新垣結衣さん主演でドラマ化もされ”逃げ恥”現象を巻き起こした人気マンガ『逃げるは恥だが役に立つ』(講談社)がこのほど約5年間の連載に終止符を打ちました。
「自分は小賢しい女」と思っているヒロインや女性経験がない”プロの独身”など一見”普通”だけれど、実はコンプレックスや生きづらさを感じている登場人物がそれぞれの”呪い”を解いていくストーリーが多くの人の共感を呼び、ドラマの放送中は「呪い」という言葉がネットを中心に話題になりました。
常識や「こうあるべき」と言った世間が押し付けてくるプレッシャーにいつの間にか飲み込まれて自分自身に「呪い」をかけてしまう……。そんな「呪い」から自由になるにはどうすればいいのか。原作者の海野つなみ先生に話を聞きました。
呪いから自由になる物語
ーー主人公のみくりは「自分は小賢しい女」と思っているし、平匡は女性経験がないことをコンプレックスに思っています。物語の終盤で百合が放った「そんな恐ろしい呪いからはさっさと逃げてしまうことね」というセリフは作品のテーマが凝縮されていました。「呪い」というワードは連載当初から意識をされていたんですか?
海野つなみ(以下、海野):メインのテーマというわけではなかったんですが、描いているうちに「呪い」のようなものだなと思いました。ドラマの最終回で(脚本家の)野木亜紀子さんが「呪い」という言葉を効果的に使ってくださって。ドラマを見て改めて「これは呪いの物語だ」と思いました。
(作品に登場する)高齢童貞や高齢処女も、世間では恥ずかしくて隠さなきゃいけないような空気がありましたが「それで何か迷惑かけましたか?」という空気が広まったら負い目が一つなくなるし、呪いがなくなる。背負っている荷物が軽くなればいいなと思って描きました。
百合ちゃんみたいな仕事はできるけれど高齢処女という女性も痛々しく描かれることが多いですが、実際はそんな痛い感じの人って少ないんじゃないかな。楽しそうに生きていても「いい歳してはしゃいじゃって」という世間の目ってあったと思うんですが、気にしなくていいと思うんです。自分の気持ちを優先すればいいと思います。
“女子力”の呪い
ーー女性を縛る「呪い」ってたくさんあると思うんですが、「女子力」という言葉もポジティブな言葉に見せかけて「呪い」なのかなと思います。
海野:異性へのアピールとつながりやすいからでしょうか。私、お菓子作りが趣味でツイッターでアップすると「海野先生、女子力がすごいですね!」って言われるんです。これが「人間力がすごい」だったら「いやー、ありがとう」って思うのに、女子力って言われちゃうと「いやー、言わないでー」って思っちゃう(笑)。
誰かから強制されたものではなくて、自分を楽しませたり高めるための女子力は素敵だと思うんですが、人にアピールするためだったり、人から見られてどうこうといちいち気にしてしまうのはしんどいと思いますね。
ただ、例えばその“女子力テク”がうまくいくと「効くんだ」って思ってさらに縛られちゃうこともありますよね。まったく通じなかったら「なんだ、通じないじゃん」って思うけれど、多少通用してしまうからこそ、振り回されちゃうのかもしれないですね。
「自分で自分を諦めないことが大事」
ーー海野先生は今年でデビューして28年目だそうですね。20代で仕事がなかった時期もあったと伺いました。続けることって思っている以上に大変なことだと思います。
海野:才能がある人でも描かなくなること多いので、やっぱり続けることが大事なんだと思います。どこかで自分で自分を認めてあげる。「いつか売れるよ」というのではなくて、やることに意味があるんだと自分でわかっていれば続けられるんじゃないでしょうか。
そして、続けているとこんなふうにヒットすることもある。確かに、20代で仕事がない時期もあったけれど、その時に結婚して子どもが生まれていたらマンガを描くのをやめていたかもしれないし、『逃げ恥』も描いていなかったと思う。それはそれでそっちの幸せがあったかもしれないし、見切りをつけることも大事かもしれないけれど、それでも自分で自分を諦めないことが大事だと思います。
「幸せ」を決めるのは自分
ーー人生でも仕事でもうまくいかない時の乗り越え方は?
海野:ダメな時に、例えば「結婚できないのは魅力がないからだ」とか「仕事がうまくいかないのは私ができないせい」と思い過ぎないことですね。そう思ってしまうと暗闇に飲み込まれてしまうんです。
恋人がいないと言って落ち込んで過ごす1週間と楽しいことをして過ごす1週間は同じ1週間。自分のことを責めすぎないで、自分が好きなことを探してみる。美味しいものを食べた時とか好きなマンガを読んだ時とか、自分が幸せになることって何だろうと考えて、毎日の生活に組み込んでいけば、例えダメな1日かもしれないけれど1日に1個は楽しいことがあるってことですよね。
「幸せ」と言うと「誰かに幸せにしてほしい」と思いがちだけれど、幸せを決めるのは自分。自分が幸せだと思わないと石油王に油田をもらってもうれしくないと思うんです。油田の経営とか結構難しそうですしね(笑)
「自分の気持ちがそこにあるかどうかで変わってくる」と思ったら、自分を幸せにするのって簡単なんですよね。
ーーそれでも自分を責めてしまう時はどうすればいいのでしょうか?
海野:自分のせいにするって楽なんです。自分を責めるだけでいいじゃないですか。泣いていると楽チン。自分以外のせいだとすると「どうすればいい?」と対応策を考えないといけない。全部自分のせいってしたほうが楽チンなんです。
でも、面倒くさいかもしれないけれど「これをやるためにはどうすればいいか」を考えるほうが次につながる。自分が悪いって思っちゃうとそこで終わっちゃうものだから。
「自分の好きを大事にすること」
ーー作品の話に戻します。『逃げ恥』のタイトルはハンガリーのことわざが元になっているそうですね。「そんな恐ろしい呪いからはさっさと逃げてしまうことね」というセリフも作品に登場して、「逃げる」は作品のキーワードでもあります。
一方で、「逃げる」と言うとひと昔前は「悪いこと」と言われていた気もしますが、最近は「逃げてもいい」「逃げないで潰れるより、逃げても潰れないほうがマシ」と言うように言葉のニュアンスも変わってきた感じがします。その部分は意識されていましたか?
海野:ことわざは語呂もいいし、タイトルに使いたいなと思っていたんですが、「逃げる」に関しては特別意識していなかったですね。
ーー最後に、「呪い」を越えてゆく方法は何だと思いますか?
海野:他人の目を意識するとかかりやすいと思うんです。人に幸せにしてもらおうとするのではなくて自分が幸せになろうと思うこと。繰り返しになりますが、自分が楽しいことはなんだろうって探すこと。自分の好きを大事にするのが呪いに打ち勝つ方法かなって思います。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)