40代からの私
不妊治療のウソ・ホント 第1回

日本は世界一の「不妊大国」だった 体外受精の成功率が低すぎる理由

日本は世界一の「不妊大国」だった 体外受精の成功率が低すぎる理由

「ビジネスで体外受精をやりたい医師はお断り」

2015年年末、私は名古屋駅前にある不妊治療専門クリニックを取材していた。そこでは、不妊治療に取り組もうとしている産婦人科医を対象にした2日がかりの集中セミナーが開かれていた。そのセミナーの案内に、こう書かれていたことが私には強く印象に残った。

「ビジネスで体外受精をやりたい医師はお断り」

このセミナーを開いたのは、名古屋市の医療法人浅田レディースクリニック理事長の浅田義正医師。愛知県内で複数の不妊治療専門施設を営み、日本における顕微授精の草分けである。浅田医師は、「日本では不妊治療が医療として行われていない。だから海外に較べて妊娠率が低い」と常々指摘してきた。

高齢出産の取材をしていると、サプリメントに百万単位の金額を支払うなど、あまりにも高額な妊活に励んでいる人に出会うことがある。女性たちは、「30代後半からは妊娠しにくくなる」という知識は持ち始めたものの、その結果、不安ビジネスに踊らされているようにも見える。

治療成績は世界で最下位から3番目

ここに、浅田医師の言葉を裏づけるレポートがある。「国際生殖補助医療監視委員会*」が先頃発表した最新のレポートによると、確かに日本は、医療が進んだ国であるはずなのに、成績がよくない。

* International Committee Monitoring Assisted Reproductive Technologies:ICMART(体外受精、顕微受精が適切に実施されることを目的に世界各国の治療成績をモニタリングしている組織)

日本が他の国と較べて際立っているのは、まず年間24万周期強という治療件数の多さだ。こんなに体外受精がたくさん行われている国は他にない。

各国の体外受精の実施件数

各国の体外受精の実施件数

そして、採卵回数に対する出産率がとても多く、1回の採卵あたりでは6.2%と世界最低だった。これは、世界平均20.1%のわずか3分の1しかない。累計出産率では少し順位は上がるが、それでもドミニカ共和国、イタリアについで最下位から3番目だった。

各国の体外受精による出産率

各国の体外受精による出産率

日本は「不妊治療後進国」だった!

日本が、不妊治療大国にして、かつ「不妊治療後進国」であることは、このワールドレポートで見る限り確かだ。日本は、結果的に出産できない体外受精が膨大に行われている国なのだ。

このような状態になってしまっている理由は、二つ考えられる。一つは「高齢妊娠の増加」。これは日本はかなり多い方だ。委員会にデータを提出した年、日本の体外受精は40代女性の治療が約3割を占めており、これは60カ国全体から見ると1割ほど高い。

日本は、子どもを持とうとする年齢が高い上に、「自然志向」があるために不妊治療のスタートも遅くなっている可能性がある。なかなか妊娠しなくても「自然に妊娠したい」と、医師にかかろうとしないのだ。

また「妊活」という耳に心地よい言葉ができてからは、「妊娠しやすくなる食べもの・冷え解消・運動」といった情報が妊活情報として、もしくは妊活グッズとして女性たちの前に大量に現れた。健康法を実践して悪いことはないだろうが、これにうっかり長い時間を費やしてしまうと、不妊治療の開始はますます遅れてしまう。

「自然志向」が成功率を引き下げている?

体外治療を受けることになってからも、自然志向は続く。「身体に優しい」というイメージに惹かれて排卵誘発剤を使わない治療を希望する人が多いのだが、これも、海外にはない光景だ。

排卵誘発剤を使って複数の卵子を採卵した方が妊娠しやすいことは統計的にはっきりしている。自然に排卵する卵子はたった1個で、それが妊娠できる卵子である確率は限られているからだ。ただ、卵子が本当に少なくなってくると、薬を入れても育つ卵子はわずかなので弱い薬が選ばれるようになる。

つまり排卵誘発剤とは、医師がその人の医学的条件に合わせて薬の種類や量を微妙に調整して使うのが医療本来の姿だ。ところが日本では単純に「薬はよくない、自然は優しい」と考えてしまう人が多い。こうした風潮を背景にして、日本では、「自然周期」といって、まったく薬を使わずに卵子を1個ずつ採る体外受精が少なからず行われている。

医師によって言うことがバラバラという現状

私は、日本には不妊治療の診療ガイドラインがないことが大きな問題だと思っている。だから医師にかかっても施設によって治療方針が違い、一般のカップルは正しい知識を身につけようにも誰の主張が正しいのかわからず、困ってしまう。

不妊治療が納得したうえで安心して受けられる医療ではないなら、なかなか治療に踏み切れない人が多いのも仕方がないことかもしれない。不妊治療を医療として正しく捉えられる人が増えれば、産みたい女性たちの努力はもっと実るようになるはずだ。

医学監修・浅田義正(医療法人浅田レディースクリニック理事長)
グラフはどちらも『不妊治療を考えたら読む本 科学でわかる「妊娠への近道』(講談社ブルーバックス)より転載

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