシティを学習できれば、徐々につかめていきますよ。体調、年齢、体験などで変化することを学習し、「もうこれ以上できない」というときがあって当たり前ととらえられるようになれば。
キャパを広げる「SOC」
——ほかにも、自分のキャパシティを見誤る要因はありますか?
鈴木:「自分は疲れてない」という勘違いですね。疲労は目に見えないから、他人と比べたり、過去と比べて疲れてないという勘違いを生みやすいんです。達成感がある仕事をしたりすると、疲労感がなかったりするじゃないですか。やりがいがある仕事ほど、そうなりがちです。
ハンス・セリエのストレスモデルの話を紹介します。ストレスイベントがあったときって最初は体に反応があるんですけど、だんだん慣れてくるんですよ。ここで「意外と大丈夫だな」って、自分のキャパシティを見誤るんです。実は、この時期というのは、慣れてきたように見えて、アドレナリンとかでドーピングしながらバランスを取っている状態なんですね。無意識のうちに体が抵抗して適応している状態なので、むしろパフォーマンスが上がったりします。これが3か月くらい続くと、急に坂道を転がるように急直下して、一気に体の弱っている箇所に症状として顕在化します。
——こわ……!
鈴木:あとは、「SOC」を知っておくといいかもしれませんね。
――「SOC」とは? 初耳です。
鈴木:「Sense of Coherence(センス オブ コヒーレンス)」の略で、日本語では「首尾一貫感覚」と呼ばれ、ストレス対処力に直結するものです。
①「今どういう状況なのかな」と把握できる感覚
②「これならあの人に頼ったり、自分でこう進めることでなんとかなりそうだな」と思える感覚
③「今やってることはたしかに大変だけど、自分の人生にとって意味がありそうだな」と意味づけられる感覚
この3つを理解すると、ストレス状態にあっても、ものの見方を変えることができます。
“SOC(Sense of Coherence)を高める3つの要素
把握可能感(comprehensibility) 「自分の置かれている状況を一貫性のあるものとして理解し、説明や予測が可能であると見なす感覚のこと。
処理可能感(manageability) 困難な状況に陥っても、それを解決し、先に進める能力が自分には備わっている、という感覚のこと
有意味感(meaningfulness) いま行っていることが、自分の人生にとって意味のあることであり、時間や労力など、一定の犠牲を払うに値するという感覚“
——この3つのどこかが欠けてないか、自分で確認してみるといいかもしれませんね。
鈴木:①と②が、いわゆるキャパシティだと思うんですよ。③が入るとレジリエンス*かな。キャパオーバーになっている人はぜひチェックしてみてください。これは後天的に高められるものなので、キャパオーバーを無理な努力で解決するのではなく、SOCを高める努力に向けてもらえるといいと思います。
*レジリエンス…困難や脅威に直面している状況に対して、「うまく適応できる能力」「うまく適応していく過程」「適応した結果」を意味する言葉。参考 https://www.kaonavi.jp/dictionary/resilience/
(聞き手:安次富陽子、構成:須田奈津妃)