『ロストケア』前田哲監督×長澤まさみさんインタビュー前編

前田哲監督「松山ケンイチの演技の強さに対抗できるのは、長澤まさみだけだと思った」

前田哲監督「松山ケンイチの演技の強さに対抗できるのは、長澤まさみだけだと思った」

「#どうする介護」
の連載一覧を見る >>

『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』『そして、バトンは渡された』などの作品で知られる前田哲監督の新作『ロストケア』が、3月24日(金)に全国公開されます。

本作で描かれるのは「42人連続殺人犯 VS 真相に迫る検事」の互いの正義をかけた対決。介護士でありながら、自らの信念に従って利用者を殺めた殺人犯・斯波(しば)を松山ケンイチさん、彼を裁こうとする検事・大友を長澤まさみさんが演じています。

自分がしたことは「殺人」ではなく「救い」だという斯波と、法の正義のもと彼を追い詰める大友。ふたりの緊迫のバトルを通じて、現代に生きるすべての人々に「家族のあり方」と「尊厳の意味」を問いかけます。

今回は、長澤まさみさんと、前田監督にインタビュー。前後編でお届けする前編では、2013年に日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した原作を映画化したいと思ったきっかけや、長澤さんを起用した理由、緊迫したシーンの現場での反応などについてうかがいました。

劇中より

この作品には国の抱える問題が凝縮されている

——本作は、前田監督と松山ケンイチさんが長年温めてきた企画だとお聞きしました。原作のどのようなところにひかれたのでしょうか。

前田哲監督(以下、前田):もともと、扱われているテーマに興味があり、原作の『ロストケア』が発売された時(2013年)にすぐに読みました。そうしたらガツンときたというか、葉真中(顕)さんの、この国や行政に対する思いや怒りがすごく伝わってきて……。小説としてもとてもおもしろいですし、もっと多くの人に伝えたいと思ったときに、映画で生身の人間の言葉で届けることが強いのではないかと考えました。

——物語のおもしろさというのは、具体的には?

前田:連続殺人犯の欺波と検事の大友、2人の対決ですね。介護だけでなく、安楽死や尊厳死、命の問題、社会格差、行政のあり方、国のあり方など、日本の抱えている問題がこの2人の対決に凝縮されていると思っています。

それから、正義や悪、罪悪感とは何なのか。人間の原罪を問う作品のような気もして、欺波と大友の対決を生身の人間が演じたら、葉真中さんの思いを広く届けられるのではないかと考えました。

——松山ケンイチさんとは、どのような経緯で一緒に企画を進めることになったのでしょうか。

前田:2007年に『ドルフィンブルー フジ、もういちど宙へ』という映画で松山さんとご一緒して、「また何か一緒にやりたいね」と話していたんです。お互い、気が向いた時に連絡するくらいの仲なのですが、2013年に久しぶりに電話をもらって。

ちょうど原作の『ロストケア』を読み終えたタイミングだったので、「おもしろい本を読んだんだけど」と話したら、松山さんがすぐに読んでくれて。ぜひ欺波をやりたいと。僕も映画化を考えていたので、一緒に企画を進めることになりました。

「脚本の強さ」が出演の決め手だった

——長澤さんは、オファーを受けた後、どのようなことを考えて出演を決められましたか。

長澤まさみさん(以下、長澤):両親の老後との向き合い方や介護に関心があり、気になるテーマを扱っている作品だなと思いました。松山さんと共演できることも役者としていい経験になるだろうと。

そのように惹かれる要素がいくつもある中で、最終的には、脚本を読んで出演を決めました。最後のシーンなどはグッとくるものがあり、「これはやりたいな」と心から思ったんです。

——原作の大友は男性ですが、映画で女性に変更したのはなぜでしょうか。また、その役を長澤さんに託そうと思った理由とは?

長澤:確かに男性でしたね。

前田:男性でももちろんよかったのですが、映画はエンタメなので「この組み合わせが見てみたい」「この対決はおもしろい」と観客に興味を持ってもらうことを第一に考えました。

いまは、男女の差がほとんどなくなってきていますが、まだ無意識に「検事=男性」と職業で性別を連想してしまうこともありますよね。そういう意味でも、大友を女性が演じるとおもしろいのではないかと思いました。

その上で、誰もが認める松山さんの演技の強さに対抗できる人、42人連続殺人犯という重い相手を受け止められる人はどなたかなと。そこは、やはり長澤さんしかいない、二人がぶつかると何かが起こるというのが、僕ら製作陣の思いでした。

劇中より

スタッフも震えた、2人の対峙シーン

——長澤さんは、先ほど、松山さんと共演してみたかったとおっしゃっていました。今回共演してみて、どのような化学反応を感じましたか。

長澤:今回に限らずですが、撮影現場では、自分が準備してきたものの想像を超えることが常なんですよね。撮影前に衣装合わせをしたり、ロケハンをしたりして「こういう風に撮りますよ」とイメージを伝えていただきますが、物の位置や香り、空気感など、隅々まで想像できるわけではありません。むしろ、現場に行って、初めて知ることのほうが多いです。

そのような中で、自分が準備してきたものとどう折り合いをつけていくか。ここがいつも難しいですし、おもしろみを感じる作業でもあるんですよね。

——松山さんの演技も「想像を超える」要素のひとつだったのではないでしょうか? 緊迫したシーンも多い作品ですが、気圧される部分もありましたか?

