5分でわかる女子的社会論「私たちは、変わろうとしている」#6

自分を「本能的に悲劇のドラマを好む生き物」だと思えますか?

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自分を「本能的に悲劇のドラマを好む生き物」だと思えますか?

「私たちは、変わろうとしている」
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2019年になっても、私たちをとりまく環境は何かと騒がしい——。それは、私たちが常に今を生きていて「これまで」と「これから」の間で葛藤を繰り返しているからなのかもしれません。

その葛藤や分岐点とどう向き合うべきか。エッセイストの河崎環さんに考察していただく連載「5分でわかる女子的社会論・私たちは、変わろうとしている」。

第6回は、話題の本『FACT FULNESS(ファクトフルネス)』(日経BP社)から、思い込みについて考えます。

私たち人間は本能的に悲劇のドラマを好む生き物なのだ

このクイズは、さまざまな国の、さまざまな分野で活躍する人々に実施してきた。医学生、教師、大学教授、著名な科学者、投資銀行のエリート、多国籍企業の役員、ジャーナリスト、活動家、そして政界のトップまで。間違いなく、高学歴で国際問題に興味がある人たちだ。しかし、このグループでさえも、大多数がほとんどの質問に間違っていた。一般人の平均スコアを下回り、とんでもなく低い点数をとったノーベル賞受賞者や医療研究者もいた。優秀な人たちでさえ、世界のことを何も知らないようだ。
何も知らないというより、みんなが同じ勘違いをしているといったほうが近いかもしれない。…(中略)…不正解の2つのうち、よりドラマチックなほうを選ぶ傾向が見られた。ほとんどの人が、世界は実際よりも怖く、暴力的で、残酷だと考えているようだ。

——「ファクトフルネス」P.16-17(日経BP社/ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド共著/上杉周作、関美和・訳)

世界100万部超の大ベストセラー待望の日本上陸!
「名作中の名作。世界を正しく見るために欠かせない一冊だ」
ビル・ゲイツ大絶賛、大卒の希望者全員にプレゼントまでした名著

この本を手にしたとき、帯にあるコメントにまず目がいきました。「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」と副題にあるこの本は読む人に新鮮な発見をもたらすようで、内容にいたく感心した人がSNSなどで熱心に感想を書いたり、人に勧めたりという光景も散見。「そこまで話題の書籍なら」と、読んでみました。

ページをめくると、イントロダクション部分で世界や人類をめぐる事実についての12問(本書の中では地球温暖化の問いを足して13問)のクイズが冒頭で出題されます。社会や世界のことを知らないチンパンジーがバナナ目当てにランダムに正解する確率よりも、世の中を知り地球と人類の未来を憂えているはずの知識人たちの正解率の方がぐっと低いことが丁寧に、しかしインパクト十分に描かれ、そしてその理由が人間の持つ10の本能にあるのだと、誠実に説明されていました。私たちの判断を間違わせるのは、私たち自身の脳の機能だという話。本当にそう。文句なし。

かなりの天邪鬼で「他人の(←自分の、じゃないところがダメ)常識を疑うのが好き」な私も正解は13問中9問。確かに人間が世の中を見る時にどれだけ「かつて学んだ知識」や「人間の脳の避けがたいクセ」や「視野、情報取得経路の狭さ」に視界を歪められ、遮られ、間違った判断をしがちかを改めて認識して、「ああ、私の視界も歪んでいるものだなぁ(自分が歪んでいるのは知っていたけれど、それはまた別の意味)」と、無知の知に至ります。

人間はよりドラマチックな言説に共感を寄せる傾向があり、より悲劇的なシナリオを信じてしまうという、ハムレットや若きヴェルテルに代表される「なぜか悲観やバッドエンドに自ら惹かれて不安や苦悩をいじいじ弄びがちな、人間ならではの心理」にも、この現代にウェブでモノを書いて発表する人間として大いに思い当たることがありました。明るくて楽天的だと頭パーに見られて侮られるけれど、斜に構えて眉根を寄せて批判精神ありげに世界を憂えれば知的に見えちゃうのです。

だからこの本の言うとおり、自分の中にある「ドラマチックすぎる世界の見方」を好む傾向や恐怖や焦りや過大視に気づきたい。分断傾向やパターン化に自覚的になり、宿命論や単純化に甘んじないようにしたい。犯人探しをして糾弾するような、本質的な解決にならないことにエネルギーを使わないようにしたい。かつて聞かされ学んだ古い知識をいつの間にか「常識」に固定化してしまった世界観を脱ぎ捨て、情報を現代にアップデートし、ファクトフルに、曇らない目で見るようにしたいと、読後の私は素直に思いました。

ロックだぜ! でもこの本で人を殴るのは「誤読」だよね

そんな目で電車内の広告ビジョンを見ていたら、あるスポーツブランドの新しいCMが目に入りました。「新しいランニングを創造し、既成概念を破壊する」と挑戦を鼓舞し、見る者のアドレナリンを噴き出させる作りになっていて、うっかり私まで明日から走り始めようかとシューズを買いに行きそうになりました。

