『僕はメイクしてみることにした』インタビュー前編

“ふつうの中年男性”が美容誌で連載。僕がセルフケアを続ける理由

“ふつうの中年男性”が美容誌で連載。僕がセルフケアを続ける理由

38歳、独身、平凡な“サラリーマン”が、ある日自分の疲れ切った顔にショックを受け、スキンケアやメイクをはじめてみることにする——。

そんな主人公、前田一朗の物語を通して毎日を心地よく生きるためのセルフケア、メンズ美容について知ることができる漫画『僕はメイクしてみることにした』(講談社)が2月10日に発売されました。WEBの連載は累計1000万PVを超え、単行本が発売されると即重版が決まるなど本作に多くの関心が寄せられています。

本作の原案を務める鎌塚亮さんも、30代になってセルフケアと向き合ったといいます。2019年9月にメディアプラットフォームnoteで「セルフケア入門」をテーマに発信を始めたことがきっかけで、美容誌「VOCE」で連載がスタート。自身の体験を下地にした今作が誕生しました。

鎌塚さんに、セルフケアと向き合うことにした当時の戸惑いや、作品にこめた思いについて聞きました。

まさか、”ふつうの中年男性”が美容誌で連載!?

——VOCE編集部から連載をオファーされたのは、noteがきっかけだったそうですね。

鎌塚亮さん(以下、鎌塚):はい。きっかけとなった「セルフケア入門」は、自分に対する覚え書き程度の感覚で始めたものだったのですが、第1回からとてもたくさん読まれて、驚いたことを覚えています。伝わってくるリアクションもポジティブなものが多く、こんなにたくさんの人がセルフケアに興味・関心を持っているのだなと。

「セルフケア入門」では、自炊やジム、日記、片付けなど、自分がやってみたさまざまなことを書いているのですが、メンズ美容の回がいちばん多く読まれました。反響を見ながら、今どきのテーマなんだなとは思いましたが、まさか美容誌から連載の依頼がくるとは。まったく予想外の出来事だったので、話を聞いてもどこか他人事のようでした。「美容の専門家でもない僕が?」って。

——確かに。珍しい組み合わせですよね「“ふつう”の中年男性」と「美容に特化した雑誌」。なぜ鎌塚さんだったのか、その理由は聞きましたか?

鎌塚:声をかけてくれた編集の方は、ずっと書き手を探していたと言っていました。メンズ美容の盛り上がりは、機運としてはコロナ禍前からあったようなのですが、発信者が専門家だったり人前に出るような特定の職業の人に偏っていたりしていたようで。私くらいのある意味“等身大”な人があまりいなかったそうです。

肌質がわからない!から始まった試行錯誤

——これまでスキンケアやメイクをしたことがなく、知識ゼロから始めたのだとか。最初は戸惑いがありましたか?

鎌塚:おおいに戸惑いました。『僕はメイクしてみることにした』の1話でも、一朗が「38年間生きてきて、自分のことをちっとも知らない」と気づくシーンがあるのですが、あれは、まさに私の体験そのものなんです。自分の肌が乾燥しているのか、脂ぎっているのか、それすらわからない。いろいろ調べてみると、どうやら肌質なるものがあるらしい。じゃあ、自分の肌質を知るにはどうすればいいのか……と、一つひとつ知識を得るところからのスタートでした。

本書より/©️糸井のぞ・鎌塚亮/講談社

本書より/©️糸井のぞ・鎌塚亮/講談社

——偏った見方かもしれませんが、「とにかくメンズって書いてあるものを使えばいいじゃん」って思いませんでしたか? 鎌塚さんが、探究心を持ってスキンケアと向き合えたのはなぜでしょう?

鎌塚:妻や同僚など、周りの人のアドバイスが大きかったと思います。「化粧水だけだと乾燥するよ」「スポンジにも種類がいろいろあるんだよ」などと、知っていることをどんどん教えてくれたんですね。同時に、連載がきっかけになって、メンズ美容に興味がある男性から「教えてほしい」と言われる機会が多くなったことも、続けられた理由のひとつかもしれません。

——教えてもらったり、誰かに教えたり、うまく循環していたわけですね。

鎌塚:メンズ美容に限った話ではありませんが、もともと皆さん何かしらのセルフケアを実践しているんですよね。いままでそれを語る場があまりなかったけれど、私の発信をきっかけに「自分はこういうことをしています」「こういうのもいいよ」といったおしゃべりが始まった気がしました。それぞれ1人でやっているけれど、実践してみて良かったことを共有するというか。そういう場があるとホッとしますし、人とシェアすることで飽きずに続けられる面もあると思います。

メイクをするってどういうことだろう?

——メンズ美容が広がることで、楽しい世界になりそうだなと思う反面、「しなければならない」といった義務感に苛まれてしまう男性が出てきそうな不安もあります。たとえば、新たな謎ビジネスマナーとして“顧客の訪問先に向かうときにはファンデーションをしないと失礼”とか。押し付けられるのは嫌だなって思います。

鎌塚:noteがバズったときから、これからもっとメンズ美容が広まっていくかもしれないけど、「仕事に役立つマナー」や「メンズメイクで自己肯定感を上げよう」といった方向ばかりに引っ張られていくのは嫌だなと思っていました。そうではなく、あくまで自分がラクになるための選択肢のひとつとして、男性にも美容という手段があると考えたい。そこは『僕はメイクしてみることにした』の中でも、糸井のぞ先生が丁寧に表現してくれたところだと思っています。

——“自分がラクになるために”って、いい考え方ですね。

鎌塚:コミカライズの際に、糸井先生と「『ありのままの自分を愛そう』とか、『自分を肯定しよう』といったメッセージは素晴らしいけど、そこにうまく乗れない自分たちのような人の考え方や感じ方を大切にしよう」と話していて。自分を愛さなくても、自分をケアしていいと思うんですよね。自分のことが嫌いなままでも、ラクになれる方法が必要だと思います。セルフケアとしての美容が、その選択肢になればいいなと思っています。

「メイクは最高なので全員やりましょう」とは言いたくない

——『僕はメイクしてみることにした』の中で、特にグッときたエピソードはありますか?

鎌塚:4話から登場する、企画部の真栄田(まえだ)さんのエピソードですね。真栄田さんは「以前はノーメイク禁止の職場で働いていたけれど、いまは日焼け止めしか塗っていないんです」と一朗に言うんです。メイクでエンパワーメントされるのは素敵なことだけど、しっくりこないならやらなくてもいいよね、と。VOCEの連載でも「メイクは最高なので全員やりましょう」みたいな話にはしないように努めたつもりなので、糸井先生がそこを汲み取って、真栄田さんというキャラクターに落とし込んでくれたと感じています。真栄田さんのような考え方を持つキャラクターの登場によって、単に「メイクは楽しい」ではなく、「メイクするってどういうことだろう?」と、考えを深められる物語になったと思います。

本書より/©️糸井のぞ・鎌塚亮/講談社

本書より/©️糸井のぞ・鎌塚亮/講談社

インタビューの後編は2月18日(金)公開予定です。
(取材・文:東谷好依、編集:安次富陽子)

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