犬山紙子さん、斉藤章佳さん対談 第2回

「母は強く」なきゃダメですか? 聖母のラベルを剥がせる世の中に

「母は強く」なきゃダメですか? 聖母のラベルを剥がせる世の中に

児童虐待のニュースに対して、私たちは何ができるのか考えたいという思いから始まったこの対談連載。前回は、“フツーの人”、“フツーの家庭”でもタイミングによっては誰もが“加害者”になる可能性について指摘がありました。そのトリガーとなってしまうのは何か。

背景にあるのは、「男は男らしく、母親は母親らしくあるべき」といった刷り込みではないか? 斉藤章佳さんと犬山紙子さんはそう分析します。日本社会に潜む女性と男性の生きづらさについて、意見を交わします。

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前回は:「自分とは関係ない」でいいの?

「らしさ」からはずれてしまう恐怖が暴力に向かう

犬山紙子さん(以下、犬山):斉藤さんは、これまで15年以上DV加害者の更生プログラムにも携わっているとのことですが、実際のDV加害者にはどんな人が多いんですか?

斉藤章佳さん(以下、斉藤):一概には言えませんが、筋肉質で気性が激しくて荒々しい人というより、社会的には評価されている人が多いです。根は真面目で神経質、普段は穏やかに話す、いわゆる「いい人」と言われる人たちです。街中で会っても全くわかりません。そういう人がいきなり豹変して、家庭内で自分より立場の弱い人間を殴る、支配するというパターンが目立ちますね。

犬山:一般的な“男らしさ”からはかけ離れたイメージの人が多いんですね。

斉藤:そうですね。「男らしさ」という刷り込みから逸脱することを極度に恐れている人たちです。だから、自分より立場が弱いと思っていた人間から存在価値を否定されたり、見捨てられたりという恐怖を感じると、その感情から自分を防衛するために、相手を殴る。特に自暴自棄になった時に、自分より弱い存在を支配したり、押さえつけたりすることで自分自身を取り戻す。悲しい事ですが、この社会にはそういう人たちが確実にいます。

犬山:なるほど。DVを行う人が、更生プログラムを受ける確率ってどのくらいなんでしょうか。

斉藤:今の日本の制度では、加害者に自発的に治療に来てもらわないといけないので、相当低いです。例えば、婚姻関係を継続する条件として妻の要請で夫に受けさせるとか、今は別居しているけれど、将来的に同居するという約束で受けさせるといったケースはありますが、続かないケースも多いです。

犬山:そうか……。虐待する親もそうですね。虐待を受けた児童って、一時的に児童相談所へ預けられるじゃないですか。でも親が回復プログラムを受けることは義務ではないそうです。その後に悲劇が起こるケースもありますよね。結局治療を受けたわけではないから、何も変わっていないことも多い。

依存先を見つけることは自立のひとつの証

斉藤:私個人の考えですが、家庭内でDVが持続的にあって加害者側が更生プログラムを受けないのであれば、子どもへの影響も含めてやはり「離れる」という方法が一番いいと思います。結局それでしか弱い立場である被害者は守られない。被害者は別居や離婚をした後でもしかるべき支援につながれば、いずれ日常の生活を取り戻すことができる可能性がひろがります。反対に更生プログラムを受けなかったDV加害者は、新しい家庭を築いたとしても、また同じことを繰り返すパターンが多いです。

犬山:一つの家庭は救われたとしても、また次の家庭で同じ悲劇が繰り返される。負の連鎖ですね……。やっぱり加害者更生プログラムをどうしていくかって、本当に大きな課題ですよね。

斉藤:最近、薬物乱用防止教室の仕事で都内の小中学校へ行くことがあるんですが、期待される話っていまだに「ダメ、絶対」なんです。薬の恐ろしさを強調してくれ、と。でも、どんなにそこを強調しても、手を出す人って結局は出すんです。特に子どもって、ある年齢を過ぎると先生とか親には相談しなくなる。道徳とか倫理観で頭から否定されてしまうと経験的にわかっているからです。

犬山:相談できる場がない。

斉藤:少なくとも私たちの世代って、「助けを求めるのは男らしくない」「問題を自分で解決できることが自立した人間」という教育を受けてきているじゃないですか。でも本当は、社会内に「依存先をつくること」「助けを求められること」が自立の一つの証だと思うんです。そういう教育を、もっと子どもの頃からやっていけば、「男らしさにこだわるる」犯罪は減らしていけるような気がします。特に男性って感情を語るのが下手だから、そういう訓練の場があればいいと思います。

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「母親らしさ」のラベルをはがして、解放の場をつくっていく

犬山:「男らしさ」の対局になりますけど、「理想の母親」というラベリングも、この国ではすごく強固だと私は感じています。母親というのは強くて聖なる存在、みたいな。もうね、これを全部引っぺがしていかないと母親は孤立しますよ。

斉藤:すべてを抱え込んで孤立した母親が、子どもを虐待して死なせてしまうという悲しいニュースもありましたね。

犬山:私は過去に母親の介護をしていたんですが、「一人で全部やるから」と頑張りすぎて壊れた経験があるんです。それ以来、人に頼ることができるようになりました。だからいろんなママに「それは一人で抱えきれる量じゃないよ、最近こんなサービスがあるよ」って話したりしますけど、伝え方が悪いのかなかなか伝わらず。

斉藤:もはや根性論の我慢大会の世界ですよね。

犬山:そうなんです。「母親は強いんだからこれくらいできるだろう」っていう世間の思い込みが、母親に重圧としてのしかかっているんです。本当は、「苦しいけれど、私がこれをやらないと子どもが死んじゃうからやるしかない」なんですよ。

斉藤:救いの手がないなかでのワンオペ育児では、どうしても母親だけに責任がのしかかってしまう。

犬山:働きながら育児をしているお母さんのなかには、仕事が楽しくてやりがいを感じているんだけど、「もっと子どもに意識や時間を割かないと、母親らしくないと世間に思われてしまうかな?」と罪悪感を抱えている人もいます。これ、男性だったらこんな風に悩む必要ないですからね。日本の母親は、もっともっと解放されないといけないと心から思います。

【第1回】「自分とは関係ない」と思わないで
(構成:波多野友子、写真:青木勇太、編集:安次富陽子)

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