専業主婦を経て47歳の時に社会復帰し、カフェテリアマネジャー、電話受付、一流ホテルの営業職から営業開発副支配人に昇進とさまざまなキャリアを積み、現在は外資系ホテルの日本社長を務める薄井シンシア(うすい・しんしあ)さん(62)によるエッセイ『人生は、もっと、自分で決めていい』(日経BP)が2021年10月に発売されました。
2018年に大手飲料メーカーの2020年オリンピック・パラリンピック大会ホスピタリティシニアマネジャーに就任したものの、コロナ禍で失業。スーパーのレジ係をしながら転職活動をした様子や約30年間連れ添った夫と円満離婚するまでの決断のプロセスについてつづっています。
新しい年を迎え、いろんなことにチャレンジしたり、新しい決断をしようとしている人も少なくないのでは? 何かを選択する、あるいは捨てるときに大事なことは? そもそも選択肢を絞り込む前に必要なことは? 薄井さんにお話を伺いました。
決められないのはなぜ?
——『人生は、もっと、自分で決めていい』の本を出された経緯からお聞かせください。
薄井シンシアさん(以下、薄井):私は女性向けのセミナーや講演会に登壇することも多いのですが、セミナーをやるたびに私の「決断」についての質問がたくさん寄せられて、決められない人がこんなにも多いんだと驚くんです。「あなたたち、よくここまで人生やってこられたね」って(笑)。セミナーでいろいろな女性と話しているうちに、だんだん、中学生のときの娘と話しているような気持ちになることもありました。だから、次に出す本のテーマは「決め方」がいいのかなと思ったんです。
——自分自身を振り返ってみても「決められない」という感覚は分かります。
薄井:決めるプロセスについて深く分析したことがないから不安なのかもしれませんね。決断というのは、ある日起きていきなり「さあ、決めるぞ」と決断するのではなくて、決断するまでに頭の中で考えるプロセスが必要なんです。一通りのプロセスを経てやっと自分の決断に自信が持てます。
——薄井さんから見て、決められない原因は何だと思いますか?
薄井:うーん、決めたくないからじゃないですか?(笑) 決めていない状態が居心地良くなってしまっているのかもしれません。それで、動かない言い訳をしたいだけなのかも。でもそれって、実は、一番無駄なんですよね。
さっき「中学生だった娘と話しているよう」と言いましたが、私は娘が中学生のときから分析して考えることを一緒に実行してきました。
例えば、娘がいろいろやりたいことがあっても「あなたは9時半には寝ないといけないよね?」「学校から帰って9時半までにすべてができていないとダメだよね?」と、問いかける。我が家は夜9時半には就寝することがルールで決まっていたので。そして、9時半までにすべて終えられない理由は何なのか分析する。やりたいことが多過ぎるのか、自分のタイムマネジメントのせいなのか。すると、対策が打てますよね。そうやっていつも見直すようにしていました。
——仕事でもそうですね。何かを判断する際には、本にもあったようにまずは選択肢を書き出してみるのがよいのでしょうか?
薄井:分からない人は書き出したほうがいいでしょうね。娘とは常に書き出して考えてきました。選択肢とその選択肢を選んだ時のメリットとデメリットを書き出してみる。追加したいことが出てきたら、そのたびに追記して、手放せる選択肢が見えてきたら線を引いて消す。そんなことをやっているうちに自分の思考パターンが見えてきます。自分が何に執着して、何を捨てられないのか。書き出すことは自分を客観視することにもつながります。
——自分を振り返っても、分析して考えることをあまりしてこなかったかもしれないです。それって教育のせいもあるのでしょうか?
薄井:その発言の裏には、他人のせいにしたがる気持ちがありませんか。本の中に詳しく書いていますが、私もベストな環境で育っているわけではないんです。でも、一つ一つ自分で考えて乗り越えてきました。日本社会で育って日本の教育を受けていても、自分で考えている人はたくさんいます。気を抜くと、人間って他人のせいにしたがるんですよね。私だってそうです。でも、それをいかに乗り越えていくかが、おそらく決断の第一歩なのでしょうね。
例えば子育てで、子どもが言うことを聞かない理由を子どものせいにして行動しないのは意味がない。自分の伝え方がダメなのか、次はどうやって伝えようか、と考える必要がある。仕事も同じ。チームで仕事をしていて自分の思い通りにいかないのであれば、自分が相手に求めていることに無理があるのか、自分の伝え方に問題があるのか、考えられる要因を一つ一つ分析してみるんです。他人のせいにする前に、まずは自分自身でできることを考えることが必要だと思います。
家族との付き合い方も論理的に考えてみる
——ご家族のことも本の中に書かれていますね。ウートピの読者の中には、家族の悩みを抱えている人もいます。例えば、年末年始になるたびに「実家に帰省するのがしんどい」とか「義実家に帰りたくない」とか。薄井さんはどんなふうにご家族と付き合っていますか?
