成長期の少女が前線に赴く
「わたしは、戦線に行ったときまだ小さかったの。だから戦争中に背が伸びたくらい」
1941年6月22日、硬直した対英戦線の打開のため、ドイツ軍は国境を越えソ連へとなだれ込みました。
人類史上最大、最悪の戦争と言われる独ソ戦の始まりです。ヒトラーとスターリン、残酷非道な独裁者同士の殴り合いは、一切の情け容赦がなく、投下された火力と共に、蕩尽された人命も桁違い。戦争を通じて、ドイツは400万~600万人、ソ連は1500万人~3000万人の死者を出したと言われています。
ソ連が女性兵士の活用を開始した背景
戦前、ソ連とドイツは不可侵条約を結んでいたため、ドイツの攻撃は完全な不意打ちとなりました。全戦線でソ連は敗退。戦争を通じて「一つの世代が消えた」と言われるほどの損失をおぎなうため、ソ連は戦争の初期から男の代わりに女性兵士を活用するようになります。その数は、80万人とも100万人とも言われ、軍務も衛生指導員、狙撃兵、機関銃射手、航空兵、高射砲隊長、工兵など様々。その多くが志願してのもので、彼女たちは国のためというより、もっと魂に近い、かけがえのないもの、ロシアの大地を守るために、自ら前線に赴きました。
歌いながら、花の電車に乗って戦地入りした少女たち
夏の盛り、看護婦の少女は、前線へ行く途中停車した駅で水汲みに降りた際、次々と過ぎ行く電車が女の子ばかりなことに驚いています。彼女たちは、少女に向かって、明るく歌を歌い、スカーフや飛行帽を振りました。しかし、女の子たちを載せ、花と葉で美しく飾られた電車が進む先に待っていたのは、あまりに凄惨で恐ろしい現実でした。
戦場での、凄惨な少女兵士の扱い
「仲間の看護婦が捕虜になってしまったんです……目はくりぬかれ、胸が切り取られていました……杭に突き刺してありました……零下の厳しい寒さで、顔は真っ青、髪は真っ白。十九歳だったのに」
「操縦士が見える、その顔が。女の子だ、と気がつく……衛生輜重で女の子ばかりだって……にやにや微笑みを浮かべているの。愉しんでいるのよ……恥知らずな恐ろしい笑い……美男子だったわ」
初めの頃の戦況は最悪。飛行機も戦車もなく、文字通り徒手でドイツ軍に立ち向かいました。
「生涯忘れられないのは……味方の兵士たちがライフルだけでドイツ軍の戦車に飛びかかっていったこと……。銃床で装甲板をたたいているのを見たことよ。たたいて、わめいて、泣いてたわ、倒れるまで」
自軍の男兵士たちの無理解
敵だけでなく、女性たち自軍の男達の無理解ともは闘わなくてはなりませんでした。軍服は男用しかなく手が袖から出ない、軍靴もぶかぶか。下着も初めは男用のみ。射撃主だったある女の子は、戦争で一番恐ろしいことは死ではなく、男物のパンツをはいていることと語っています。
最も困ったのは月のもの。長い行軍の間、彼女たちは柔らかい草を探して、その跡を拭いました。女性たちが進んだあとには、赤いしみが残りましたが、男たちは気づかぬふりをしました。
「わたし達は二億人いる」女性兵士の待遇の改善
それでも、女の子たちは、男どもの無神経さも乗り越えて軍のありとあらゆる分野でその才能を発揮しました。狙撃兵のニーナ・ロブコヴスカヤは300人以上のドイツ兵を射殺し、また、リディア・リトヴァクは12機ものドイツ機を打ち落とし、世界初の女性エースパイロットとなりました。
パルチザンとなったゾーヤという少女はドイツ軍に捕らえられ、凄絶な拷問のあと、街の広場で縛り首になりました。しかし、最後の瞬間、叫びます。
「わたし達は二億人いる。決して、決して、全員を縛り首にするなんて出来ない!!」
奮戦する彼女たちの姿に最初は抵抗していた男たちも次第に受入れはじめます。戦闘に参加した女性たちは口をそろえて男たちは立派で、敬意をもって接してくれたと語っています。男たちは砲弾が降ってくると、必ず女性をかばい、食料はまず女性に分け与えました。
女性の存在は戦場にいる全ての男達にとって救いだったようです。ある瀕死の将校は、看護師の女の子に乳房を見せてくれるよう頼んでいます。戸惑いながら、彼女がそうしてあげると、将校は微笑みながら死んでいきました。