長澤:欺波は連続殺人犯ですが、正義感に満ちた青年でもあるので、圧や恐ろしさは感じませんでした。どちらかというと、神々しさみたいなものがあったように思います。

前田:松山さん、最後のシーンで震えていましたよ。長澤さんの圧に。

長澤:逆に!? 私が圧を与えていたんですね(笑)

前田:僕としては、2人に対して「こうきますか」と感心した部分が多々ありました。スタッフも、2人のやりとりに震えていました。

劇中より

映画はさまざまな反応を取り込んでメタモルフォーゼしていく

——監督は、プレスリリースの中で「映画は日々変化し一瞬にして天国と地獄をも生み出す『生き物』であることを思い知らされた撮影現場でした」と語られていますよね。この点を、もう少し具体的に教えていただけますか。

前田:長澤さんが先ほどおっしゃっていた通り、現場では、こちらが予想していなかった事態がいろいろ起こります。それらを取り込んで、どんどんメタモルフォーゼしていくんです。

相手が強くきたら強く言い返すのか、ちょっとへこんでからやり返すのか。あるいは、目線の動きを変えるだけでも芝居の流れが変わります。シーン内でのバランスを見ながら、即興的に作っていくわけです。それをどうカメラにおさめるかが僕の仕事ですし、めまぐるしく変化していく芝居を特等席で見られるなんて、こんなにおもしろいことはないですよね。

アップで撮るのか、長回しで撮るのかといった技術的な話もありますが、お二人の芝居を見ていて感じたのは、そのまま届けたいということ。これを届けられれば、「勝てる」と思いました。だからこそ、カメラワーク、カット割、アングルは考え抜きました。「勝てる」というのは、観客の心にちゃんと響くという意味です。

長澤:映画って、全部映ってしまうのがすごいな、といつも思うんですよね。例えば、演じる側が「なんか集中できないな……」と思っていたとしたら、それも全部映ってしまう。集中できないというのは、俳優としては反省すべき点ですが、観る側からすれば「シーンに合った表情でとてもいい」と感じることがあるんですよね。

自分がいいと思っているものが、必ずしもいいわけではない。いつも、自己満足と客観性みたいなものの狭間に立って、お芝居をしている気がします。現場もそうですが、人に見られることで、映画はより「生きる」のではないでしょうか。

(聞き手:安次富陽子、構成:東谷好依、撮影:青木勇太)

■作品情報

映画『ロストケア』

3月24日(金)全国ロードショー
出演:松山ケンイチ 長澤まさみ
鈴鹿央士 坂井真紀 戸田菜穂 峯村リエ 加藤菜津 やす(ずん) 岩谷健司 井上 肇
綾戸智恵 梶原 善 藤田弓子/柄本 明
原作:葉真中顕「ロスト・ケア」(光文社文庫刊)
監督:前田 哲 脚本:龍居由佳里 前田 哲
主題歌:森山直太朗「さもありなん」(ユニバーサル ミュージック)
©2023「ロストケア」製作委員会
配給:東京テアトル 日活

SHARE Facebook Twitter はてなブックマーク lineで送る

この連載をもっと見る

#どうする介護

2022年は3年ぶりの行動制限のない年末。久しぶりに親や家族に会ったときにふと「親の介護」が頭をよぎる人もいるのでは? たとえ介護が終わっても、私たちの日常は続くから--。介護について考えることは親と自分との関係性や距離感についても考えること。人生100年時代と言われる今だからこそ、介護について考えてみませんか? これまでウートピで掲載した介護に関する記事も特集します。

この記事を読んだ人におすすめ

この記事を気に入ったらいいね!しよう

前田哲監督「松山ケンイチの演技の強さに対抗できるのは、長澤まさみだけだと思った」

関連する記事

編集部オススメ

2022年は3年ぶりの行動制限のない年末。久しぶりに親や家族に会ったときにふと「親の介護」が頭をよぎる人もいるのでは? たとえ介護が終わっても、私たちの日常は続くから--。介護について考えることは親と自分との関係性や距離感についても考えること。人生100年時代と言われる今だからこそ、介護について考えてみませんか? これまでウートピで掲載した介護に関する記事も特集します。

記事ランキング