「男はクソだから転がせばいいんだ」という心理【小島慶子のパイな人生】

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「「πな人生を生きていく。」」
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恋のこと、仕事のこと、家族のこと、友達のこと……オンナの人生って結局、 割り切れないことばかり。3.14159265……と永遠に割り切れない円周率(π)みたいな人生を生き抜く術を、エッセイストの小島慶子さんに教えていただきます。

第17回からは、小島さんの最新著書『さよなら!ハラスメント』(晶文社)の刊行を記念して、「ハラスメント」について3回にわたり書いていただくことに。今回は、ハラスメントを生む「男尊女卑依存社会」とは何かについて。

日本は「男尊女卑」に依存している社会

対談集『さよなら!ハラスメント』では、精神保健福祉士の斉藤章佳さんのお話も印象的でした。日本は「男尊女卑依存社会」だというのです。私の目標は、この言葉を広めること(笑)。

斉藤さんは『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)という本を書かれた加害者臨床の専門家で、痴漢を依存症として捉えるアプローチで再発防止に取り組んでいます。痴漢行為をする人のメンタリティとハラスメントをする人のメンタリティは同じだといいます。相手を自分よりも下位のモノのように考えているのです。ハラスメントと男尊女卑は深い関係があるとも。

斉藤さんは、過食嘔吐と、チューイングという摂食障害の経験者。サッカーに打ち込んでいたのに怪我で思うように結果が出せなくなり、そのストレスから逃れるために体重をコントロールしようと、食べ吐きや、食べ物を口に含んでは飲み込まずに吐き出すチューイングがやめられなくなったといいます。

実は私も高校3年の時にチューイングが始まり、そのあとは過食になり、増えすぎた体重を減らすために食べては吐き出すようになり、30歳になるまで、過食嘔吐がやめられませんでした。

生きづらさを忘れるために「こういうものだ」と思い込む

摂食障害は、摂食行為依存症とも言えます。食べない・食べすぎる・食べて吐き出すなど形はいろいろですが、体に良くないとわかっていてもその行為がやめられない。周囲が行為を諌(いさ)めても効果はなく、なぜその行為がやめられなくなったのか、その行為によってそもそもどんなしんどさから逃れようとしたのかを探ることが回復への道です。

斉藤さんの場合はサッカーができないしんどさを、チューイングに熱中することで忘れたんですね。私の場合は幼い頃から自己嫌悪がとても強かったので、大嫌いな自分のことを忘れるために食べ吐きに熱中しました。やれば余計に自己嫌悪が強まるのに、食べている間だけは頭が空っぽになって自分のことを忘れられるから、やめられなかったんです。

日本の社会は男尊女卑依存症、という視点は非常に面白いと思います。男らしさ、女らしさの押し付けだけでなく、個人の意見が尊重されず、組織の歯車として私生活を犠牲にして働くことを求められるような同調圧力の強い世の中では、その生きづらさを忘れるために「生きるとはこういうものだ」という思い込みを自分に強いることになります。

セクハラを面白く切り返すことに熱中していた頃

例えば女性が「セクハラぐらいなんてことない。お尻なんて触られても減るもんじゃないし、それで仕事がうまくいくならオイシイじゃん」と考えるようになるのも、女性蔑視の現状に対して抗議するのではなく「こういうものだ。これを普通と思うのが強さだ」と思考停止することによって自分の惨めさや悔しさを忘れようとする工夫だと言えます。自ら進んで男尊女卑の構造に同調するんですね。

私も身に覚えがあります。期待される「女子」像とはズレているために評価されない自分は惨めだと思いました。それを忘れようと、下ネタを自分からバンバン振って、自虐しまくって、セクハラには面白く切り返すことにしました。そうやって男性の笑いを取れば、モテ女子なんかになれなくても男社会に受け入れてもらえると思ったのです。

逆に、“おじさん”ウケするような媚びる女性を演じることもありました。そのとき私の中には、男性への侮蔑と女性嫌悪がグツグツと煮えていました。「いるよね、こういうあざとい女。私は賢いから、そんなバカな女のモノマネもできちゃうんだよね。こんなお芝居で喜んじゃうなんて、こいつもアホな男だよ」と。

「男はクソだから転がせばいいんだ」という心理

男尊女卑依存になると、わが身のうちに取り込んだ男尊女卑の視点で、他の女性や自分を貶(おとし)めるようになります。同時に男性に対しても「どうせこいつらはクソだからうまく転がせばいいんだ」という偏見と侮蔑を募らせるのです。

やがて年齢を重ね、「若い女性」の役割から自由になるにつれ、私のグツグツは構造への怒りとなっていきました。そうか、私は「男も女もつべこべいうな。黙って世間に期待される役割をやれ」って言われるような世の中に怒っていたんだ。それに疑いもなく適応している人たちに苛立ちを覚えていたんだ。いったい何が人々を男尊女卑思考にさせるのだろう? 被害者は誰で、誰が得をするのだろう?……と考え始めました。その問いを持った時に、男尊女卑依存症からの回復が始まったのです。

個人が自分の幸せよりも共同体の利益を優先し、与えられた役割に黙々と従事することが当然とされた世の中が、きっと焼け野原を経済大国にしたのでしょう。まさにその豊かさを享受した世代である私も、先人の努力には感謝します。でも、その仕組みが人を幸せにする時代はとっくに終わりました。いまだに「つべこべ言わずに女らしく・男らしく・労働者らしく・母親らしくやれ」という決めつけが強固に制度や慣習の中に残っているために、多くの人が生きづらさを感じています。

3ステップで「男尊女卑依存」から回復する

人々が“どうしてこんな生き方をしなくちゃいけないのだろう?”なんて考えずにいられるように、日本社会は長い間「男尊女卑依存症」になっていた、という斉藤さんの指摘はもっともです。けれどここ数年で、自分が男らしさ、女らしさの呪いにかかっていることに男性も女性も自覚的になりつつあります。

斉藤さんによると、依存症からの回復は「認めて、信じて、手放す」という3ステップなのだそうです。まずは自分が依存症であることを認める。そして、同じ問題を抱えた人々とつながり、仲間を信じる。さらに、自分がコントロールしていたものや、正しいと信じていたことを手放すというステップを踏んで、回復するのです。しかも回復は、回復し続けることによって果たされると言います。回復し続けるとは、仲間とつながり、支援とつながっている状態を維持すること。

男尊女卑依存社会でいえば、まずは自分が男尊女卑に染まっていることを認め、次に男性も女性も同じように男尊女卑依存症という問題を抱えていることに気づき、互いのしんどさに耳を傾けること、そして「こうでなければならない」という思い込みや、人生を完全にコントロールしなければいけないという意識(全ては自己責任という思い込み)を手放す、ということでしょうか。

男か女かではない「新しい軸」で考える

それに加えて、制度や文化面で社会が回復し続けるようサポートをする必要があります。強固な思い込みから自由になるには時間がかかるかもしれないけれど、世の中は確実に変わってきています。傾聴と対話って、今ほんとに大事なんだと思うのです。

ハラスメントの話になると、男嫌いの女がうるさいことを言っているとか、話の通じない男がごねているとかいう不毛な男女の対立になりがちだけど、そうじゃないんですね。単純に性別で分けるのではなく、ハラスメントをなんとも思わない人と、そうではない人という軸で考えることが大事です。NOを言う相手を間違ってはいけません。男女は敵ではなく、同じしんどさにNOと言える仲間なのだと気づくことが回復の第一歩ではないかと思います。

【information】
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最新著書『さよなら! ハラスメント』(晶文社)

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