「女は家に、男は外に」が自らを苦しめる。大黒柱の不安と嫉妬【小島慶子】

「女は家に、男は外に」が自らを苦しめる。大黒柱の不安と嫉妬【小島慶子】

「「πな人生を生きていく。」」
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恋のこと、仕事のこと、家族のこと、友達のこと……オンナの人生って結局、 割り切れないことばかり。3.14159265……と永遠に割り切れない円周率(π)みたいな人生を生き抜く術を、エッセイストの小島慶子さんに教えていただきます。

第38回のテーマは「嫉妬」について。大黒柱妻でいると、ふと共働き夫婦のことが羨ましくなることがあるのだそう。小島さんなりの心の平穏の保ち方について綴っていただきました。

人と比べることで生じるしんどさ

新型コロナウイルスの感染拡大が始まって1年が過ぎました。日本のワクチンの接種開始はこれからだし、少なくとも今年いっぱいはこの不安な日々が続きそうです。この頃は、マインドフルネスについての記事をよく見かけます。心の平穏を保つのに、みんな苦労しているのですね。

人は不安を感じると、他人と比べっこしたくなるものなのだそうです。自分よりも元気のない人、弱っている人を見て優越感を覚えると、不安が軽減するのだとか。ああ、なんてさもしい脳みそなんでしょう。

でも比べっこのしんどさは人生につきものです。羨望や嫉妬とどう付き合うかは、とても大事なトレーニング。心の筋トレみたいなものですね。

自分が誰かに嫉妬しているなんて、あんまり認めたくないですよね。だから相手を責めてしまう。「あいつの仕事が順調なのは、きっとズルをしているからだ」「調子に乗っちゃって、見苦しい」とか言って。あるいは強がって、いい人になる。「あいつが成功して、俺も嬉しいよ」「彼女のこと、すごく応援してる」などと、本心と違うことを言って。みんな経験あるでしょう?

でも、そんなに簡単にいい人にはなれません。押し殺された嫉妬と羨望はお腹の中で屈折して、やがて「お前のためだから言うけど」「応援していたのにがっかり」などの呪いの言葉になって現れ出てきます。

じゃあどうすれば? きっと、嫉妬で苦しんでいる自分を俯瞰で眺めて、ありのままに受け入れるのがマインドフルネス的なやり過ごし方なのでしょう。雑念を手放す方法としては、頭の中で「猿を電車に乗せて送り出す」とか「葉っぱを川に流す」イメージを思い浮かべるとか言いますよね。ネガティブな感情を猿や葉っぱに託して、電車や川の流れで遠くに運んでもらう。さよーならーとお見送りするシーンを想像すると、ネガティブな感情に囚われなくなるんだって。ほんとかなーと思ってやってみたら、案外ちょっと気が晴れました。

しっかり稼ぐ夫がいるあの人が羨ましい

私は働くことに疲れてしまったときなどに、共働きの夫婦が羨ましくてたまらなくなります。まだ大黒柱歴7年あまりだけど、一人で家計を背負うプレッシャーと責任感が半端なくて、ヘトヘトです。友人と「仕事しんどいよねー」とこぼしあっていても、ふと「待てよ、でも彼女には、正社員の夫がいるではないか。いざとなったら夫に頼れるんだな!」と気づき、共働きだった頃の心境を思い出して、きゅううう羨ましいいーー、と思わず身をよじってしまうこともしょっちゅうです。

「男は仕事」が当たり前の世の中で、男性が自ら仕事を辞める選択をするのは勇気がいること。それを決断した夫の葛藤は相当なものだったと思います。だから彼の選択を尊重したいし、ここまで夫婦でいろんなことを乗り越えて一緒に子育てしてきたことを誇りに思っています。

なのに、長い間共働きだったので、どうしても「何かあっても、もう一人いる」という安心感が忘れられないのですね。大黒柱になってみて何が一番きついって、心の小鬼が「いいな、あの人にもあの人にもほら、バリバリ活躍している女性にはみんな、しっかり稼ぐ夫がいる……」と耳元で絶えず囁き続けることです。

それで、ハッとしました。もしも私が、男だったら。専業主婦の妻と子どもたちを養い、大黒柱のプレッシャーに押しつぶされそうになっている中年男性だったら。職場には自分と同じように稼いでいる同僚の女性がいます。彼女には正社員の夫がいて、世帯年収は自分の倍。そして同僚の男性には、これまた正社員の妻がいて、やっぱり世帯年収は自分よりも多いとしたら……それって、すごく羨ましくて、妬ましいのかもしれないなと。

思い出したのが、かつて会社に勤めていた頃、同期の男性に言われた言葉。「お前んちのマンション、いくらだった? どうせ広いんだろ、いいよな、共働きは」いきなりそんなこと聞くか? と面食らいました。なんでそんな突っかかるみたいな言い方するんだろう。入社した時には一緒にふざけていた仲間たちが、いつの間にか持ち家や子供の学歴の比べっこをするようになっていて、なんだか悲しかった。でも、あの時の彼は、しんどかったんじゃないかと思うのです。もしかしたら、一人で働いてローンを返すのが精神的にキツかったのかもしれない。

