40代からの私
『セブンティウイザン』タイム涼介さんインタビュー(前編)

“70歳で妊娠”の設定が話題に 「子どもはいずれ…」の感覚が変わった時

“70歳で妊娠”の設定が話題に 「子どもはいずれ…」の感覚が変わった時

「産むなら、若いうちに産んでおいた方がいい」

ライフプランがこれだけ多様になっても、こと「産む/産まない」の問題になると、そうアドバイスされる場面がよくありますよね。

とはいえ、20代も、30代も、他にやりたいことがいっぱいある。人が最も、仕事や趣味を楽しみたい時期が、自分で稼いだお金を自分のために使いたい時期が、妊娠適齢期だなんてあんまりだと感じている女性は少なくないはず。

でも、もし70代でも産めるとしたら……。

そんなSFのような世界を描いたマンガが、現在『くらげバンチ』(新潮社)で連載中『セブンティウイザン』という作品。それまで子どもができなかった70歳の女性が突然妊娠するというストーリーで話題を呼んでいます。

今、なぜ「70歳からの子育て」を描いたのか? 著者のタイム涼介さんに聞きました。

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無職で子育てをして感じたこと

――『セブンティウイザン』は妊娠や出産についての描写にすごくリアリティがありますよね。実は私、最初に読んだとき、作者は女性の方だと思っていたんです。後から男性だと知って驚きました。

タイム涼介さん(以下、タイム):よく「どういう取材をして描いたんですか?」と聞かれるんですが、取材というか……、妻の妊娠中にただただそばにいてずっと見ていただけなんです。当時僕はマンガの連載を持っていなくて仕事も収入もほとんどなく、『セブンティウイザン』の主人公の朝一さんとよく似た状況でした。

――すべて当事者として体験してきたからこそ、リアルに描かれているんですね。

タイム:本当に時間だけはあり余っていたので……。

――これから子育てでお金がかかる、というときに収入がまったくない状態ってことですよね。その……、生活はどうされていたのでしょうか?

タイム:貯金を切り崩したり、時折友人の紹介でゲームアプリのイラストを描いたり映像の制作をしたりして食い繋いでいました。この『セブンティウイザン』の構想を思いついたのも、子どもが産まれてからです。連載のGoが出るかもわからない状態で、とりあえず最初の2話分くらいを描いて、と金銭面はかなり厳しかったですね。

でも、同時に「あー、無職でよかった」とも毎日思っていました。子育てをとことん手伝えるくらい時間はたっぷりありましたし、何より子育てがすごく楽しくて。よく「夫が何も手伝ってくれない」と不満をこぼしているお母さんがいますが、むしろ、会社に行っている間、子どもを見ることができないのはかわいそうだ、と思ってしまいました。世の中のお父さんたちも時間が許すなら子育てを手伝いたいんじゃないかな。

――手伝う……。世のママたちの不満は、そもそも「一緒にやるもの」なのに「手伝う」と言うところから来ているかもしれませんね。とはいえ、物理的な時間の制約があるのは事実で、特に共働き夫婦にとっては、『セブンティウイザン』の設定ってすごく夢があると思いました。

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「いずれ…」の感覚が変わった時

タイム:実際に70歳で出産ができたとしても、それはそれで収入がない不安は付いて回ると思うのですが、とはいえ、いわゆる出産適齢期と言われている20代後半~30代って、仕事がやっと回り始めて楽しくなってくる時期なんですよね。それを手放して子どもに時間を割くのが難しいのはわかります。

ただ、僕自身の経験で言えば、30代後半からコロッと感覚が変わりました。それまではただぼんやりと「いずれ……」くらいに思っていて、全然リアルではなく漠然としたもので。例によって、もっと仕事が安定したらなー、などと思っていましたし。もっと遡ると、独身時代は子どもを好きだと感じたことすらなかったんですよ。下にきょうだいもいないし、小さい子が寄ってくるとどう扱っていいのかわからないと思っていたくらいでした。それが、30代後半で急に焦りを感じ始めたんです。

――そうなんですか、急に。なぜなのでしょう……?

タイム:30代後半で、妻が焦り始めたのも大きいかもしれません。それに、相当運が重ならないと授からないものなんだな、とリアルな数字を知ってしまったのもあります。子どもを授かるって、全然普通のことじゃないんだ、ものすごく低確率なんだ、と。そこから何年かたってようやく子どもが産まれたわけですが、その瞬間から自分の趣味とか、やりたい仕事とか、そういうものが一切どうでもよくなってしまいました。

一番楽しいのは、赤ちゃんを見ている時間で、ほかのことは何も楽しく思えなくなったんです。好きなもの自体が変わってしまったというか。ひとつの命の前にはほかの何もかもが重要ではないような感じになるんです。

――それまではタイムさんにとっての一番の趣味って何でしたか?

タイム:趣味と言えるほどではないかもしれませんが、飲み歩くのが好きでした。でも、正直30代後半になると、遊びきったな、とも思っていました。酒もたくさん飲んだし、飽きちゃったんです。趣味に飽きたというよりも、なんというか、自分の人生に飽きてしまっていたんですよ、僕。

――ええっ、そうなんですか。

タイム:だから、子どもができたときに、この先お金とか仕事とかどうしよう、といった現実的な不安よりも、ホッとした気持ちのほうが大きくて。子どもが産まれると、人生の主人公が自分ではなく子どもになるわけで、それが僕はむしろ嬉しかった。あ、もう自分の人生の主人公じゃなくていいんだ、自分、自分、って頑張らなくていいんだ、と安心したんです。

(取材・文:朝井麻由美、写真:池田真理)

【新刊情報】
タイム涼介さんの『セブンティウイザン』第3巻(新潮社)が11月9日に発売されます。
購入はこちらから。

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