「安定した企業で働きたい」というのは数ある仕事観の中でもメジャーなひとつ。でも、ある日突然「クビ」になってしまうリスクはどの企業においても等しくあるものです。
考えたくないけど、その瞬間を想像すると、「自分を拾ってくれる企業はあるの?」「ワーママだったら不利じゃない?」と不安になることもあるはず。
現在、ワンコイン子育てシェアサービスで注目を集める「AsMama」の甲田恵子(こうだ・けいこ)さんも、突然の解雇で大きく進路を変更することになったひとりです。そこでウートピは全3回に渡って、甲田さんに解雇から起業するまでの話を聞きました。
【第2回】「仕事につながらない勉強」をするワーママたちを見て…
【第3回】働き方に「起業」という選択肢があっていい
突然の解雇宣告「また転職活動か…」
——今回はインタビューをお引き受けくださり、ありがとうございます。甲田さんは元々、上昇志向が強いキャリアウーマンだったそうですね。一生懸命仕事に励んでいても解雇されちゃうというのは衝撃的でした。
甲田恵子さん(以下、甲田):そうですね。解雇と言っても、特殊ではありますが、勤め先でクーデターが起こって、社員のほとんどが追い出されることになったんです。
——クーデターとは物騒ですね。
甲田:そうですね。子会社も含めた関係者全員が呼び集められて、「社長交代をします。今月末に9割の人間を解雇します」と伝えられました。聞いた瞬間は、「何を言っているんだろう」と思いましたね。
——それは、びっくりしすぎて理解できないということでしょうか?
甲田:いえ。上場会社なので、社長の交代は公開情報なんですよ。ある日突然「交代しました」なんてありえない。さらに私は、IR・広報の室長だったので、私を通さずそんなやり取りがあるなんて信じられなくて。「タチの悪い冗談はやめて」って思いました。
——事実だと確信した瞬間は?
甲田:ピンと張り詰めた空気の中、退職の手続きの説明が始まって……。びっくりして公開情報をチェックしたら、私が作ったものではないリリースが出されていたんです。これはもう避けようがないんだなと悟った時に思ったのは、また転職活動か、どうしよう……ということでした。
いつか娘の人生のロールモデルに
——その時、お子さんはまだ小さかったんですよね。保育園のお迎えはいつもクラスで最後、繁忙期には週に5日の二重保育や、ベビーシッターを雇って対応するなど、バリバリ働いていたとか。
甲田:はい。利用していたファミリーサポートの方に、「もう少し子どもと一緒にいる時間を作ってあげるのはどう?」と声をかけられたこともありました。それくらい仕事に時間を割いていましたね。
——働くペースを落とすとか、キャリアの小休止をして専業主婦になろうとは思わなかった?
甲田:はい。働き続けたいという気持ちは変わりませんでした。将来娘が夢を見つけた時に、応援できる存在でいたいと思っているから。「お金がないから我慢しなさい」とか、「ママは働いたことがないから仕事の悩みはさっぱりわからない」と娘に言いたくなかったんです。それに、娘が大きくなる頃には、働きながら子育てをしてお金もちゃんと稼いでという時代が来る。その時に彼女のロールモデルになりたいと思ったんです。
このまま働いてもいいの?
——今、一緒にいることではなく、働くことが子どものためになると考えたんですね。
甲田:もちろん、自分のためにも。だから復職した時から全力で働いていました。アクセルを踏んで仕事をすると、周りはちゃんと見てくれているので、「ごめんなさい、急に熱を出してお迎えに……」という時にも「いいよ、すぐ迎えに行ってあげなよ」って言ってもらえる。仕事を頑張るほど、周りが助けてくれるんです。
——でも、解雇が決まって、その場所がなくなってしまった。
甲田:そうですね。残務整理があったので、パソコンと向き合いながら私は誰のために何のために働いてきたんだろうって、途方にくれることもありました。家族に負担をかけてきたこと、娘に寂しい思いをさせたかもしれないことを全部否定されたような気持ちになって。私のわがままで、私が働きたいからやってきたことなのに、って罪悪感に襲われることもありましたね。
会社に頼りきるのはリスク
——つらい時期でしたね。
甲田:はい。職務上、私は「弊社は大丈夫ですから」と外に向けて笑顔で説明しないといけない立場だから、「自分もリストラされるんです」なんて言えません。そういうしんどさもありました。そして退職後、燃え尽き症候群になってしまったんです。頑張っても頑張れない。頑張りたくても動けないという状態。「転職活動しなきゃ」と思うんですけど、何を見ても無機質というか。求人票を見ても何も感じない。
どこの会社に行ったって、また今回の解雇のようなことが起こり得るんだよねとか、馬車馬のように働いて、それなりのお給料をもらっても、でも、何が残ったの……と。
一体私の人生って何だろうって袋小路に入ってしまったんです。子どもと一緒にいる時間を削って会社のためにと思っても、会社は従業員を守ってくれるわけではない。会社に期待して、頼りきるのはリスクなんだと痛感しました。
心身ともに疲れ切っていたので、自分と向き合う時間がほしくて、職業訓練校に行くことにしました。
——次回は、職業訓練校で出会ったワーママたちを見ていて閃いたことを伺います。
(取材・文:ウートピ編集部 安次富陽子、撮影:池田真理)