『カレンの台所』担当編集者に聞く1

狙ったのは棚の位置。滝沢カレンのレシピ本、ヒットの裏側

狙ったのは棚の位置。滝沢カレンのレシピ本、ヒットの裏側

「やれやれとボッタリくつろぐ鶏肉に、上からいくつかかけ流していきます。まずリーダーとして先に流れるのは、お醤油を全員に気づかれるくらいの量、お酒も同じく全員気づく量、乾燥しきった粒に見える鶏ガラスープの素を、こんな量で味するか? との程度にふります」

『カレンの台所』(サンクチュアリ出版)より

『カレンの台所』(サンクチュアリ出版)より

これは、モデルでタレントの滝沢カレンさんのレシピ本『カレンの台所』(サンクチュアリ出版)に掲載された、鶏の唐揚げのレシピの一部です。

一事が万事この調子で、細かな分量や端的な工程なんて出てきません。

まさに規格外のレシピ本ですが、4月7日に発売されるや否や大きな反響を呼び、現在15万部を超える大ヒットを記録中。

なぜこのようなユニークな本ができたのでしょうか。サンクチュアリ出版でこの本の企画・編集を担当した大川美帆さんに、見どころや制作秘話を伺いました。

滝沢カレンの「魔法のような」言葉に惹かれて

——『カレンの台所』、大ヒットおめでとうございます!

大川美帆さん(以下、大川):ありがとうございます! おかげさまで発行部数は15万6000部*となりました。

*2020年7月14日現在

——増刷がかかるまでのスピードって、どれくらいだったんですか?

大川:初版が2万4000部で、4月7日の発売からすぐ重版がかかり、発売一週間で2万部以上増刷しました。

——発売日のころは緊急事態宣言が出て、書店も閉まっていましたよね。それでもこの反響。そして発売1ヵ月で約12万部……って、この出版不況の中すごいです。この反響は予想通りだったのか、それとも思いがけなかったのか。手ごたえとしてはいかがですか?

大川:1ヵ月であんなに大きな反響をいただけるとは……予想以上でした! 

——大川さんご自身はどういうふうにヒットの理由を考えてらっしゃいますか。

大川:もちろん、すごくいい本だというのはありますし、あとはやっぱり、コロナの影響で家にいなくちゃいけない状況というのが大きかったと思います。娯楽が少ない中で、自宅で楽しめる「料理」というテーマがハマった。そして、自粛疲れしている方が多い中で、カレンさんの言葉——癒してくれたり、ちょっと笑わせてくれたり、元気にしてくれたりする魔法のような言葉が結果的にハマったのかなと。

——「魔法のような言葉」、わかります! はじめてインスタグラムで滝沢カレンさんのレシピを見たときは、どう感じましたか?

大川:すごい衝撃でした。私は料理が苦手で、今まではレシピを読む段階で挫折することが多かったのですが、食材目線だったり、分量が「お醤油を全員に気づかれるくらいの量」と表現されたりしているカレンさんの投稿を見て、「なんだか料理って面白そう!」と感じました

——日頃、本を作るというお仕事をしている中で、あの日本語の破壊力にはショックに近い気持ちになったのでは? 

大川:そこはあまり気にならなかったです。もともと弊社は「本を読まない人のための出版社」というのもあり、私も「完璧にきちんとしていなければならない」みたいなルールに縛られるのは苦手なタイプ。カレンさんのぶっ飛んだ日本語には、面白くて何度も繰り返し読みたくなる魅力を感じて、「天才だ!」と思いました。誰にも書けないオンリーワンの文章にすっかり夢中になっていましたね。

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レシピ本を読まない人のために

——ちなみに、大川さんがはじめてカレンさんのインスタを見たのがいつごろで、それからオファーを出して出版まではどれくらい時間がかかったのでしょうか?

大川:去年の秋ごろにSNSで話題になっていたのを見て、企画書をお送りしました。お返事をいただいて年明けすぐに制作を開始し、4月の発売となりました。

——スピード出版ですね。急いだのには理由が?

