32歳リリコの最悪な1日
「ま、待って〜!!!!」
目の前で終電が行ってしまった……。普通こういう時って、待ってくれないものだろうか? 呆然と立ち尽くす私を見て「あっ」という顔をした後に、駅員は目をそらした。
「……最悪だ」
毎日毎日残業で、終電もしくはオフィスのソファで明け方に仮眠の生活。小さなデザイン会社だから多くは望めないってわかっているけど、やればやるほど仕事は増えていくのに、残業代はもらえない。早く結婚して会社辞めたい、って毎日思っているけれど、そもそも相手もいないし、今どき人生上がれる結婚なんて遠い夢のまた夢だ。
今日はとにかく最悪な1日で、朝から先輩には怒鳴られ、こうして終電を目の前で逃した。なかでもヘビーだったのは休み時間に謎の電話番号から「滞納金が膨れ上がっています」って電話があったこと。聞いたこともないような会社からの取り立て電話に、目の前が真っ暗になってしまってしばらく仕事が手につかなかった。
エリカちゃんが駅のトイレに降臨
とりあえずタクシー乗って帰んなきゃ、と思って財布を見たら300円しか入っていない。30過ぎてこんなだなんて、あまりにも情けない。涙が出てきてしまって、慌てて駅のトイレに駆け込んだ。
あー、私、こんなんでいいのか。想像していた32歳はこんなんじゃなかった。もっとバリバリ稼いでて、注目されるデザイナーになってて、井浦新似のイケメンと結婚してて、奨学金だってちゃんと毎月しっかり返してるはずだった。涙は後から後からこぼれてくる。カランカランとトイレットペーパーを巻き取り涙と鼻水を拭いて、便器に投げいれる。
と、タンクの上に文庫本ぐらいの大きさのぶ厚い本が置いてあることに気がついた。引き寄せられるように手に取る。
「ポケット六法全書……?」
どうやら小型の「六法全書」らしい。しげしげ眺めていると突然手の中で本が白っぽく光りだした。
「何これ!?」
目の錯覚?と思っているうちに真っ白な光は強くなり、もう眩しくて目を開けていられない。何が起こったのかわからなくて、とにかく本を放り投げた。

「ちょっと〜、痛いんだけど?」
すぐに光は消え、目を開けると閉じた便器の上に腰をさすりながらこちらを睨みつけているリカちゃん人形サイズの小さな人がいた。
「え……?」

「何も投げることないでしょ? 腰打っちゃった」
お父さんお母さん、とうとう私、おかしくなっちゃったみたい。小人が見えます。ストレスでおかしくなっちゃったんだ、きっと。再び涙が目に盛り上がってくる。
「うわあああ〜ん! お父さん、お母さん、親孝行できなくてごめんなさい〜私もうダメみたい〜」
神様のキャンペーンに見事当選

「ちょ、ちょっと何? やだ、そんな泣くことある?」
「ひいいいっ!喋った〜〜もうダメだ〜〜〜〜〜」

「ねえ、落ち着いてよ。あなた、よくめんどくさいって言われるでしょ?」
「……は?」

「図星ね。私はオピストコエリカウディア・スカルジュンスキィ。『六法全書』の妖精よ。エリカちゃんって呼んでちょうだい。あなたリリコちゃんね?」
「あ、はい……」
明日は朝一で病院行こう。やっぱりこんな生活無理があったんだ。それにしても自分の精神がここまで参っていたなんて……。

「あ、言っておくけど、あなたの頭がおかしくなったわけじゃないわよ。私、ちゃんとここにいます。頭撫でてもいいわよ」
「……結構です」
霊的なものだったらそれはそれでやばい。トイレで首をつったOLの地縛霊かもしれない。そっと手を合わせて、うろ覚えの念仏を唱えてみる。

「霊でもないから成仏とか除霊のシステムもないわよ。初見の人って、だいたいそうなのよね〜。慣れてるから別にいいんだけど、こっちとしても、妙齢女子としてっていうのかな、まあ、いい気持ちはしないよね〜」
「……」

「あのね、あなた、当選したの。簡単に説明すると、あなたたちで言うところの神様が今キャンペーンをやっていて、不幸で不憫な人を無作為に選んで、アドバイザーとしてその人に必要な妖精つけてくれるのね。それであなたのところに『六法全書』の妖精である私が来たってわけ。リリちゃん、これからよろしくね!」