いつも自己嫌悪で苦しむあなたに届け!『キングコング・セオリー』

いつも自己嫌悪で苦しむあなたに届け!『キングコング・セオリー』

2020年11月に柏書房から『キングコング・セオリー』(著者:ヴィルジニー・デパント、訳者:相川千尋)が発売されました。本書は、#MeToo運動をきっかけに再注目され、フランスで20万部のベストセラーとなったフェミニズムの名著の邦訳版です。

「この人の感想が聞きたい!」ということで、今回、詩人でイベントオーガナイザーでフェミニストの内田るんさんに書評を寄稿いただきました。

世の中が平等?

“私はあることに気づいて愕然とした。どんなにバカな男でもペニスがあるだけで (中略) 女らしさについて私に説教を垂れる権利があると信じているのである。”(『キングコング・セオリー』P.162-163)

めちゃくちゃ気合の入った本だ。フェミニズムの名著って言われるものは大体めちゃくちゃ気合い入ってるハンパない本ばかりで、手にとって読むと、怒りと屈辱に慣れて磨耗していた人間としての尊厳に火がついて、血がにえたぎるようになる。だが、本を閉じて、またいつもの社会の中に戻れば、テレビをつけても雑誌を見ても、電車の中や街中の広告でも、「お前は女だ、黙って脱毛して化粧してモテ服でも着てヘラヘラ笑いながら、男性中心の資本主義社会の中で消費されてればいいんだよ」と、こちらに向かって毎日毎日メッセージが送られ続け、なかなか未来は暗いって気持ちにさせられる。

「世の中はなんだかんだで平等になってる」なんて言ってるやつはわかってない。うまいこと乗せられてるだけだ。この世界は搾取と暴力と虚飾がほとんどだ。私たちは資本主義社会の奴隷だ。そして同時に、衣食住を満たすために、別の誰かから搾取するシステムに加担している。順番に使い捨てられるだけの世界だ。悪い奴は明らかにいるし、世の中のほぼ全員がそのアコギなマフィアの構成員に、勝手に無断で登録されている。

見下すまでもなく、最初から数に入っていない

つい先日、五輪組織員会の会長だった森喜朗が露骨な女性蔑視発言で辞任に追い込まれた。あれはとてもわかりやすい。彼は本気で自分が女性を蔑視しているという意識はないのが、会見の様子でよくわかる。彼は、女性を「蔑視する」なんていう対象にすら置いていないのだ。

見下すまでもなく、最初から数に入っていない。「女性」という存在は、いつだって男性同士が自分たちの仲間意識を高めるための、ちょっとしたツナギ、または潤滑剤。どちらにせよ、性が違うというだけで、人格があり尊厳があり能力があり欲もある「1人の人間」だとは、絶対に思えないのだ。そもそも、目に入っていない。そしてそれこそが蔑視である、ということを理解していない。だがそれを理解させるのは、実際とても難しいのだと思う。

何故なら女性自身が、自分たちを、その被差別階級に身を置くことに納得させられ、その階級の中で「うまくやる」ことしか考えたことがないからだ。差別される側も意識できないほどに、私たちの肉体と生活に染み付いた、この性差別構造は、特に差別加害側は、意識することはほとんどない。病気の時には健康をありがたがるが、健康な時にはそれを意識しないで済むのと同じように。「持っていない状態」の時にしか、私たちはその存在に気づかない。それは権利も同じだ。

“ルールに従う女性たち”を待ち受ける肉食獣

“女が劣等感を抱き、しかも自らそのままでいようとするメカニズムを解明することは、国民全体に対する監視メカニズムを解明するのと同じことだ。”(『キングコング・セオリー』P.38)

デパントは、こういう「見えない」形にされている女性たちの「運用」の実情を、白日の下にさらしてくれた。これは、おそらく多くの女性にとっても、都合の悪いこと、または非常に気分を悪くする内容だと思う。「可愛くになりたい」「モテたい」「体型をセクシーに」「料理上手で家事が得意に」「愛されたい」「あの男の妻に選ばれたい」……女性に生まれてきて、良しとされてきたこと、目指すべきと示されていた方向には、大きな肉食獣が待ち構えている崖っぷちしかなかったのだ。

実際、私の周りで美人でナイスバディで仕事も出来て家事も完璧で男あしらいも上手な女性たちは、同棲していた恋人からのDVやモラハラを受け、最終的には家出同然で逃げている。彼女らの元カレらの言い分はいつも、こちらの想像を超える。いくら金を積んでも雇えないような24時間サービスの家事労働と性的奉仕を、家賃を少し多く出すくらいのことで受けられる権利が自分にあると、無邪気に信じている。LINEをブロックされて数ヶ月の現在も、おそらく信じているままだろう。

「読まれたら困る」のはなぜか

正直に言えば、この「キングコング・セオリー」は、フェミニズムの入門書としては全くお薦めできない。遠回しな表現がなく、ナイフで切り裂くように全てを暴いてしまっている。それは著者のデパント自身が自らの身を切って血を流して書いた本だからだ。彼女の流した血の一滴分すらも、私はここで語り切れない。彼女はこの本を出してすぐ、批評家たちから叩かれ、罵倒され、見下され、読むに値しないとされた。「読まれたら困る」ことを、彼女が自分の体験を元に暴露したからだ。デパントは10代で3人組の男にレイプされ、20代では売春をしていた経験があり、それが彼女にもたらしたものについて誠実に綴っている。つまり、この社会が女性を、そして女性を利用して男性を、使い捨ての奴隷として上手く教育しているシステムのことを。

この本を読むべきなのは、「フェミニズムとか女性の権利運動にも関心を持ってみようかな」なんていう無邪気な良い子ではなく、いつも自己嫌悪で苦しみ、虐げられていることの怒りを自分に向けてしまう、あなたのような人だ。どうか読んでほしい。

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