「なーに考えてるの?」11文字目

100%じゃなくて20%変えてみる…「自分を変えたい!」と思ったときのヒント

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「なーに考えてるの?」
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コラムニストの桐谷ヨウさんによる新連載「なーに考えてるの?」がスタートしました。ヨウさんがA to Z形式で日頃考えていることや気づいたこと、感じたことを読者とシェアして一緒に考えていきます。第10回目のテーマは「K=Keep(維持)」です。

つい現状維持に甘んじちゃう

迷ったときには、現状維持──こんなふうに生きている人は多いんじゃないだろうか?

俺も、けっこう、そういうタイプなのです。

即断即決してどんどん行動できる人はカッコ良く見える。だけど、何かのスイッチが入るまでは腰がとてつもなく重いタイプの人種ってけっこういるんじゃないかな。仕事の大一番とか、人生がかかっているタイミングではめっちゃ頑張れるけど、それ以外では……みたいな人。

最近では情報があふれかえっていて、何が正しいか分からない時代とよく言われる。快適なライフスタイル、最適な食事療法、調べれば調べるほど分からなくなってしまうものである。

そもそも「悩む」とか「迷う」というシーンでは「正解」が存在しない。こういうときって本心ではどちらでも良い。あるいは、どちらを取っても良い面も悪い面もあって決めかねる。どちらかを取ることも、捨てることもままならない。だからこそ悩んだり、迷ったりしてしまうわけである。
どちらが良いか分かりきっているときは、ノータイムで動き出せて当たり前だからね。

これと似たような話として、物事に対する「保留グセ」がついている人ってけっこう多いんじゃないだろうか?

ガラクタのように自宅にあふれかえったモノを捨てたい。わずらわしい人間関係をリセットしたい。生きている環境を根本的に変えたい。だけど、なんとなく腰が重くて、ずっとそのままにしてしまっている。

今の生活にけっして満足しているわけじゃないけど、変えるためのアクションがなかなか取れなくて「そのまま維持しちゃう」に甘んじてる今っていうふうに。

俺はこういう人を見たときに感じることがある。それは

「人の器(キャパシティ)は、決まっている」

という事実に気づいていない人が多いのではないか? ということ。何か新しいことを手に入れたいときには、今持っているものを捨ててスペースを空けないと手に入らない。

例えば新しい人間関係を手に入れたいとき、既存の友人に費やしている時間を減らす必要がある。あるいは一人で楽しんでいる時間を減らす必要がある。単純な話で「誰か新しい人と知り合う時間」というスペースを空けなくては、それが入りこんでくる余地がないのだから。

当たり前の話なようで、実際には人は無限にスペースがあるかのように振る舞う。新しいことを始めようとし、新しいものを得ようとし、そしてパンクする。時間は24時間しかないし、体力にも気力にも有限なリソースとして限りがある。

全部を一気に変える必要はない

おそらくここまで読んできた人は、「現状維持でそれなりに満足しているけれど、何か新しい自分になりたい。新しい世界が見たい」と思っている人だろうから、ちょっとしたアドバイスをしてみようと思う。

ひとつめはあなたの人生・生活をドラスティック(劇的・急激)に変える必要はない、ということだ。

多くの人は自分が変わる、自分を取り巻く世界が一気に変わってほしいと思っている。だけど、そんなことは不可能である。というか実際にそうなるとストレスでヤラれちゃう。

そう、「現状を維持しながら、部分的に変化を楽しんでいく」というのが健全な落としどころなのだ。例えばあなたが散歩を日課にしていたとしよう。週に1回は自分になじんでいないコースを使う、あるいは目に止まった路地をどんどんと進んでみる。心配はいらない。俺たちにはGoogleマップという強い味方がいる。

あるいはモンスター上司に3回ムチャ振りをかまされたら、2回は黙ってこなして、1回は猛烈に反論してみる。おまけにその1回はシチュエーションごとに違う主張を試して、その人に刺さりそうなものを徐々に探っていく、というふうに。ストレスをためながら全受けしていても、毎回反論していても、進展は訪れない。