男女の賃金格差の解消や、正社員や管理職の女性を増やそうという動きに乗り気じゃない人たちは、男性と同じように稼ぐ女性が増えて共働き夫婦と片働き夫婦との世帯収入格差が開くのを、無意識のうちに恐れているのかもしれない。男女の賃金格差が解消され、女性の幹部登用が増え、共働き世帯の収入が今よりも増えたら、片働きの自分はますます置いていかれてしまうと不安になるのかも。

大黒柱たちの不安を和らげるには…

大黒柱の責任感に押しつぶされそうになった時に私が共働きの友達に嫉妬するように、片働き男性も、共働き夫婦に嫉妬することがあるはずです。「母親は子供のそばにいるべき」「女房子供を養ってこそデキる男」と自分にも周囲にも言い聞かせて、なんとかプライドを維持しているのかもしれない。それもずいぶん苦しいだろうなと思います。

時にはそれが伴侶に対する「俺が食わせてやっているんだ」「働きたいなんて、俺の稼ぎに不満でもあるのか」という圧力になることもあるでしょう。共働きが多数派の世の中で男女の賃金や昇進の格差がなくなれば、自分は「負け組」になる。その不安から、働く女性への敵意を強めてしまうことがあるのかもしれないと思います。

女性も男性も格差なく安心して働き続けられるようにすることは、そんな大黒柱たちの不安を和らげることにもなるはずです。女性が一度仕事を辞めても復帰しやすく、男女ともに育児や介護と仕事を両立しやすいなら、仕事を続けたい女性はたくさんいるはずです。それが叶わないから、キャリアを諦める女性とそれを経済的に支える男性とがどちらも不安な思いをし、互いを恨みながら暮らすことになってしまう。

「女は家に、男は外に」が自らの首を締める

2025年には団塊の世代がみな後期高齢者になり、大介護時代が始まります。馬車馬のように働く夫を仕事を辞めた妻が支えるこれまでの形では、持ち堪えられません。夫婦の両親は合わせて4人。妻がすべての介護を担うわけにはいかず、大黒柱の男性や単身者の男性にも、ある日突然仕事と介護との両立が降りかかってきます。その時までに、つまりあとわずかしか残されていない残り数年の間に、働きながら家族と生きることがたやすい社会に変えなければ、みんなが困るのです。大黒柱の不安を誤魔化し体面を保つために「女は家に、男は外に」と言っていた言葉が、自らの首を締めることになります。

お金を稼いでいない人には価値がないという、人を労働生産性だけではかる価値観は、弱い人をより弱い立場に追い込み、差別や偏見を助長します。それは「働いて家族を養ってこそ一人前の男」という男らしさのステレオタイプと一体になって強化されてきました。

サラリーマン社会で、女房が働くことは男の恥とされてきたからこそ、女性は仕事を続けることが難しく、再就職できても非正規雇用が多い。女性の待遇はあくまでも家計の補助的なものでいいとされてきました。パンデミックでは、多くの女性が解雇されたり減収されたりしています。女性の収入がなくなれば家計は苦しくなり、男性の負担も増します。

大黒柱妻である私には「女は家族を食わせてこそ一人前! 夫を働かせるのは恥」という刷り込みは全くありません。今後もし夫が仕事を始めようとしたら「働くなんて私に恥をかかせる気? 稼ぎが足りないとでも?」なんて、もちろん言いません。むしろ大歓迎です。家計の担い手が二人になれば、精神的にも経済的にも楽ですから。

でもこの“大歓迎”には、そんな理由だけでなく「本来、男は働いているべきものだ」という男性に対する押し付けが含まれていることも自覚しています。いくら理不尽だとわかっていても、どうしても心の奥底で「男は仕事」の刷り込みから完全には自由になれない。そんな自分に失望することもしょっちゅうです。性別役割分業の刷り込みは、実に根深いのです。

私を苦しめるのは、私の中の小鬼

共働きの友人が羨ましくなった時には、いつもこう自問しています。「くそう、彼女はいいなあ。待てよ、なら私は彼女の夫・A氏と結婚したいのか? いや、それはないわ。なら、夫にA氏みたいにバリバリ働いて欲しいのか? うーん、それじゃ今みたいに家族の時間が持てなくなっちゃう。では、もしA氏みたいに働いたら、夫は幸せなのか? うーん、それも違うよなあ。夫には夫が選んだ生き方があるしなあ」そうですよね。よその夫婦をそのまま私と夫の関係に当てはめることはできません。

私が苦しいのは、私の中に小鬼がいるから。安定した収入のある伴侶をゲットした女性こそが「勝ち組」だという強い思い込みがあるからなのです。

もしも誰かのことが羨ましくなったり妬ましくなったりしたら、あなたの中にも小鬼がいるのかもしれない。なかなかいなくならないそいつと、生きていかなきゃならんのです。近くに来たら、葉っぱに乗せて川に流してしまいましょう。小鬼の居ぬ間に目を凝らせば、掌の中に小さな幸せがあることに気がつくかもしれません。

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