胎児クリニック東京・中村靖院長インタビュー(後編)

「中絶について、今こそ真剣に議論されるべき」 胎児クリニック東京院長が語る、「新型出生前診断」の課題

「中絶について、今こそ真剣に議論されるべき」 胎児クリニック東京院長が語る、「新型出生前診断」の課題

中絶は、今こそ真剣に議論されるべき

前編に続いて、後編では「新型出生前診断」についての詳しい話を「胎児クリニック東京」の中村靖院長に伺った。

>>【前編】「全ての異常が検査で分かるわけではない」 胎児クリニック東京院長に聞く、日本の「出生前診断」の現状

新型出生前診断は日本医学会などが定める基準を満たした施設のみ

――現在、新型出生前診断の臨床研究がスタートしています。こちらの検査では、どれくらいの精度で胎児異常を判別できるのでしょうか? また、検出率についてはいかがでしょうか?

中村:3種類のトリソミーについての検出率は高いです。ただし、検出率が高いからといって、陽性一致率も高いとはいえません。このふたつは別の指標ですので、胎児異常を判別させる検査として「精度が高い」という考え方には注意が必要です。

――胎児クリニック東京では、新型出生前診断を導入されているのでしょうか?

中村:当クリニックでも導入したいと思っているのですが、日本医学会などが定めている施設基準を満たしていないため、現状導入することができません。

――実施できる施設は大きな大学病院など非常に限定的ですね。費用も20万円を自費で支払うということで、希望すれば誰でも検査ができる状態ではない印象です。

中村:個人的には希望する人がもっとスムーズに検査を受けられるようにしていくべきだと思います。現在は、どちらかというと検査をできるだけ規制しようという考え方が主流である状況のように感じています。また、妊娠女性と接する医師にもいろいろな考えの人がおられ、自身の倫理観や価値観から出生前検査・診断を否定的にとらえておられる方も少なからず存在しています。そのため、出生前検査・診断の相談自体がしにくいと感じておられる妊娠女性も多いようです。

出生前診断や胎児の異常について情報提供が十分に行われていない

――子供を産む当事者の立場に寄り添っていない気がしますね。新型出生前診断で異常が確定したケースのうち、9割以上が中絶を選択したというデータが出ています。また、最近は確定診断(絨毛検査または羊水検査)を受ける前に、中絶の決断に至ったケースが報道されています。このことについてはどう思われますか?

中村:検査を受ける方にはそれぞれの事情がおありでしょうから、母体保護法のもと人工妊娠中絶が容認されているかぎりは、中絶の選択をされることは理解できることだと思います。そして、その選択は批判的にとらえるべきではないのではないでしょうか。ただし、もしその選択が無理解に基づく結果であるならば、それは悲しいことだと感じます。

そもそも日本では、出生前診断や胎児の異常について判断基準となる情報提供が十分に行われていないことも問題のひとつです。妊婦さんのなかには熱心に調べていて、よくご存知の人もいますが、海外などに比べるとネットなどで検索できる情報の質が低いと思います。これは、今後医師をはじめとする専門機関の課題でしょう。

また、先天異常や障害を持つお子さんを社会がどのように受け入れて育てていけるのかといった面での環境整備が遅れているために、中絶を選択せざるをえないという状況があるのだと思います。これは政治や社会全体の課題でしょう。

障害児と健常児とが共存できる環境づくりが必要

中絶は、今こそ真剣に議論されるべき

――先天異常を持つ胎児の中絶は法的には認められていませんが、その辺りはいかがでしょうか?また、中絶を断ずる声が多い一方で、障害児を育てていく大変さを考えると、仕方がないのではという声も聞かれますがこちらについてはどうお考えでしょうか?

中村:母体保護法の条文中における人工妊娠中絶の要件の中には、胎児の異常は含まれていません。妊娠継続が母体の健康を著しく害する理由として、おもに経済的負担によることなどをあてはめて、中絶しているというのが現状です。母体保護法指定医がこれを認定して行うという形です。

胎児に異常が見つかった際の中絶の扱いについては、一時期議論されたこともあったようですが、その後あまり触れられることのないまま現在に至っています。中絶の扱われ方が本当に現在のやり方で良いのか、出生前診断の技術が進歩してきた今こそ、真剣に議論されるべき時なのではないかと思います。

同時に、障害者の社会参加を推進し、差別をなくしていけるよう、法整備が必要です。他の先進諸国に比べてわが国は、この部分が大きく遅れています。胎児がなんらかの障害を持って生まれてくることがわかった時に、将来について悲観的な考えを持たざるを得ない状況が続く限り、中絶の選択を安易に否定することはしてはいけないと考えます。障害児と健常児とがともに学び、共存できる環境づくりがもっと推進されなければいけません。

――今後のクリニックの展望について教えて下さい。

中村:これからは、大学病院や地域の産婦人科クリニックと連携を組んで妊婦さんのサポートにあたっていきたいです。当院に来られる妊婦さんのなかには、担当の産科医に言い出せなくて黙ってきたという人もいるので、情報共有をしながら、多くの方が安心して気兼ねなく検査を受けていただけるシステムを構築したいと考えています。

 

出生前診断の是非を問うとき、「障害者の排除につながる」「どんな子供でも親なら受け入れるべきだ」という非難も多い。一方で、障害を持って生まれてくる子供を育てていく覚悟の難しさ、経済的な厳しさ、世間の目、様々な事情を踏まえ、悩み、中絶を決意した妊婦が数多くいることも事実だ。新型出生前診断の開始から1年弱。全国的な普及と年齢制限(※3)の解除を求める声が後を絶たない。

※3 : 新型出生前診断の場合、出産予定日の年齢が35歳以上であることが検査の条件 (凍結胚移植による妊娠の場合、採卵時の妊婦年齢が34歳2か月以上であること)。胎児の染色体異常は妊婦の年齢に関わらず起こる可能性がある。

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