「既成概念を疑え」とか「既成概念を破壊せよ」って、この2〜3年よく聞くフレーズです。別に新しい言葉の組み合わせでもないのですが、特に若いビジネスマンあたりが好んで多用するのを目にすることも多いのではないでしょうか。で、キセイガイネンという言葉を聞くたびに私は思うのです。

「うん、そうよそれそれ。アタシもその年頃(10代〜20代)にはめっちゃそういう感じで、とりあえずムカつく年長者とか保守っぽい考えはまるっと『体制』『既得権益』って呼んで特に明確な理由なく反抗するとかロックで、大人に露骨にイヤな顔されたり『可愛げがない』って説教されたりしてたわ〜。いいぞもっとやれ」。

「体制に抵抗」したり「既成概念を破壊」したり「既得権益を切り崩し」たりというのは、世の中をおかしいと思うセンスや鋭さ、つまり当たり前を当たり前とせず変わっていこうとする「脳」力と体力と精神力を要求します。ロックなのです。ロックできるうちはさんざんロックしておくべきです。なぜなら、人は齢をとると変化への対応力というか耐性が徐々に失われ、思考が停止しないまでも明らかに「安住」し、その安住の地からアームチェア探偵なみに少ない情報で世の中を分析して犯人探しをして納得し、夜安らかに眠るようになるからです。

だから既成概念はどんどん疑っていいし、既成概念は破壊していい。だけど、本書『ファクトフルネス』を正しく読んだなら、その疑い破壊すべき既成概念は、自分の外ではなく中にあることを知ったはずです。この本で「人を殴っちゃいけない」。この本は「自分自身を批判的に見る」ことを教えてくれたのであって、それで他人を「あいつは自分を批判的に見ることができていない、本能的なモノの見方に支配されている」と責めるのは、まさに本質的でない犯人探し(徒労)以外の何物でもないからです。ロックは他人を攻撃するための音楽ではなくて、人と一体になり、自分の魂をアゲるための音楽なのです。

メディアは現実を映し出す鏡にはなれない

ジャーナリストのクイズの結果は悲惨なものだった。悲惨さの度合いでいくと、飛行機事故といい勝負だ。でも、睡眠不足のパイロットを責めても意味がないのと同じで、ジャーナリストを責めてもどうにもならない。むしろ、ジャーナリストの世界の見方がどうして歪んでいるのかを理解しよう(正解:人間には誰しもドラマチックな本能があるから)。そして、歪んだニュースやドラマチックな報道をしてしまう背景にはどんな組織的な要因があるのかを知るよう努力すべきだろう(部分的な答え:視聴者の目を引きつけられなければクビになってしまうから)。
それが理解できたら、メディアにああしろこうしろと要求するのは現実的でも適切でもないとわかるだろう。メディアは現実を映し出す鏡にはなれない。

——「ファクトフルネス」P.270(日経BP社/ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド共著/上杉周作、関美和・訳)

メディアの片隅にいる身として、ジャーナリストとはどんなに努力しても世界の見方が歪んでおり、メディアとはどんなに努力しても偏向するものであって現実を映し出す鏡にはなれないと断言されているこのくだりには、ぐうの音も出ません。私は自分の(性格とか諸々の)偏屈な歪みだけにはとても自覚的なので、ジャーナリストという職業には公正さが要求されるような気がして、自分をジャーナリストと名乗ったことがありません。でもその憧れのジャーナリストだって人間だから、いくらかでも偏向した主観からは逃れようがないのですよね。発信する側も主観的、受信する側だって主観的、そう思えば、この世はなんてまるっと主観的なんでしょう。

「ニュースは見ないの?」
「同じ話の繰り返しだからな」
「そうだけど、人はその方が安心するのよ」

『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』という映画で、ダイアン・キートンとモーガン・フリーマンが演じる老夫婦がこんな会話をしていました。

本書でハンス・ロスリングが言う、実在しない架空の概念「はるか遠くの、危険な『どこか』」。ここではない数えきれない「どこか」で起きている自然災害や感染症や飛行機墜落がまとめて知らされ、私たちは「どこか」に対して不安を募らせたり、そんな怖いことの起きない「ここ」での暮らしに安堵したり、逆に少しでも不安を掻き立てられるような出来事が身近に起こるとアレルギー反応を起こしたりします。

でも、全ては自分の脳機能のクセを通した反応なのです。

特に大人には耳障りだったり耳が痛かったりするけれど、時代ごとに時おりやって来て「自分を疑え」「既成概念を疑え」とロックなリフレインを鳴らしてくれる本書のような存在は、だから大事なのですよね。

本日の参考文献:
FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド・共著、上杉周作、関美和・訳(日経BP社)
(河崎 環)

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