仕事に恋に人生に、人の悩みは尽きないもの。
人に相談したり、ひとり悶々したりするのもよいですが、古典を手にとってみるのもオススメです。歴史上や物語の中の人物の生き様から学んでみてはいかがでしょうか。
『源氏物語』の全訳(ちくま文庫)で知られる古典エッセイストの大塚ひかりさんに30代女性のお悩みに回答していただきます。3回目のテーマは「お金」です。
【お悩み】
貯金ができないことが悩みです。30過ぎていい年なのにほとんど貯金がありません。仕事は充実しているのですが、「がんばったご褒美」と称してつい散財。人と会うことも好きなので、交際費も高い方だと思います。学生時代の奨学金を返済している最中というのもありますが、パーっと使ってしまう性分の自分がいけないんだと思います。
貯金をコツコツしている友だちに会うたびに落ち込む一方で「マンションを買うために転職を諦めた(待遇のいい会社に残る)」という話を聞くと「金のために自分の可能性を試さないなんて小さいな」と思ってしまう自分もいます。
両親は健在ですが、一人っ子なのでいつかは介護が降りかかってくるのかと思うと経済的にも不安で。貯金体質になれる方法があれば教えてください。(30歳・会社員)
お金は卑しいと思っていない?
あなたは心のどこかでお金を貯めることが卑しいこと、みっともないことと思っているのでは? 昔もそういう人はいました。松尾芭蕉は「あの人は金持ちだが志は卑しくない」と言ったものです(『おくのほそ道』)。これは南北朝時代の『徒然草』の“昔より、賢き人の富めるはまれなり”を踏まえているのですが、要するに「金持ちはバカで卑しい」という考えです。とくに芭蕉の活躍した元禄時代は貨幣経済が発達し、拝金主義が横行しました。芭蕉はそれに反発し、質素な旅や住まいを心がけたのです。
西鶴「金でままならぬのは命だけ」
一方、金を悪者にするこうした姿勢に反発したのが、井原西鶴や、『雨月物語』で有名な上田秋成です。秋成は「金は押し頂いておけばいい」(『胆大小心録』)、西鶴はずばり“金銀を溜むべし”(『日本永代蔵』)と言います。あなたに必要なのはこの姿勢、貯金体質になるには「お金の大事さ」を知ることです。
お金がどれほど大事なものか、繰り返したのは西鶴で、彼が言うには、「金でままならぬのは命だけ。それ以外はすべて金の力で何とかなる」「家柄・身分は関係なく、ただ“金銀”が“町人の氏系図”になるのだ」と。金があれば、芝居を見るために桟敷を二軒買い取って、医者、呉服屋、マッサージ師、護衛の浪人を従え、仮設風呂、仮設トイレまで何不自由なくしつえらえることができる。しかも“大名の子”でなくても!と、西鶴は強調する(『世間胸算用』)。
お金は勝ち取る道具
前近代、お金は、身分を超えるパワーツールでした。身分制の消えた現代も似たようなもの。
お金は自由を勝ち取る道具なんです。
お金があれば、介護を一人で抱え込まずに済むし、最先端医療を受けられて、西鶴がままならぬと言った命すら延ばせるかもしれないのです。西鶴のように、お金を身分や立場から自由になれるツールととらえれば、おのずと貯金体質になれるのではないでしょうか。