「家族を諦める」を薄情と思わないで 小島慶子さんに聞く「実家との共生」

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「「πな人生を生きていく。」」
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恋のこと、仕事のこと、家族のこと、友達のこと……オンナの人生って結局、 割り切れないことばかり。3.14159265……と永遠に割り切れない円周率(π)みたいな人生を生き抜く術を、エッセイストの小島慶子さんに教えていただきます。

第3回は「実家」について。年末年始の帰省シーズンを控えて、親や兄弟姉妹などなど、実家とのつながりを憂鬱に感じている人もいるかも。そんな人は無理せず「平和的共生」を目指してみては?

「二度と帰るものか」と思っていた20代

年末年始は実家へという人もいるでしょう。楽しいはずのお正月が憂鬱でたまらない、なんて人も。親には、いつ結婚するんだとか、そんな仕事でいいのかとか、イラっとすることばかり言われがちです。私も20代の頃、実家に戻って「仕事で色々頑張っているよ!」という話をしたのに、母に「それであなたはいつ花が咲くの」と言われて、もう二度と戻って来るもんかと思ったっけ。

前回ちょっと書きましたが、中3の長男曰く、実家の母と電話している時の私の様子は「礼儀正しいけどちょっと引き目の、身内じゃない人に話すみたいな感じ」なのだそうです。

あまりにも的確な指摘だったので、我が子の成長ぶりに軽く感動してしまいました。まさにその通り、私は母と話す時は、彼女の娘を演じつつ、ちょっと距離を置くようにしています。

なぜって? 近づきすぎると、土足で踏み込まれて、めちゃくちゃに荒らされてしまうから! 愛ゆえに、です。彼女はそういう形でしか、娘と関われないのです。でもいくら愛ゆえにと言われても、私にとっては迷惑というか恐怖でしかないので、自分を守るために距離を置くことにしました。つまりは平和的共存のための緩衝地帯を作ったというわけです。彼女は変わらない。だから、私が変わることにしました。

実家の「歪み」に気づいた時

私は母の過干渉に悩み、彼女の被害妄想的世界観に振り回され、それに加えて父や姉との関係もしんどかったため、10代で摂食障害になりました。逃げ場がなかったのですね。父も母も姉も、強烈な親に育てられた、ある種の歪みを抱えた人たちでしたので、一番幼かった私にそれが注ぎ込まれたのかもしれません。

30歳で第一子を産んだ時に、そのことに気づきました。私、生まれ育った家族との間に何か問題を抱えているぞ。このままだと、自分の子供とどう関わったらいいかわからなくなっちゃう……。そこで、カウンセリングを受け始めたのです。家族との関係を整理して、自分から切り離して客観視するために。その辺りの話は『解縛(げばく)』(新潮社)という本に書いたので、そちらをお読み下さい。

今は、両親とは直接会うことはありません。息子たちと一緒にオーストラリアからテレビ電話をしたり、メールや電話をすることはあります。その時の会話はいたって和やか。でも、ちょっと長く話すと、あとでどっと疲れて、具合が悪くなることも。話の内容は他愛のないことでも、アレルギー反応のように身体が受け付けなくなってしまうのです。そういう時はただ、ああこれが私の限界なんだなと思うだけです。人は思い通りにはなりません。だから自分から距離を置くとか、付き合い方を調節するしかないのです。

「看取りの境地」に達して

今の心境は「母も一生懸命生きて、必死に子育てをしたんだろうなあ。それが不幸にして、娘を苦しめる形になってしまったのだな。そうとしか生きられない、ということがあるのだろう。では私は、安全地帯でそっと見守ろう……」という感じ。母も80代ですから、彼女の不器用な人生がそれでも「生きてよかった」と思えるものになりますようにと、半ば看取りのような心境です。

母は、娘の頭の中身よりもとにかく見た目に興味がある人です。ずっとずっと昔から、話を聞いて欲しい私と、見た目に関心が集中する母とは平行線でした。

つい先日放送された、私が母娘関係について語った番組の彼女の感想は「髪型がよく似合っていてすごくよかったわよ! 服もセンスがいいわね。肌もきれいに映っていたわよ」でした。そんなこと、どうでもいいのに。あなたには、あの話をちゃんと聞いて欲しかった。この年になって、母の気持ちが少しわかった気がする、っていう話を。でも、もうそれは望むまい。娘がテレビに映っているのが嬉しいなら、それでいいや。

昔は、いちいち怒り狂っていました。どうしてママは大事なことを全然わかってくれないの? なんで話をちゃんと聞いてくれないの? なぜそんなに浅はかで、見た目や肩書きばっかり気にするの?と。

でも先日ふと思いました。きっと母は、幼い頃から容姿だけが拠り所だったのだろう。周りの人に、ちゃんと話を聞いてもらえなかったのだろう。見た目に注目されるばかりで、誰も彼女の頭の中身には関心を払わなかったのだと。それはなんと孤独な人生でしょうか。あなたは誰?って尋ねてもらえないほど、寂しいことはないのだから。今感じるのは、彼女に対する諦めと、同情です。

「家族を諦める」を薄情と思わないで

家族を諦めるのは、すごく薄情なことだと思うかもしれません。でもそれは、相手と自分を自由にすることでもあるんじゃないかと思います。あるがままの相手を認めて、自分も好きに生きる。それこそが親離れなのでしょう。

ある精神科医が言っていました。半世紀前の人が10代で抱えていた悩みを、今の人は30代や40代で悩むのだと。つまり、大人になるのがうんと遅くなっているのですね。人生100年とも言われる今、自立の悩みは中年期まで続くのです。

もしも家族との関係がモヤモヤして苦しいなら、早めにカウンセリングを受けることをおすすめします。そんな大げさな! と思うかもしれないけれど、カウンセリングは整体みたいなもの。ちょっと調子が悪い時に行って、話をして、考えを整理すると楽になるかも。一人で抱え込んで我慢をしていても、解決しません。

親子きょうだいに関して、何の問題もない人に、出会ったことがありません。誰しも何かしらのしんどさや重たさを感じているものでしょう。こうすれば全部解決するなんて妙案はありません。迷った時、悩んだ時は、とにかく自分の人生を大切に。もしも私の息子たちが親やきょうだいがしんどくてたまらないと言ったら、親としてはとてもショックだけれど、何であれ、彼らが生きることを肯定して笑顔になれる道を選ぶことを望みます。うう、考えただけでも辛いなあ。

もしかしたら家族って、お互いに永遠に片思いなのかもしれないですね。

(小島慶子)

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