誰もが羨むような容姿と能力を兼ね備えた、理想の子どもを産むことができたら……。まさに“禁断”ともいえる欲望を叶えるのが、遺伝子組み換えによって望む通りの子どもを創り出す「デザイナーベイビー」。生命情報学がご専門の国際医療福祉大学助教、筒井久美子(つつい・くみこ)先生によると、このデザイナーベイビーも実用段階に入っているといいます。
最高の容姿と能力を兼ね備えた“理想のベビー”
知る人ぞ知る「デザイナーベイビー」最先端の国といえばイギリスです。イギリスでは、受精後2週間までの受精卵を遺伝子改変することが許可されています。もちろん「改変した受精卵を母体へ戻してはいけない」「受精後2週間が経ったら廃棄する」と法律で決められてはいますが、それを守れば遺伝子をどう組み換えようが思うがまま……というわけです。
もしかしたら水面下でとっくにデザイナーベイビーが生まれてしまっているのでは?と勘繰りたくなるほど、遺伝子組み換え技術は進歩しています。理論上、目や髪の色といった容姿から、集中力、積極性、好奇心といった能力を最強レベルにまで引き上げることができるんです。
SFではよく「人類vs.圧倒的なパワーを持った新人類」の戦いが描かれますが、遺伝子改変によるエンハラスメント(能力強化)を重ねることで、そうした「新人類」が本当に生まれてくるかもしれません。そして、それを可能にする遺伝子改変技術が、今もっともホットといわれる「ゲノム編集」なんです。
精度で遺伝子を切り貼りできる
ゲノム編集とは、特定の遺伝子を一個単位で切り貼りして組み替える技術です。ハサミで遺伝子を自由自在に切り、のりでぺたぺた貼っていくようなイメージですね。デザイナーベイビーに関わる実験のみならず、海外ではHIVや白血病の治療にも活かされています。
具体的には、HIVウィルスがヒトの免疫細胞に寄生する際、寄生できないように遺伝子を編集して細胞の形を変えてしまうんです。HIVウィルスは細胞にある突起のような部分を足掛かりにして寄生するので、その突起の形を変えさえすれば、ウィルスは寄生することができません。実際、ゲノム編集によって、30年間ずっとHIVに悩んでいた患者が急に回復したというニュースがありました。
白血病についても、本来ならきちんと対になっているはずの遺伝子の関係が崩れ、妙な形でくっついてしまうことが原因で発症する場合があり、そのターゲット遺伝子を編集することで治療を行います。
遺伝子をメディア化する試み
病気の治療だけではありません。Googleではゲノムの膨大な記憶容量を逆手にとって、なんとヒトの遺伝子に文字を刻む、すなわち遺伝子をUSBメモリのようなメディアとして利用する試みまで行われています。
いずれ、顔すら見たことのない何十世代も先の子孫に、遺伝子を通じて「愛してるよ」なんてメッセージを送る日が来るかもしれません。遺伝子デザインに関わる技術には、無限の可能性があるんです。
デザイナーベイビーが当たり前になったら?
しかし、デザイナーベイビーが普通になると、家族関係のあり方も変わってくるかもしれません。
文字通り子どもを作れるということになると、「子どもはふたりの愛の結晶」という概念が崩れます。また、大人になるにつれ、「○○ちゃん、お母さんに似てきたわねー」「お父さんそっくりだ」と言われて喜んだり何とも言えない気分になったりしますが、「親子は多かれ少なかれ似ている」ということが家族の絆を深めるひとつの要因であることを考えると、親子の情や「渡る世間は鬼ばかり」のような仁義なき嫁姑戦争はごくごくあっさりしたものになるのではないかと思います。
生物としての生存競争においては、逆にデメリットになる可能性すらあります。
日常生活では役に立たなくとも、特殊な環境下で生き抜くための一助となる遺伝子が存在します。そんな、一見役立たずの遺伝子をどんどん取り除いた「完全無欠」のデザイナーベイビーは、ひとたび天変地異に遭えば途端に生きられなくなる、生物としては脆い存在になるのではないでしょうか。
人間の悲願であるデザイナーベイビーか、それとも種族伝統の有性生殖か。どちらがヒトに恩恵をもたらすのか、いまだに議論は尽きません。