CA(客室乗務員)など多くの女性が働く、日本航空株式会社(以下、JAL)。「女性活躍推進法」が制定され、今まで以上に女性が働きやすい環境づくりが求められているなかで、JALが今、力を入れているのが、新しい上司像「イクボス」の育成です。
なぜ、真っ先に上司の意識改革に着手したのか? 人事部・ダイバーシティ推進グループのマネージャーである宮下雅行(みやした・まさゆき)さんと、運航本部・777運航乗員部・業務グループのグループ長である久保理(くぼ・おさむ)さんにお話を伺いました。
働きやすさのカギは、上司が握っている
―「イクボス」は昨今よく聞かれる言葉ですが、正しい定義までは広まっていないように思います。
宮下雅行さん(以下、宮下):「イクボス」とは、職場で共に働く部下やスタッフのワークライフバランスを考え、その人のキャリアと人生を応援しながら、組織業績としても結果を出しつつ、みずからも仕事と私生活を楽しむことができる上司(男性に限らず女性も含む)のことを指します。これは「イクメン」を広めたNPO法人ファザーリング・ジャパンが打ち出した言葉です。
――なるほど。女性活躍推進のために、女性社員や子育て世代の制度を充実させる企業は多いですが、まず「上司のあり方」を見直した企業はめずらしいと思います。上司をターゲットにした狙いはどこにあるのでしょうか?
宮下:女性には制約のある環境で仕事をしなければならない期間があります。それは個人の力だけで乗り越えるのは難しく、家族や祖父母、地域社会、ひいては会社を巻き込んで乗り越えていくべきことだと思います。そこで、会社で一番のキーパーソンとなるのは上司です。まずは上司の意識改革に取り組まなければならないと考えました。
一番難しいのは、仕事オンリーで生きてきた上司の意識改革
――上司世代は高度経済成長期に仕事オンリーで働いてきた方々が多いと思います。失礼ながら、「家庭のことは何もやってない」「子育ては奥さんにまかせっきりだった」という方もいるのでは? そういった方々の意識を変えるのは、並大抵のことではないと思いますが……。
久保理さん(以下、久保):現場でも、そこが一番難しいテーマだと感じています。長時間労働で成果を出してきた世代が今までの仕事人生の価値観を見直すのは簡単なことではありません。正直、私自身もはじめの頃は「早く家に帰ってもやることがない」なんて感じていました(笑)。でも、まずは用がなくても早く帰ることから始めて、自分自身を変えていかなければならない。上司みずからがモデルになって、部下に示していかなければならないと思いました。
上司の「イクボス度」を部下がチェック
――「イクボス」の育成や意識統一のために、具体的にどんな取り組みを行っているのですか?
宮下:新任管理職研修や、グループの管理職全員を対象にした人財育成研修に加え、人事部を加えた面談などを定期的に開催しています。具体的には、入社5年以上かつ35歳以下の女性部下を持つ上司、人事部門にて面談を行い、部下の現状をきちんと把握しているか、部下のキャリアパスをどう描いているかなどを定期的に話し合っています。
久保:この面談を受けると、「自分は本当に部下のことを考えているのか?」という疑問がわいてきます。「聞かれる→答える」を繰り返すことによって、部下一人ひとりの状況に合わせた質と量の仕事を与え、成長の機会を与えているのだろうかと、深く自問するようになるんです。
また、自分の部下について人事部の意見を聞くこともできるので、部下のことを客観的に把握でき、人財育成のヒントも得られます。
――部下にも「イクボス」の取り組みを理解してもらう機会をつくっているそうですが、具体的にはどんなことを行っているのですか?
宮下:グループ会社を含む全社員を対象とする、スキルアップワークショップを開催しています。その中で例えば、「イクボス度自己診断」というものがあるのですが、上司は自分の「イクボス度」を自己診断し、部下は上司の「イクボス度」をチェックすることができます。部下がチェックしていると思うと、上司としてはプレッシャーですよね(笑)。また、上司が取り組んでいることを部下にも知ってもらう場を設けることで、より効率的な相互理解を目指しています。
若いうちから、ライフイベントに備えておくことが大事
――自己改革に部下からのチェック……JALの上司の方々は大変ですね(笑)。
宮下:それこそが管理職というものです(笑)。大切なことは、制約がある社員に対して「〇〇だから無理」と決めつけるのではなくて、どうすればできるかを考えることだと思います。「イクボス」の取り組みを通して、子どもがいて夜の自由がきかない人のことを考慮して送別会をランチタイムに開催したり、プロジェクトの打ち上げを会社周辺ではなく、子連れで参加しやすい場所に変更したりというエピソードが増えました。
久保:「イクボス」の取り組みを通して、JALの上司の意識は確実に変わってきていると実感しています。私の部署の部下はまだ若くて独身ですが、これからさまざまなライフイベントを迎えると思います。そのライフイベントを迎える前から、しっかり意識を持ってそなえておくことが非常に大事なのだと、会社の取り組みを通して実感しました。
取材を終えて
制約のある社員が働きやすい環境を整えるために、まずは、上に立つ者が変わるべきと考えたJALの「イクボス」の取り組み。そこに貴重な志を感じました。「イクボス」の取り組みは単なる女性支援で終わるのではなく、多様なバックグランドをもつ人材が育つことで、企業の価値や競争力を高めようという、壮大なプロジェクトにつながっていくのではないでしょうか。