薄井:私の場合、産んで育ててくれた母がもし経済的なことで苦労するようなことがあったら助けよう、ということは自分の中で決めています。つまり、自分がやらなければいけないと思っていることはきちんと果たそう、と。ただ、だからといって、週に1回母に電話するかというと、しないです。なぜかというと、私が不愉快になるから。母と電話すると、親戚の悪口や弟の話を長々と聞くことになる。私はそういう話をしたいわけではないので、「この話をしたら、私はすぐに電話を切るよ」と母にいつも伝えていますし、たまに電話がかかってきてそういう話になったら、すぐに電話を切ります。母も、私がそういうつもりで接していると理解はしているので、一方的に切っているわけではないんです。
——「自分が不愉快になるから」という理由で決めていいんですね。
薄井:逆に、どうして決めちゃダメなんですか?
——「自分は薄情なのかも」と感じます。やはり、なるべく“いい人”に思われたいと思ってしまうからでしょうか。
薄井:自分が“いい人”に見られることで、何のメリットがあるのでしょうか。そこは一度、論理的に考えてみませんか。だって、“いい人”に見られると後々財産をもらえる、という明確なメリットがあるなら少しは相手をしたほうがいいな、と思うのも分かる。でも、メリットも、自分でそうしたいという気持ちもないのに、一体何を心配してるの? そこがまったく理解できないんです。自分自身の気持ちで決めてもいい、そう思います。
コロナ禍で失業…私が選択した道
——コロナ禍で失業してレジ係の仕事に就いたのはどんな経緯からだったのでしょうか? やはり先ほどお話に出てきた「決断のプロセス」があったのですか?
薄井:二つ理由があります。一つ目は、コロナ禍で当時私が在籍していた日本コカ・コーラのポジションでは、2020年以降は仕事がないというのが目に見えていたからです。もう一つは、観光の仕事に戻りたい気持ちがあっても難しかったからです。新型コロナウイルスによる影響に関するデータを見ると、観光業は2024年くらいにならないと雇用や景気が戻らないということが分かっていました。となると、私は2020年から2024年までの約4年は観光業に戻れないことになる。それを踏まえて、62歳で自分ができる仕事を検索したら、スーパーのレジ係の仕事があったんです。最初は仕事を覚えるのが本当に大変でしたが、やり切ってみるとすごく自信がつきました。
——自信というのは?
薄井:新しいことをやってみる自信です。私は62歳ですが、この年でも、あんなに複雑なプロセスを学べるんだという自信です。やってみて分かったことですが、レジの仕事ってとても複雑で、マルチタスクなんです。誰もができる仕事ではない。だから今後は、今のホテルで採用する際に、レジ係の経験がある人を積極的に採用したいと思っています。
——今の仕事にも生きているんですね。
薄井:レジ係の経験があったから、ホテルを立ち上げた時に支払いのシステムについてもスムーズに理解することができました。どんな経験も無駄なものはないです。その経験を生かせるか生かせないかは、その人次第だと思います。
——薄井さんが本の中でも書いていた、「点と点がつながる」感じですか?
薄井:そうです。本の中で挙げた「Connecting the Dots」です。一つの経験(点)をつなげて線にしていく。私はそれをとても意識しています。だから、無駄になった経験は、一つもないです。
——薄井さんの本を読んだり、こうしてお話を伺ったりしていると、力強さというか前向きな姿勢がひしひしと伝わってきて「私もがんばろう」という気持ちになります。
薄井:でもね、うちの娘はこう言うんですよ。「みんなママのことを前向きって言うけれど、ママほどネガティブな人はいないよね」って。私は常に最悪の事態を考えているんです。
——その最悪の事態にならないように、自分は何をするか…ということですか?
薄井:そう。想定し得るあらゆる事態を考える。決断する時点で起こり得る最悪のケースを想定してシナリオを描いてみる。そして、それを「自分が決めたことだから」と納得して受け入れられるのか、「そんなヒドいことになるくらいなら、やらないでおこう」と捉えるのか、自分に問いかけるんです。そうすると、自分が進むべき道が見えてきます。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)