医療や健康分野の情報収集の際に、「エビデンスレベルが高い資料、論文」ということばを目にすることがあります。エビデンスとは、「医学的根拠」や「裏付けとなる情報」という意味であることは理解していますが、それにも「レベル」があるようです。
そこで、エビデンスレベルの意味と内容について、京都大学大学院医学研究科社会健康医学の准教授で、精神科指導医・専門医の田近亜蘭(たぢか・あらん)医師に前後編の連載にて尋ねてみました。
医学的根拠・科学的根拠の信頼性の程度を示す
——健康や医療、科学の分野では、「エビデンス」ということばが頻繁に用いられています。「エビンデンスに基づいた治療法」などと言います。エビデンスとは英語の「evidence」が語源で、「証拠・根拠・証言」という意味ですね。
田近医師:そうです。医学や科学の分野でのエビデンスとは、「医学的根拠」や「科学的根拠」を表すことばとして使われます。医学の場合、例えば、特定の病気や症状に有効な治療法を報告するときに、臨床研究での結果を示します。そうした研究結果がエビデンスであり、「エビデンスを提示して説明する」などと表現します。
——では、「エビデンスレベル」とは、どういう意味なのでしょうか。
田近医師:「レベル」は英語の「level」で、普段から聞きなじみがあると思いますが、「水準・程度の大きさや強さ・段階」などの意味です。つまりエビデンスレベルとは、「科学的根拠、医学的根拠の信頼性の強弱や指標、目安」のことをいいます。
「その医学研究のエビデンスレベルは高い」とは、「その医学的根拠の信頼性は高い」という意味合いになります。
——なぜ、すでに証拠が裏付けされているエビデンスにレベルがあるのでしょうか。
田近医師:医学では、ある治療でどれくらいの人が治癒したか、副作用はどうかなど、データを集めて、研究成果として発表します。しかし、医学研究の方法にはいくつかの種類があり、その違いにより、得られるエビデンスには強弱があるわけです。
例えば、ひとりの医師の経験として報告された治療法もひとつのエビデンスとはいえますが、それは非常に弱いエビデンスです。後に行われた研究で正反対の結果が出ることはよくあります。
「エビデンスがある」といわれる治療法のすべてが、絶対的に信頼できるものではないのです。そのため、研究の手法によって、エビデンスレベルの基準が決められています。
1~6段階に分類されるエビデンスレベル
——そのエビデンスレベルの基準とはどういうものですか。
田近医師:治療の有効性に関するエビデンスは、信頼性が最も高いレベル1から、信頼性が最も低いレベル6まであります。具体的には下記の通りです。低い順に、まず、レベル6からレベル4を説明していきます。
エビデンスレベル6……実際に検証したデータに基づいているかどうかわからない「専門家の意見」。
例えば、医学専門誌やテレビ番組などで専門家が、「○○の症状には、△△の治療法を行えば良い。私の長年の経験で実感している」などと発言したとき、それは医師であっても「個人の経験・見解」であり、その治療法にどの程度の医学的根拠があるのかわかりません。その場合、信頼度は最も低いレベル6に分類されます。
エビデンスレベル5……珍しい疾患や新しい治療法で効果があったような場合に、論文や学会で「△△の薬によって○○の症状に改善がみられた」という「症例報告」をします。この報告は専門家たちが共有し、今後のさらなる研究を進めるうえで重要です。しかし症例報告からは、「もしその治療を行わなかった場合にはどうなっていたのか」ということに対する答えは得られません。
治療をした場合としなかった場合の結果を比較することができないため、症例報告はレベル5に分類されます。
エビデンスレベル4……ある疾患の要因を、過去にさかのぼって研究する「症例対照研究」。
具体的には、ある疾患を発症した人と発症しなかった人のそれぞれの生活習慣や基礎疾患の有無などを、カルテなどの記録から過去にさかのぼって調査し、疾患の要因を見つける研究のことです。時間軸をさかのぼるので、「後ろ向き研究」とも言われます。
一方、「コホート研究」という研究もレベル4に分類されます。これは、まだその病気にかかっていない多数の人を集めて、今後どのような要因や特性を持つ人が発症していくのかを長期にわたり追跡して分析する研究です。時間軸に沿っているので、「前向き研究」と呼ばれます。
また、アンケート調査などの研究(これは一時点での調査なので「横断研究」と呼ばれます)も、このレベル4に含まれます。
——エビデンスレベル6からレベル4まででも、「専門家の意見」、「症例報告」、「後ろ向き研究」、「コホート研究」、「前向き研究」、「横断研究」といった、家庭医学や健康分野の一般向き書籍で見聞きする用語が出てきました。医学的根拠のレベル分けに加えて、これらの用語の理解も進みそうです。次回・後編で、レベル3~レベル1がどういうものなのかを尋ねます。
(構成・取材・文 藤原 椋/ユンブル)