出産ジャーナリスト・河合蘭さん

「日本の女性は何も知らされていない」出産ジャーナリスト・河合蘭さんインタビュー

「日本の女性は何も知らされていない」出産ジャーナリスト・河合蘭さんインタビュー
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日本の産科医療の分野は、私たちの想像以上に急速なスピードで技術革新が進んでいます。その一方で、当事者である女性たちは、不妊・妊娠・出産をとりまくリスクを含めた“真実”をほとんど知らされていません。近い将来、出産を考えているすべての女性が知っておくべきこととは――2016年度科学ジャーナリスト賞を受賞した作品、『出生前診断 出産ジャーナリストが見つめた現状と未来』
(朝日新聞出版)の著者である河合蘭(かわい・らん)さんにお話を伺いました。

リスクゼロの妊娠・出産などない

――将来、赤ちゃんを望む女性や妊婦さんは、一体何を知らされていないのでしょうか?

河合蘭さん(以下、河合):妊娠すれば誰しも「健康な赤ちゃんが生まれますように」と願います。ただし、母体も安全で子どもも健康であることを100%保障されている人は、若い妊婦さんでもいないのです。「おなかの赤ちゃんは先天的な病気を背負っているかもしれない。妊娠とはそういうものなんだ」という事実を女性たちは知っておくべきだと思うんです。

先天異常を持つ赤ちゃんが生まれる確率は、新生児全体の3~5%。そのほとんどは家系に関係なく、世界中すべてのカップルに起こりえます。

見ようとしなくても「見えてしまう」先天異常

――著書では、妊婦が受ける検査内容の説明不足についても言及されていますね。

河合:はい、検査の内容についてよく理解しないまま受けている妊婦さんは非常に多いと感じています。たとえば、妊娠初期からあたりまえのように受けている超音波検査。これが、「命の選別だ」と世間でその是非が議論されている「出生前診断」のひとつであると認識している妊婦さんはほとんどいないのではないでしょうか。

――超音波検査といえば、「おなかの赤ちゃんの様子が見えるし、画像のプリントアウトももらえてうれしい」と、毎回楽しみにしている人も多いと思うのですが……。

河合:そのとおり。でも、妊婦さんが超音波検査を楽しみとしか思っていない国は、日本以外にあまりないと思いますね。超音波検査は確かに楽しい検査ですし、妊娠が順調で胎児が元気に育っているかを確かめる必須検査になっています。ただ、この情報量が多い検査からは、消化管の閉鎖や水頭症をはじめ、染色体疾患の兆候などが容易に見つかります。見ようとしなくても「見えてしまう」のです。産科医療の技術革新は日進月歩で、これからはもっとさまざまな病気が一般の妊婦健診でもわかるようになるでしょう。

東尾理子さんが受けた出生前診断とは

――出生前診断に関する検査では、羊水検査*や母体血清マーカー**検査などは希望者だけが受けるものとして比較的認知度が高いですね。

河合:「クアトロテスト」などの名前で広く普及している母体血清マーカー検査の話でいうと、日本でも数年前、プロゴルファーの東尾理子さんが受けて「ダウン症候群の可能性が高い」と言われたたことが話題になりました。ただ、彼女は「この検査の内容についてよく理解しないまま受けていた」ともおっしゃっています。

*羊水検査…母体の腹部に穿刺して羊水を採取する確定的検査。染色体疾患全般を調べる。
**母体血清マーカー検査…母体の採血による非確定的検査。21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー、開放性神経官奇形を調べる。

――母体血清マーカー検査の陽性的中率はどれくらいなんですか?

河合:この検査を35歳の人が受けた場合、ダウン症候群の陽性的中率はわずか2%しかなく98%の赤ちゃんは実際にはダウン症候群ではありません。また40歳では陽性的中率が10%で、実際の発生率は約1%。つまり、10人に1人の確率で陽性判定(スクリーニング陽性)が出るけれど、実際にはそのうち9人にはダウン症候群はありません。

自分が受けようとしている検査でわかる病気はどんな病気なのか、陽性とされる率と実際の発生率はどれくらいなのか、かかりつけ医からきちんと説明されず、紙切れ一枚を渡されて「受けるかどうか決めておいて」と簡単にすまされているケースも多いですね。

パニックになり確定診断を受けずに中絶する妊婦さんも

――事前に検査の詳細を「知らされていない」ことによって、妊婦さんにはどんなデメリットがあるのでしょう?