戦地でも生き残った、女性としての存在の根絶できない部分
男にとって女が希望だったように、女性にとっても女であることは大事なことでした。時にそれは自分自身が戦争そのものにならないための最後の砦だったのです。
小鳥、馬、朝焼けの美しさ、スミレの花、黄色いドレス、空色の待雪草、小枝で作ったピン、ウールのワンピース、音楽、歌、ゲットーのユダヤ人の少年と少女のキス、そして涙。
彼女たちの目は、それら奇跡のように焼け残った小さく優しく美しいものたちを、驚くべき解像度でとらえています。「美しさ」それはスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチが述べたように、「女性としての存在の根絶できない部分」、女の前の女、女性の本性なのでしょうか。
ソ連の逆襲劇
破竹の勢いだったドイツ軍はナポレオンも屈したロシアの冬のためモスクワに突入することが出来ず、1943年5月スターリングラードの戦いでは、9万人もの捕虜を出して敗退します。この戦いが戦争の形勢を分ける分水嶺となりました。
ソ連は怒涛の逆襲を開始。女たちも、かつてサマルタイの女性戦士が進んだ道をたどり西へ西へ。ロストフ、ハリコフ、そしてクルスクの大戦車戦。ファシストの軍団をソビエトの女は次々に打ち砕き、1945年5月にはついにベルリンを陥落させ、ヒトラーの野望を打ち砕きました。
勝利の後の女達
しかし、勝利の代償も大きく、スターリングラードの白百合と呼ばれ、お下げ髪を切られることを最後まで嫌がったリディア・リトヴァクは壮絶なドッグファイトの末戦死。同じ学校から出征し、コナコヴォ組と呼ばれていた戦車隊の仲良し五人娘は一人を除いて皆死にました。
生き残った者たちも皆体と心に傷を負います。ある少女は脳挫傷のため片耳が聞こえなくなり、ある少女は24歳で自律神経が全て壊れ、ある少女は母親でも見分けのつかない面貌になりました。戦中に生理が止まり、そのまま子供が産めないからだになった女性もいます。
男たちも戦争が終わると掌を返したように冷淡になりました。英雄となった男たちは、かつての戦友を結婚相手には選ばなかったのです。
故郷に帰った女戦士達を待つ仕打ち
「彼女は香水の匂いがするんだ、君は軍靴と巻き布の臭いだからな」
戦争に行かなかった女たちはさらに辛辣でした。
「で、戦地ではたくさんの男と寝たんでしょ? へええ!」
「戦地のあばずれ、戦争の雌犬め」
やっと帰った実家を母親の手でたたき出された女性もいます。そして、こうした仕打ちから男は女を守ってくれなかった。自分たちだけで勝ったような顔をして。
「立派だとか、尊敬とか言ってるけど。女たちはほとんど全員が独身のままよ……共同住宅に住んでいるわ。誰が彼女たちを哀れんでくれた? 守ってくれたの? どこにあんたたち隠れてたの? 裏切者!」
本当に戦いに“勝った”のは誰か?
戦いの最中も、そのあとも女たちは涙を流し続けました。しかし、それでも彼女たちが戦争の間、守り続けたもの、男がすぐに忘れてしまう、気持ちや優しさ、慈しみ、それは本当に尊くかけがえのないものでした。
衛生兵だったナタリヤは戦争の終盤、捕虜となったドイツ人少年の捕虜に、パンを分け与えました。
「信られないの……。信じられない……信じられないのよ。私は嬉しかった……。憎むことが出来ないということが嬉しかった」
もし戦いに勝つということが、相手を破壊することではなく、最後まで人間らしくあり続けることなのだとしたら、たとえ何一つ報われることがなかったとしても、彼女たちはヒトラーにも、スターリンにも、すべての男たちにも打ち勝ったのです。
参考文献:『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、群像社)/『どくそせん』(内田弘樹、EXCEL著、イカロス出版)/『バルバロッサ作戦』(パウル・カレル著、学研M文庫)/『焦土作戦』(パウル・カレル著、学研M文庫)/『ヒトラー対スターリン 悪の最終決戦』(中川右介著、ベスト新書)
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