人それぞれ持っているキャパシティに限りがある以上、いまのスタイル(現状維持)を完全に維持しながら、新しいスタイル(革新的な何か)を付け加えるなんてできない。あるいは今のスタイルをバッサリ捨てて、新しいスタイルにすべて入れ替えるのはリスクが高すぎる。慣れていないことはポンコツ化するのが人ってものだ。

自分の能力(個性、スキル)や習慣(人との関わり方、時間やお金の使い方)の一定量を現状維持に使い、それ以外を新しいことに試してみるというのがちょうど良い。
最適なバランスは人それぞれだけど、最初は全体の1/5を目安にすると無理なく取り入れられると思う。あるいは、週1回だけは普段と違うスタイルをとる曜日だとあらかじめ決めてしまう、とかね。

人生は「やって後悔する」ことよりも、「やらなくて後悔する」ことの方が後を引くケースが多い。

少しずつやらなかったやり方(まさしくスタイル)を少しずつ試して、違うやり方でも意外にうまくいくと分かれば、どんどん新しいスタイルをためしていくのが怖くなくなっていく。そして、少しずつ変わっていく自分が楽しくなってくる。維持しながら、1/5だけキャラ変していく。これ、オススメのやり方である。

可逆性があることだけにトライしてみる

「やって後悔」についてもう少しだけ触れておこう。「後戻りできない致命傷」を食らうことだけは避ける必要がある。俺、そして自分が仲が良い友人は、無鉄砲に見える人が多い。でも共通して守っていることは可逆性があることだけトライするということである。

可逆(元に戻すことができる)、不可逆(もう元に戻すことはできない)という観点で物事を考えてみるとリスクはもう少しだけ取りやすくなる。

ちょっと個人的な例え話になっちゃうけど、近視の矯正手術でいえば、レーシック手術は角膜を削り取ってしまうから不可逆な手術だ。万が一、ヤブにあたってしまったらもう元に戻すことはできない。

一方、ICL(Implantable Contact Lens)は角膜の下にレンズを仕込む可逆性がある手術である。これは合わなければ取っ払うことができる。

全面的にレーシック手術が悪いと言っているわけではないですよ。周りにもやってる人がたくさんいて、少なくとも身近には失敗例は存在しない。だけど、俺がやるならICLの一択です。少しでもリスクがあるのならば、可逆性がある手術を受ける。そうすれば「やって後悔」したときのダメージは最小化できるじゃないですか。

継続することが「呪い」になってない?

こんな考え方も、取り入れてみてほしいな。最後に。「続けること」も「やめること」も、ともに難しい。一般的に世の中では継続が美徳である、という論調である。だけど、こういった社会通念が一種の「呪い」になっているのはみんながうすうす気づいていることだろう。

もちろんコツコツと行動を積み重ねていけることは素晴らしい。行動の蓄積がなければ、手元には結果も成長も現れない。これ自体は真理だ。

だけど、自分の中でしっくりこないのに、そもそも自分が欲しがっていないものに、ただただ続けるのは苦行でしかない。ときにはスパッと「やめる」ことも、人生には必要な処世術のひとつである。

ひたすら現状維持しているものには慣性の法則がはたらいていて、それも止めるには強烈なブレーキが必要になるのである。周りから一貫した人間として見られたいという見えもはたらく。

それでも「やめる」というのはいちばんの劇的な効果を見せるキー・サクセス・ファクターである。スペースを空けるという意味もあるけれど、悪い習慣をやめる(ダラダラした時間をなくす、飲酒喫煙の不毛な時間を減らす、身体に悪い食べ物をやめる)だけで、驚くほどに生き方は好転する。これは俺の実体験である。何かを変えたいと思ったときには、何かを始めるのと同じくらい、やめることにまなざしを向けてみてほしい。

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