30歳のあなたが生まれた頃、日本で人気だったワイン
初めまして〈ウートピ・ワインラボ〉所長のウキタです。のっけからクイズです。
今から30年ほど前の1970年代後半から80年代にかけて、日本の輸入ワインのシェアをフランスワインと競り合っていた国はどこ?
正解はドイツ。
30代のウートピ読者の多くが生まれた頃、日本では今では想像できないほどドイツワインがたくさん飲まれていたのです。ウートピ読者の親世代にあたる50代以上の人なら〈マドンナ〉という銘柄に甘酸っぱい思い出があるはず。
マドンナに代表される、ちょっと甘くてフルーティなドイツの白ワインが「初体験」になって、そこからワインの世界に入っていった人は少なくありませんでした。ドイツと言えばビールの国というイメージが強いかもしれないけど、70年代半ばから80年代の前半にかけて、ドイツはワイン造りにテクノロジーを取り入れ、世界をリードする存在だったのです。
ところが80年代後半、バブル期に入ると、世界各国のワインに注目が集まり、ドイツワインの牙城はあえなく陥落。続いて起こった赤ワインブーム、アメリカなどニューワールドのパンチの効いたワインの台頭の陰に隠れて、ドイツワインは秋の夕日のごとく急速にそのシェアを減らし、「マドンナのときめき」もいつしか遠い思い出に……。
現在は7位に落ちたドイツワイン、ところが…
ちなみに2015年の輸入ワイン量ランキングではチリが史上初めて第1位に躍り出て話題になりましたが、2位以下は、
2位 フランス
3位 イタリア
4位 スペイン
5位 アメリカ
6位 オーストラリア
と続いて、ドイツは第7位。
どうりでカフェやスーパーではほとんどドイツワインを見かけないわけです。しかし、それはあくまでも日本市場でのこと。ドイツワインは僕たちが浮気している間に EUの波に揉まれ、地球温暖化による環境の変化にも見事に適応し、造り手は世代交代。ワインの製法も味も、現代人の好みと食習慣に合わせて大きく変容していたのです。
ドイツワインの最前線に潜入
では、2016年の今、ドイツワインはどんなふうに進化をとげているのでしょう?私、ウキタは今年6月その最前線に潜入してきました。
不敵な笑みを浮かべる酒神バッカスの首像のまわりに続々集まってきたのは、世界各国のワイン・ジャーナリストたち。その数50人ほど。国籍はアメリカ、イギリス、オランダ、カナダ、フィンランド、デンマーク、ロシア、ポーランド、香港、中国、そして僕たち日本。その顔ぶれを見ればドイツワインが世界のどのあたりで飲まれているかが想像できます。
この日のウェルカムドリンクはリースリングのゼクト(スパークリングワイン)。よく造られたゼクトは華やかで優しく、フランスのシャンパーニュやスペインのカバとはまた別の魅力があるのです。
ここでのミッションは、「ジェネレーション・リースリング」を調査すること。10年前に結成された若手ワインメーカーの組織で、新しいドイツワインのきらめき、フットワークのよさを象徴する存在です。
今やドイツは「ビールの国」より「ワインの国」?
ワイン生産者たちを訪ねる前にちょっとだけドイツワインについてお勉強しておきましょう。
ドイツワインの生産量は年間約1000万ヘクトリットル(1hl=100リットル)で世界第9位。世界市場におけるシェアは4%ほどです。ドイツで生産されるワインのうち輸出されるのは約15%、残りの約85%は国内消費、つまりドイツ人が自分たちで飲んでしまうのです。
「ビールの国」というイメージが強いドイツですが、2001年にはワインへの出費がビールへの出費を追い越し、今もその差は広がり続けているそう。これはドイツ人がビールよりもワインをたくさん飲んでいるというより、ワインに対して多くのお金を使っているということ。つまり、ドイツ人は「安ワイン」ではなく、「良質なワイン」を飲んでいるわけです。
ドイツは寒いからこそ、すごいワインができる
ドイツ国内には13のワイン産地があります。ワイン産地が集まるのは、北緯50度前後の地域。ドイツの国土の中では南の方ですが、これは日本近辺でいうとサハリン(樺太)の中央部と同じくらい。ブドウが栽培できる土地の「ほぼ北限」です。
ドイツワインの魅力は、「ほぼ北限」で作られていることから生まれます。
「ほぼ北限」であるとは、気候が涼しいということ。涼しい土地で栽培できるブドウの品種は限られていて、南ヨーロッパで栽培されているグルナッシュやサンジョヴェーゼといった品種はドイツでは育ちません。逆に言えば、寒冷地に適応したユニークな品種で勝負できるわけです。そして、このことがドイツワインに他にはマネできない魅力を与えているとも言えます。
覚えておいてもらいたいのは、「あらゆるワイン用のブドウ品種は、そのブドウが耐えられるギリギリの寒さの土地で最高の結果をワインに与える」ということですね。
長い午後の日差しがワインの「うっとり感」を生み出す
ブドウの実が熟していく時、一番大事なのは何でしょう?
正解は、日照時間。緯度が高いということは、ちょうどブドウの実が熟れる夏から秋にかけて太陽の出ている時間が長くなるということ。北欧に「白夜」と呼ばれる現象がありますが、あれと同じ原理です。初夏のドイツの日の入りは午後9時20分くらい。同じ時期、南ヨーロッパの日の入りは午後8時40分くらいですから、かなりの差ですね。
飲んで思わずうっとりしてしまったワインって、ありませんか? あの何とも言えない「うっとり感」はフェノール類という成分によって演出されているんですが、フェノール類は日照時間が長いほど、たくさんブドウの実に蓄積されます。そう、「うっとり成分」が多いという点でも、ドイツワインは有利なわけ。
ほうら、だんだん飲んでみたくなってきたでしょう? 「ワインは、知ってから飲むと、グンと味わいが増す」それが、今回の連載で私、ウキタがみなさんにお伝えしたいこと。この連載を読むうちにあなたも知らず知らずのうちに自分のための一本を自信を持って選べるようになりますからね。
取材協力:Wines of Germany
写真:Taisuke Yoshida