障害者の性について、私たちが現実を知る機会はほとんどありません。
坂爪真吾(さかつめ・しんご)さんは「新しい性の公共をつくる」べく、2008年に障害のある人たちの性の問題を解決する非営利組織「ホワイトハンズ」を立ち上げました。自力での射精が困難な男性の重度障害者に対する射精介助や、性に対する幻想や偏見を払拭することを目的としたヌードデッサン会など、全国各地で“性”に関する支援を展開しています。
参考記事:性欲を健全に昇華させ、偏見をなくす―誰でも参加できるヌードデッサン会の意義
そんな坂爪さんの著書『セックスと障害者』(イースト・プレス)が4月10日に刊行されました。射精介護の現場、障害児の性教育、風俗で働く女性の障害者といった“障害と性”にまつわるテーマをまとめた一冊です。その刊行を記念したトークイベントが4月25日、下北沢の本屋「B&B」にて開催され、ゲストとして登壇した社会学者の開沼博(かいぬま・ひろし)さんを交えてトークが繰り広げられました。普段の生活のなかでその存在さえ意識することがほとんどない、障害者のセックスという問題を私たちはどのように考えていけばいいのでしょうか?
「要介護の夫の性処理まで担えない」という妻
開沼博さん(以下、開沼):まず、射精介助についてお聞きしたいと思います。介助されたい障害者の方がいるのは想像できるのですが、介助したいという人はいるのでしょうか?
坂爪真吾さん(以下、坂爪):活動を始めた頃は、介護職の女性や、障がいのあるお子さんのいる女性が多かったのですが、最近は看護学生など、障害者と接点がない人も増えています。射精介助という言葉だけ聞くと抵抗を感じるかもしれませんが、性の理念を説明すれば、おむつ交換など基本的なケアの延長だとわかってもらえると思います。
開沼:それは、障害と接点のない人たちの間で、「射精介助=汚い」といったスティグマ(烙印)がなくなってきたということでしょうか?
坂爪:それはありますね。僕が射精介助について語るときは、「非日常で、なんだか怖いもの」というイメージにならないよう、健常者の認識と同じレベルで説明するようにしています。「普通の問題なんだから、普通にケアしていこう」と。その意識が伝わってきたのかなと感じています。
開沼:「家族だけが介護する=個人の問題」として扱うのではなく、業者や福祉など選択肢を増やすことは「介護の社会化」と呼ばれますが、それを障害者の性の問題にも応用したという感じですよね。
坂爪:そうですね。「夫の介護をしているけれども、性処理まで担えない」という妻からの依頼もあるんです。射精介助をアウトソーシングすることは、介護する側の負担を減らす意味合いもあります。
「理解を示してくれる人」を増やす
坂爪:僕は風俗と福祉の連携を提唱しているんですが、福祉の文脈で風俗を語ると、福祉の人たちが風俗の世界に入りやすくなるんです。そうやって、いろいろな人が参入して議論されることが大切だなと。
開沼:「風俗って、実は福祉の分野でもあるんですよ」と説明したら、おそらく8割の人が理解できる。しかし残りの2割は、どうしても感情論にとらわれてしまって、いくら論理的に訴えても変わらない気がするんです。例えば、「風俗なんかダメだ」と言っている人は、射精介助にも反発するのではと思うのですが、いかがですか?
坂爪:そういう信念を持って生きるのは自由ですし、きっと何をどう訴えても変わらない。であれば、理解を示してくれる8割をいかに増やすかだと思います。要は、僕たちの発言力をどうあげていくか、そこが重要だと。
意思決定ができなくても性的ケアはされるべき
開沼:坂爪さんの著書『セックスと障害者』では、障害児の性教育にも触れられていますよね。その必要性について、どう考えていますか?
坂爪:現状は、障害者が恋愛して結婚して子どもを産んで育てる、という考え自体が社会にないですよね。また、障害者のケアの担い手はどうしても家族がメインになるので、性の問題を含めて社会の側が踏み込めないという問題もあります。でも、実際には障害者の性は一人ひとり違うので、家庭以外での性教育が必要になってくるんです。
開沼:なるほど。障害者の中でも、障害が重度なのか軽度なのかでも対応が違ってきますよね。
坂爪:意思決定ができないほどの重度の障害者に対して、周囲の人が身のまわりの世話をどのくらいやるか、どこまで性的な支援をするのかという問題は以前から議論されています。僕としては、本人が意思表示できなくても、人間なら誰しもやっている、最低限の性教育や性的支援はされるべきだと思っています。しかし、支援者側に性に関する理解がないと対応できない。支援者側、健常者側の性教育が足りていないことも問題のひとつです。
“障害者と性”がネタ扱いされる現状
開沼:2008年に「ホワイトハンズ」を立ち上げてから現在まで、障害者の性に関する言論を発していく難しさを強く感じてらっしゃると思います。どう対応されてきましたか?
坂爪:言論は少しずつ変わってきているとは思います。でもやっぱり、“障害者と性”というと、メディアでは一種の「ネタ扱い」をされることが多い。平和に暮らしている健常者が「へ~、こんな問題があるんだ~」と言うだけで、議論が終わってしまう。
開沼:昨今の性言論についてはどう思いますか?
坂爪:障害者の性ってすごく多様なのに、ボキャブラリーが貧困すぎて、一言でまとめられてしまいがちです。不倫や風俗も同じで、報道の切り口が一面的ですよね。現実が複雑すぎることに反比例しているのかもしれませんが。
「わいせつかマジメか」で二極化しないために
開沼:不倫に関しても、「不倫はバンバンしちゃっていいor不倫は悪だ!」といったように、あまりにも議論が二極化しすぎていますよね。その差をどう埋めるかが課題になっていく気がします。特に若い人は性離れではなく、“性を語ること離れ”という現状があるのかなと。
坂爪:おっしゃるように、性の話になると「わいせつなものか、マジメな理念か」の両極端になっています。その中間の真空地帯を埋めることが必要で、それこそわれわれNPOの仕事だと思うんです。実際の現場を知っていて、理論も扱えて、データや経験に基づいた現状を発信できるから。
乙武さんは障害者の性を社会化した?
開沼:現場も持っていて理論も扱えるとなると、個人だと乙武洋匡(おとたけ・ひろただ)さんが思い浮かびます。彼についてはどうですか? この間の不倫騒動も含めて、彼なりに障害者の性の社会化をしていると思いますが。
坂爪:乙武さんは性的にも社会的にも自立していますよね。僕は性的な自立が社会的な自立に繋がると思っていて、「障害者も健常者と同じように恋愛、結婚、不倫、浮気をするんだ」という認識が広まることが、本当に健全な社会の姿じゃないかなと思いました。
開沼:乙武さんのあの騒動は、社会が「障害者は純真無垢な天使」といった画一的なイメージを持っていたことを逆説的に気づかせてくれた。彼にはもう一度メディアに戻ってきて、こうした問題の議論を盛り上げてほしいと期待しますよね。
坂爪:乙武さんのように当事者個人の立場で語る人も最初はもちろん必要で、その上で外側の非当事者がどのように議論に入っていくのかが重要になってきますよね。いろいろな人が障害者と性の問題に参入して議論が盛り上がれば、問題も解決しやすくなると思います。