歌手・平川美香さんインタビュー(前半)

一度は親の期待に応えたけれど…女33歳、やっぱり夢は諦められない

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一度は親の期待に応えたけれど…女33歳、やっぱり夢は諦められない

大人なら、夢よりも現実を見るべきだ。

ほとんどの人がそう思い、一度は何らかの夢をあきらめた経験があるのではないでしょうか。だからこそ、青春映画や夢を追う誰かの姿を見るたびに心が揺さぶられる。「なぜそこまでまっすぐに進めるのか……」と。

歌いたい——。その一心であきらめられない夢を追い続け、東京で生きる女性がいます。沖縄県出身の歌手・平川美香(ひらかわ・みか)さんです。今年33歳になる平川さんは、地方でのライブを中心に活動。決して知名度は高くはありませんが、「平川のおじさん」「レディーブブ」など、奇抜な格好でのパフォーマンスがじわじわ話題になっています。

平川のおじさん

太めの眉と青ひげが特徴の平川のおじさん

30過ぎて、叶うかどうかわからない夢を追い続けていいの? 

上を見ればキリがない世界の中で、“生き残るための模索”を続ける平川さんに話を聞きました。

歌をあきらめた学生時代、音楽番組が観られなくなった

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——地元の沖縄で、いとこである仲宗根泉さんと「ファースト」というユニットを組んで歌っていた平川さん。ふたりでデビューするのが夢だったそうですね。

平川美香さん(以下、平川):私が高校2年生の頃でした。泉は人気バンドHY(エイチワイ)のサポートメンバーに入り、「バンド活動がしたい」と言うので、じゃあ応援しよう、と。そこで道が分かれました。

——HYはファーストアルバムが即日完売するなど、あっという間に人気になりました。自分が一緒にデビューしていれば……と思いませんでしたか?

平川:彼女は私にとって自慢のいとこ。すごく誇らしい気持ちでいます。けれど、当時は別の本心が隠れていたのでしょうね。音楽番組に出ているのを観ていた時、突然気持ち悪くなって吐いてしまったんです。それから数年は音楽番組を観られませんでした。

「親の期待」に応えて一時は高校教師になるも…

——歌手の次は高校教師に。

平川:はい。バスケをずっとやっていたので、高校で教えられたらいいな、と。全然勉強していなかったので、受験勉強は必死でしたよ(笑)。でも、親は安心したんじゃないかな。安定した仕事に就くというのはある意味では親孝行ですから。

——けれど、大学に在学中、歌への思いが抑えられなくなったのだとか。

平川:大学3年生の時に行ったレゲエのライブで、客席からステージを見て、涙が止まらなくなったんです。どうしてあのステージに立っているのが自分じゃないんだろうって。もう心の声を隠して見ないふりをするのは嫌だと思って、両親に歌手になりたいと気持ちを伝えました。

——その反応は?

平川:大反対ですよ。「せっかく進学したのだから、1年は教師の仕事をしてほしい、その後は自由にしていいから」と泣きつかれて。これまで応援してくれた気持ちも無下にはできないから、まずは教員免許を取って、卒業することにしました。私は流されやすいところがあるので、親としてはとりあえず教職につけば自然と歌への思いが薄れていくだろうと考えていたと思うんです。

——教師は本当に1年だけ?

平川:はい。非常勤ではありましたが、教師として生徒と過ごす毎日は楽しかった。でも、HYもどんどん活躍の場を広げて行く。その背中を見て、負けたくないなって。

27歳で上京、オーディションで「整形できる?」

——27歳で上京したそうですね。失礼ながら、芸能界のデビューって、19歳でも遅いというイメージがあります。

平川:年齢のことはどうにもできないので、やるしかないって感じでしたね。オーディションで「君ぐらい上手い人は山ほどいる」とか「整形できる?」と言われたことも。歌いたい気持ちがあっても、評価してくれる人は誰もいない。つらかったです。

——ある事務所はデビューの条件に「HYのいとこの平川美香」として売り出すことを提案してきたとか。

平川:「才能があるよ」「君ならいけるよ」って言われて、舞い上がっていたんですよね。泉に相談すると強く反対されました。「その肩書きがなくても、デビューさせたいって思ってくれるようなところじゃないとダメだよ」って。

その通りだと思い「自分一人で頑張りたい」と告げると、「じゃあごめん」と。即答でした。ああ……もうダメだな。やりきったな。帰ろう。東京に出てきて初めてそう思いました。

女33歳、きれいごとだけじゃ、生き残れない

——そんな平川さんを引き止めたのが、高校で同じバスケ部だった友人の電話だったそうですね。

平川:脳疾患で倒れてしまった、リハビリ中の子で。彼女がたどたどしく弱い声で言うんです。「みーかー。(リハビリが)つらいよ……。歌って。聞くと、元気になれるから」って。うわ。このタイミングかって思いました。

——求めてくれる人、いましたね。

平川:はい。たった一人でも、私の歌で元気になってくれる人がいる。どうなるかわからないけれど、ここで踏ん張らないといけないって思ったんです。

その電話がかかってきたのは寒い冬の日でした。渋谷駅の横にある交番の隅で、泣きながら歌い、「絶対にあきらめない」と平川さんは誓ったそうです。「自分にしかできないこと、自分だけのジャンルを確立したい」そこから「平川のおじさん」が誕生するまで、そう時間はかかりませんでした。

この時、28歳。「そろそろ、夢を追うのはやめたら?」という世間の声を振り切るようにして前に進み続けます。

>>後半はこちら

(撮影:竹内洋平)

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