河合:気軽な気持ちで超音波検査を受けたのに、「染色体疾患の兆候が発見されました」と言われ、突如深い悩みの渦に放り込まれてしまう……こういう妊婦さんは決して珍しくありません。そこからはひとり不安にさいなまれ、スマホで毎日検索ワードを打ち続けるというつらい日々がやってきます。

超音波検査は、確定診断のために羊水検査が必要なんです。でも、親戚などから「そんな子を産んだら大変だ、中期中絶*になる前に決断を」と促され、羊水検査を受けないまま、妊娠を中断するケースもあると思います。パニック状態に陥った妊婦さんやご家族がどういう行動をとっているのか……見えないところで妊婦さんが孤立して悩み苦しむという問題は、いまも日本のどこかで起きているはずです。

*中期中絶…人工的に子宮口を開き、薬で陣痛を誘発して出産しなければならない。

ケア不足は医療現場が忙しすぎるから?

――妊婦への情報提供が足りない原因は、日本の産科医療現場の忙しさにありますか?

河合:いまはそれで済まされてしまっているんだと思います。「そうはいっても、現場の忙しさを考えるとやむをえないんですよ」と産科の先生たちの多くはおっしゃる。確かにそうなんですが、当事者である妊婦さんたちに大きな“しわ寄せ”が及んでいる事実に一種の「慣れ」が生じているようにも感じます。

しかし、産科医療現場が忙しいのは日本だけではありません。「じゃあ海外ではどうしているの?」というと、医師の仕事を助産師さんや看護師さん、カウンセラーなど他の職業の人たちにどんどん任せているんです。情報提供やカウンセリングを必要とする妊婦さんたちは、すみやかに専門家に相談できるというシステムができている。

イギリスでは、検査前の説明は助産師さんの仕事です。日本にも「遺伝カウンセリング」といって、サポートを必要とする妊婦さんをケアする受け皿はあるのですが、人手が足りず、きちんと整備されている状況とはいえません。

これから産む人が持つべき「知る」覚悟

――2013年に日本でも開始された新型出生前診断NIPT*は、2015年12月までの検査件数が2万7696件になりました。あえて「知りたい」と願う妊婦も、確実に増えてきています。

河合:知ることは怖いことでもあるし、必ずしもハッピーなことではありません。とくに出生前診断でおなかの赤ちゃんの先天性疾患の可能性を「知る」には、とても勇気がいります。それでもやっぱり、技術革新にともなって「自分の子どものことだから知っておきたい」と考える人は増えていくでしょう。

*NIPT…母体の採血による、精度の高い非確定的検査。21トリソミー、18トリソミー、13トリソミーを調べる。

妊娠前から“正しい情報”に触れる

――近い将来、出産に望む人たちは、どのような姿勢を持つべきですか?

河合:妊婦さん自身も情報提供をただ待つだけでなく、妊娠・出産に関する正確な情報を「知る」努力をして、「わかってしまう」覚悟をもっていただきたいですね。できれば、妊娠前から。そして情報源も大切です。ネットは便利ですが、誰が発信しているのか不透明なものが検索サイトの上位にたくさん来ています。間違った情報も多々あります。一方、書籍や雑誌などの印刷媒体は、ネットに較べればまだ精度が保たれていると感じています。

これだけ医療が進み、最先端の技術がたくさん妊娠・出産の現場に入ってきた。その中で、当事者である女性たちに「知らせない」という選択肢はいまやありえないと思うんです。妊娠・出産に関する判断は、お母さん本人によってなされるべきです。情報をきちんと開示したうえで、さまざまな判断や決断を妊婦さん自身ができる、そんな産科医療や社会がつくられていくことを望んでいます。

(江川知里)
(写真=小松勇二)

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