このたび私たちは、「ウートピ図書館」を開館することにいたしました。 ここは、皆様の寄贈により運営をおこなう私設図書館です。ウートピの主な読者層は、人生の分岐点に立つアラサーの女性。読者の皆様がもっと自由に、もっと 幸福に、人生を謳歌するための杖となるような本を収集すべく、ここに設立を宣言いたします。
失恋した時に支えてくれた本、仕事で失敗した時にスランプを乗り越えるヒントを与えてくれた本、そして今の自分の血となり肉となった本などなど。作 家、ライター、アーティスト、起業家、ビジネスパーソン……さまざまな分野で活躍されている方々の「最愛の一冊」を、人生を模索するウートピ読者のために エピソードと共に寄贈していただきます。
今回は、小説家の黒澤はゆま(くろさわ・はゆま)さんです。
『鉄のハンス』ロバート・フライ(集英社文庫)
「男って、どうしてこうなの!?」と日々フラストレーションを感じている人
「男って、わからない」
妻からよく言われる言葉だ。ゲームに夢中になっている時、皿洗いのあと床がびしょびしょになっている時、あきれたような顔をして私は妻にそう言われる。しかし、それ以上に男だって男のことをよくわかっていない。
2016年の今、「男」って何だろう?
これまで男が「すること」「すべきこと」「得意なこと」と思われていたものが月日を追うごとに一つひとつ手からこぼれ落ちていく。今はそんな時代だ。
間違いなく、今の男たちは100年前の男たちよりも優しく寛容になった。ランニングシャツで一升瓶片手に妻子を殴ったりするタイプの男なんてほとんどいない。なのに、その手の男が数百万年にわたってやらかしてきたことの借りを今われわれが返さなくちゃならないのだから、ある意味理不尽だ。
1990年にロバート・ブライという詩人が発表し、全米でセンセーションを巻き起こした本が今回ご紹介する『グリム童話の正しい読み方―『鉄のハンス』が教える生き方の処方箋 (集英社文庫)』だ。ちょっとださいタイトルだが、内容は大変ためになる。原題は『アイアン・ジョン』。現代のRPGを思わせるシンプルなジュブナイル、少年が大人になる物語だ。
物語が示唆する、男性の通過儀礼
とある王子が「黄金の毬(まり)」をついて中庭で遊んでいる。
はずみで転がった毬を追ううちに、檻に閉じ込められていた「鉄のハンス」と王子は出会う。彼は黄金の毬を取り返すため「母親の枕の下」から盗んだ鍵によってハンスを解放する。
しかし、ハンスを解放するのは、父親に逆らうことと同義。叱責を恐れた王子は、王宮から逃げ出し、ハンスと一緒に彼の故郷「真っ暗な森」に行くことにする。
森で暮らし始めた王子は、またも触るなという言いつけにそむき、その髪と指で「黄金の泉」に触れてしまう。そのため王子は森から出ていくよう言いわたされ、再びさまようこととなる。
王子は森から出ると、別の王国の下僕となった。料理番から始めて、次に庭師となる。庭師の時に姫が下僕となった王子の金髪を惚れ込む。やがて戦が起き、王国が危機に陥ると、王子は騎士団を指揮し、敵を打ち倒す。3日にわたり催された祝勝の宴で、姫は黄金の林檎を投げ、それを王子が受け取って、結婚が決まる。王子は王と姫に正体を打ち明け、姫と結婚。婚礼の場で両親と再会するのだった。
もともと詩人なので語彙は豊潤。文章はイメージを際限なく引き出し、しかも達意で読みやすい。シンプルな物語だからこそ大きなメッセージを読み取ることができる。
ロバート・ブライが使うのは、膨大な神話、古典文学、詩、民間伝承などの知識。これらをミノとハンマーにして、彼は人類普遍の魂の氷河の奥底に眠る “鉄の男”のイメージを掘り出していく。その様はミステリーやサスペンス物語にも似て、痛快ですらある。さらに、時に出てくる衒学的で楽しい横道。常に読者を惹きつけ、飽きさせない。
男性は今後、どのように生きていくべきなのか?
ブライは、男となることの大事さを説くが、決して男が女を組み敷く時代に戻れと言っているわけではない。彼自身フェミニストだし、冒頭でこう断っている。
「女性たちの価値や女性そのものを軽蔑し、数世紀にわたって抑圧してきた、どうしようもない男性魂よ、もう一度、などと叫ぶつもりもない」
彼が呼び起こすべきと言っているのは、もっと穏やかなものだ。優しく寛容で、傷ついた人に共感でき、仲間との打ち解けた話と交流を愛し、勇敢さと暴力をはっきりわきまえる。悪には立ち向かうが、善悪の判断にはことのほか慎重で、星を読み、大地のささやきを聞き分ける。鳥、獣、虫の友達で、何より女性を真の意味で愛することができる。そして、女性性を受け入れること、自分自身の中に女性性があることを認めるのをためらわない人。ブライが支持しているのはそういう男性像だ。
私は女性が自分の意志を持つということや、男性が男性性と向き合うことをテーマとしたコラムをウートピにて連載している。男が皆持っている、自分のなかの「鉄のハンス」に気付くにはどうしたらいいのか。そして、ハンスとどう付き合っていけばいいのか。
美しいステップを踏めない男に剣を持つ資格はない
「踊れない男には剣を与えるな」
これは『鉄のハンス』で紹介されているケルトの戦士のモットーだ。女性と美しいステップを踏めない男に剣を持つ資格はない。男が歌と踊りを知るにはどうしたらよいだろうか? 恋人、母親、妻、それぞれの立場から、考えながらぜひ本書を読んでもらいたい。