大川:カレンさんのほかのお仕事のスケジュールとの兼ね合いを見て、稼働していただける時期に一気に製作した感じです。

——ステイホームの影響で自炊需要が増えたから急いで出版したというわけではなく、もともとのスケジュール通りだったんですね。

大川:製作中はまさかこんな事態になるとは思っていませんでした。本当にたまたま4月発売だったんです。

——大川さんがカレンさんに書籍化のオファーを出したとき、ほかの出版社も声をかけていたと思うのですが、御社に決まった理由はなんだと思いますか?

大川:他社さんについてはわからないのですが、「料理が苦手な人、まだやったことない人に向けて作りたいんです」とカレンさんに相談したところ、興味をもっていただいて。

——「本を読まない人のための出版社」という御社のコンセプト通り、「レシピ本を読まない人のために出す」というところに、カレンさんが共鳴してくださったという感じでしょうか?

大川:まさにそうだと思います。弊社の本は、同じテーマでも専門書とは真逆にいる方に向けて作りたいなというのがあるんです。まったく興味がなかった人に、興味を持ってもらえる本ですね。カレンさんから「はじめて一人暮らしをする子が料理をしたいと思える本にできたらうれしい」とお返事をいただいて、それで実現化した感じです。

——じゃあ、やっぱり若い方に売れている?

大川:それが、感想ハガキを見ると、10代の若い子からの感想もあれば、30代40代の主婦の方、60代の男性からも届いています。年齢層は思っていた以上に幅広いですね。

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本人の写真は1点だけ

——販売戦略についても教えてください。たとえば、本の間に挟まっている「スリップ」。あの裏に、カレンさん直筆の書店員さんへのメッセージがプリントされていましたよね。それに気づいた書店員さんが「このメッセージに店員皆とても励まされました」とツイッターに投稿し、SNSで拡散されました。

大川:実はこの取り組みは、今回の本に限らず、弊社ではかなり前からやっているんです。「読者へ本を届けてくださる書店員さんへ感謝を伝えたい」という趣旨にカレンさんが賛同してくださったので直筆メッセージを書いてもらったのですが、あんなに話題になるとは思わなくてすごくビックリしています。

——なんと! 戦略じゃなかったんですね。うがった見方をしてすみません(笑)。

大川:いえいえ(笑)。販売戦略でいうと、書店の棚(コーナー)にはこだわりました。レシピ本の棚だけじゃなく、エッセイ本の棚にも置いてもらいたかった。レシピ本の棚って、基本的に料理が好きな人しか行かないじゃないですか。でも、「ちょっと面白い読み物が読みたい」という入口から入って、「読んでみたら料理の本だったんだ」「やってみようかな」と思えるのがこの本なので、エッセイ棚に置いてもらうことはマストかなと考えていました。

——糸井重里さんの「この人は、日本語をこわしているのではない。あたらしい日本語をデザインしているのだ。」というコピーがオビに書かれています。これも、レシピ本のコピーとは思えないですよね。

大川:これだけ読んでレシピ本だと思う人はいないですよね(笑)。でもすごく素敵なコピーです。以前、糸井さんがカレンさんの四字熟語についてツイート*していらしたこともあり、オビコメントをお願いしたところ、快く受けてくださって。本当にありがたいです。

※2017年10月29日のツイート

——オビといえば、カレンさんの写真が使われているのは、このオビの1点だけなんですよね。オビを外してしまえば、カレンさんの写真はカバーにも本文内にも一切ありません。タレントさんの本で写真がこれだけというのは、かなり珍しいのでは……。

大川:そうなんです。もっと写真が見たいと思うファンの方もいると思うのですが、カレンさんは「この本は食材たちが主役だから。自分は主役じゃないから」と。ご相談して、オビに一点だけ掲載させていただきました。

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——いわゆるタレントさんの本とは思えないですよね。普通のレシピ本でもないし、タレント本でもない。本当に稀有な本です。次回は本書の製作の裏側についてお聞きします。

(文:須田奈津妃、聞き手、編集:安次富陽子)

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