予定のない休日。ひとりでゆっくり過ごせるチャンスだけど、どうもさびしい気がする……なんてことはありませんか? アクティブに外出したり、じっくりと映画観賞や読書をする気分にはなれないけれど、何かで心を満たしたい――そんな時におすすめなのが、詩や短歌の世界です。ページをぱらりとめくれば、そこにある一文が心を豊かにしてくれるはず。
今回は、大阪・中崎町にある詩歌がメインの本屋「葉ね文庫」の店主・池上きくこ(いけがみ・きくこ)さんが、詩歌初心者でも楽しめる2冊をセレクト。
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孤独を感じるからこそ、楽しめることがある
どんな風に生きれば、孤独を感じなくなるんでしょうね。ひとりでも、誰かといても、ふと覆ってくる感情。でもそういうことを感じやすい方こそ楽しめるんじゃないかな、という本がたくさんあって、私はそれを少し知っている本屋です。
やめてくれおれはドラえもんになんかなりたくなぼくドラえもんです
ああ、なってしまいましたねこれは。ネコ型ロボットになってしまった。
木下龍也歌集『きみを嫌いな奴はクズだよ』(書肆侃侃房)から破壊力ある一首をご紹介しました。そうです。これ、短歌なんです。
もうちょっと見てみますか。
あの虹を無視したら撃てあの虹に立ち止まったら撃つなゴジラを
美しい虹がかかる町、固唾をのんで見ている人々、攻撃機が飛ぶ音、一縷の望み。映画のワンシーンのようにくっきりと浮かび上がってきます。そして、それを想像している澄んだ目をした誰かの存在も浮かび上がってくるよう。
『きみを嫌いな奴はクズだよ』は、くすりとした笑いがあったり、日常の気づきがあったり、気づかないふりしていたことを突きつけられたり、ちょっと感動したり。あとがきまで一冊まるごと楽しい本です。まあでも、言ってみればそういうおもしろい本はいくらでもありますよね。
この本のすごいところは、一冊を通して読むことによって、あなたの感覚が「木下龍也」の目を通したものになる、というおもしろさにあります。短歌の知識ゼロのままで、素直に楽しんでいただきたいです。見えなかったものが見える、見てみたくなる、という感覚を。
風のはじまりを止めようとして差し出した右手で風をはじめてしまう
ということで、私は詩歌をメインとした本屋をやっています。詩歌とは、詩・短歌・俳句・川柳などをひとまとめにした名称です。
詩歌っておもしろい本がたくさんあるのに、知る人ぞ知るの世界で、まあその狭い世界を攻めてる感がたまらないんですが、この本もっとたくさんの人に読んでもらいたいなぁ、とニヤニヤしながらため息をつくことも少なくありません。
同じ時代を生きる、言葉に敏感な人たちが、切磋琢磨して作り上げていく世界に魅せられてから、私は憑りつかれたように本を集めています。
イラスト×短歌で魅せる一冊
詩歌はよく分からないけど一冊何か買ってみたい、という方に必ずおすすめしているのは、安福望『食器と食パンとペン 私の好きな短歌』(キノブックス)です。
好きな短歌を絵にするようになったイラストレーターの安福望さん、その短歌×イラストブログが話題となり、一冊の本になったもの。
安福さんの”好き”フィルタを通して集められた歌は、いろんな想像ができる余地のようなものがあって、安福さんのやさしいイラストが添えられることで輝きを増します。
縦書きの国に生まれて雨降りは物語だと存じています(飯田和馬)
会えない人はみんなきらいだ眠ったらぜんぶ忘れる話はすきだ(嶋田さくらこ)
骨格の差異が答えとしてあれば答えあわせの抱擁である(小野みのり)
これらの歌に、安福さんはどんなイラストを添えたのでしょう。気になった方はどうぞめくってみてください。短歌に魅せられたひとが、のびのびと描く“好き”の幸福感たるや。
言葉でゆっくりと、心を満たして
忙しい日々、やっときた休日。コーヒーでも淹れて、ちゃんとひとりになれていると感じながら、本を眺めてみてください。しおしおになっている心にゆっくりと満たして。風のはじまりを止めに、外に出てみるのもいいかもしれませんね。