「中堅と言われる立場だけど、いつまでたっても自分に自信が持てない」
「自分の感覚が古いのではないかと時々不安になる」「自分が“老害”になりそうで怖い」--。
そんな迷える中堅世代以上の人たちに向けた『モダンエルダー 40代以上が「職場の賢者」を目指すこれからの働き方』(日経BP)が、2022年1月に発売されました。
著者のチップ・コンリー氏は、ホテルチェーンを創業して経営した後、IT系企業の経験がないまま、米シリコンバレーのスタートアップ「エアビーアンドビー」に50代で入社。20歳ほど年の離れた若者たちと働くなかで、「モダンエルダー」としての知恵と経験を生かして活躍し、彼らから頼りにされる存在となっています。
そこで今回、同書の出版に携わり、累計発行部数100万部のベストセラーとなった『ファクトフルネス』をはじめ、 『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』など、翻訳書を多数手がける編集者・中川ヒロミさんにお話を伺いました。
「シリコンバレーの働き方」を日本で紹介する理由
——「中堅と言われる年代になって、将来というか今、自分が“老害”になったらどうしよう?」と不安に感じることがあって、同書に興味を持ちました。まずは、日本で出版された経緯を教えていただけますか?
中川ヒロミさん(以下、中川):この本を書いたチップ・コンリー氏は、シリコンバレーで急激に大きくなったスタートアップ「エアビーアンドビー」に、50代で入社しました。若い会社なので、社員もみんな20代のイケイケの若者が多いわけですよね。若い人たちが中心の環境で、後から入ってきた50代がどんなふうに活躍したかが書かれています。
そもそも私がシリコンバレーに興味を持つようになったきっかけは、iPhoneの存在でした。 通信系の雑誌の記者として携帯電話メーカーやキャリアの取材をしていたのですが、それまで携帯電話を作っていなかったAppleが、2007年にiPhoneを発売し、瞬く間に世界中に普及しました。その間、日本のメーカーはほぼすべて撤退してしまったのです。取材していた日本メーカーの方たちは優秀なのに、なぜ停滞してしまったのだろうか? と疑問が湧いたんです。
Appleなどシリコンバレー企業から学べるところを日本の読者に紹介したくて、10年ほど前からシリコンバレーの働き方や技術、経営に関する本を日本に紹介してきました。
そしてシリコンバレーの本を作っているうちに、シリコンバレーで働く40代や50代がとても楽しそうなことに気がつきました。まずは自分で何でも手を動かして使って楽しんでいるのです。一方で日本企業では40代や50代で管理職になったら現場に任せて自分は手を動かさず、内向きになっている人が増えているように思います。
——確かに日本の企業だと、管理職になると現場から離れることが多いですよね。
中川:私自身も「現場仕事はマネージャーがすることじゃない」「何でもかんでも自分でやってちゃダメだ」とよく言われてきました(笑)。でも、シリコンバレーのIT企業で働いている人たちはもちろんマネジメントもするのですが、実際に自分で手を動かしている。だから現場の問題もよく分かっているんですよね。
そんなふうにシリコンバレーの考え方や働き方を知って、中堅と言われる世代の働き方のヒントになればいいなと思い、『モダンエルダー』を日本で出版することにしました。
現場のこともよく知っているシリコンバレーの管理職
——日本とシリコンバレーでは、管理職に対する考え方が違うんですね。
中川:そうですね。シリコンバレーの方たちは一通りは理解しておきたいという意識が強いように感じます
——「やってみる」「知っておく」ということが、シリコンバレーの企業が急成長する秘密の一つなのでしょうか?
中川:はい、特にシリコンバレーのIT企業はテクノロジーの変化が激しいので、サービスに触れていないと取り残されてしまいます。ツールもどんどん変わるし、ユーザーの嗜好(しこう)もどんどん変わります。日本のSNSでもFacebookやTwitterが主流でしたが若い人たちはTikTokが人気ですよね。そこで、TikTokという名前だけ知っていても、使ったことがないとついていけなくなっちゃう。そういう変化が、シリコンバレーでは特に速いんです。
この本でも、シリコンバレーの起業家であり、スタートアップでモダンエルダーとして活躍されてきた外村仁さんが解説で「“置いていかれる不安”は年とともに募る」というお話をされています。だからこそ、「自分でやってみる」んじゃないかなと思います。
「モダンエルダー」として意識していること
——出版から2カ月ほどたちますが、読者からの反響はいかがですか?
中川:特に40代や50代の女性から、「すごく感激した」という声をいただきます。女性は真面目な人が多いので、その分将来や働き方に心配になったり不安になったりすることが多いと思うんです。しかも、40代や50代に入ると更年期など体の変化や不調も出てくる。そんなときに「このまま仕事を続けられるのかな?」とつい不安に駆られることもあるし、一方で「頼られたい」「相談されたい」という気持ちは誰にでもあると思うので、この本を読んで「こういう働き方をすれば、若い人や同僚に必要とされるんだな」ということが分かれば、多少は自信も出てきて不安も解消されるかなと思います。
——中川さんご自身も管理職ということですが、「モダンエルダー」として意識していることはありますか?
中川:自分の価値観で決めつけないようにしています。年下の編集者たちが「こういう本の企画をやりたい」と企画を出してきたときに、これまでの経験から「これでは売れないんじゃないかな?」「タイトルはこれでいいのかな?」と思うときもあります。でもそこで、「これは絶対に売れない」と断定しないように気をつけています。もしかすると、若い世代の感覚のほうが正しいかもしれない。そこは謙虚になって対等な目線で一緒に考えなければいけないと思っています。
“シニア”でも“大先輩”でもない「モダンエルダー」タイトルに込めた思い
——本を出版するにあたり苦労したことや意識したことはありますか?
中川:言葉遣いです。一緒に編集をした30代の編集者に「“シニア”とか“年長者”とか“大先輩”という言葉は使いたくない」という話をしたら、「なぜですか?」と聞かれたんです。年下の後輩たちは尊敬の意味を込めて私のことを「大先輩なんですよ」って他人に紹介してくれることがありますが、私自身はそれほど年が違わない気持ちでいたので年寄り扱いされたくないんです。だから、言葉の選び方にすごく気をつけました。
「モダンエルダー」の日本語訳も、最初は翻訳者の方たちが「今どきの熟年」という案を出してくださったのですが、もう少しいい言葉がないかなあとずっと悩んでいました。「モダンエルダー」のままが、新しさもあるしすてきな感じがすると思い、「モダンエルダー」にしました。私自身もモダンエルダーを目指したいですね。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)