DV(ドメスティック・バイオレンス)という言葉をよく耳にするようになって久しいが、「デートDV」という言葉を聞いたことある人はどれくらいいるだろうか。内閣府が平成26年度に行った「男女間における暴力に関する調査」によると、女性の約5人に1人がこのデートDVの被害を受けたことがあるという。
そんな深刻な実態とは裏腹にいまだ認知の進んでいないデートDVの実態や対処法について、パネル展やシンポジウムなどの啓発事業を行う男女共同参画センター横浜(横浜市戸塚区)の相談センター長 菊池朋子さんにお話しを伺った。
性行為を強要するのもDVと言える
――デートDVとはどのようなものなのでしょうか。
菊池朋子さん(以下、菊池):デートDVという言葉だけを聞くと「デートをしているときに暴力を振るわれる」と外出先での一時的な暴力をイメージする人もいますが、これは違います。デートDVとは、交際中の相手からの継続的な暴力や支配構造全般を指します。
もともとDVという言葉は、一般的に配偶者からの暴力を指して使われることが多いですよね。しかし数々の研究や相談実績から、配偶者からの暴力は結婚後に開始されるだけでなく、すでに交際中から始まっているケースが多数あることが分かってきました。
そのため、結婚後だけではなく交際中の恋人からの暴力や支配に気づいてもらいたいと考え、ここ数年私たちは若い世代に向けて、啓発・防止のためのイベントや写真展など、さまざまな方法を試みてきました。
――デートDVとは、具体的にどのような行為を指すのでしょうか。
菊池:DVと同じように、殴る・蹴るなどの身体的暴力に加え、大声で怒鳴ったり、ののしったりする精神的暴力、性行為を強要するなどの性的暴力などがあげられます。
このほかにも交際費用を一方的に負担させられるなどの経済的暴力、携帯電話をチェックしたり、友人関係を制限したりするなどの制限もデートDVと言ってよいでしょう。
――被害はどれくらい深刻になっているのでしょうか。
菊池:内閣府の調査によれば、女性の約5人に1人はデートDVの被害経験があるといいます。また近年「交際相手とのトラブル」と報じられる若い世代の殺人事件の報道を耳にすることも増えましたが、こうした事件の背景にも日常的な暴力や支配、つまりデートDVが存在していると考えられています。
こうした流れを受けて、法的にも交際相手からの暴力や支配を防ごうとする仕組みが整備され始めています。平成25年にはDV法の改正が行われ、配偶者からだけでなく生活を共にする交際相手からの暴力も法の適用対象となりました。デートDV被害の深刻さに対する社会的な認知が高まった結果だと言えるでしょう。
苦しくても恋人から逃げられない背景
――結婚している場合は離婚という大きなハードルがありますが、恋人関係ならばそうした制約はないため別れてしまえばいいのではないかという声も聞かれます。
菊池:たしかに婚姻という制度上の制約はありませんが、同じ職場や学校であるというように生活空間が共有されている場合もありますよね。また付き合っていれば連絡先や住所が相手に知られているケースが大半です。
こうした関係性の中でもし相手から離れようとすれば、引っ越しや転校、転職も視野に入れる必要があることもあります。でも、そんなに簡単に仕事を辞めたり、住居を変えたりはできませんよね。このようにたとえ婚姻という制度上のハードルはなくとも、相手から離れるためには多くの困難が生じます。
また、一般的な夫婦間でのDVでも同じ傾向が見られますが、加害者は被害者と周囲の人との関係性を切って孤立させ、自分のそばから逃げられないようにするんですね。
――どのように周囲との関係性を切るのでしょうか。
菊池:友達と会ったり、家族と話したりすることを制限するといった行為がこれにあたります。そのため、被害を受けていることを誰にも話せず、逃げ出すこともできないという被害者の方が多いんですね。
そのため被害にあっている方の家族が相談にくることもあります。「娘がほとんど家に帰ってこない。男性と付き合いはじめたようだが、帰ってくる時には大きなあざがある。娘に聞いても黙っているばかりで何も話してくれずに心配だ」という相談を受けたこともありました。
このように実際にデートDVの被害にあっている方は「会うな、話すな」という精神的な支配を相手から受けているために、家族にすらその状況を伝えられないこともあるのです。
アプリで携帯の発着信を監視…SNS時代のDVの特徴
――20代・30代という若い世代からのデートDVの相談にはどのような特徴がありますか。
菊池:スマートフォンやSNSが浸透していることが、若い世代のDVをより深刻にしていると感じています。
例えば、行動監視アプリをダウンロードすると通話履歴やGPS情報が加害者側の携帯電話に届くようになるんですね。しかも、被害者はインストールされていることに気づくことができない設計になっているため、知らないうちに行動が加害者側に筒抜けになっているわけです。
そのため相談機関に電話をかけると、それが相手にばれて、さらに暴力が強まるという最悪のケースにつながることも考えられます。
さらにLINEの既読がすぐにつかないと暴力をふるう、ツイッターやfacebookで会っていないときの様子を常に伝えなければならないなど、スマートフォンが普及しSNSを用いている人が増えたからこそ、相手を監視し、支配しやすい環境が生まれていると言えます。
また最近少しずつ見られるようになってきたのが、出会い系のサイトで出会った男性から暴力を受けているという相談です。ネット上で知り合う男性すべてが悪い人であるというわけではありませんが、リアルな世界でのつながりのない初対面の男性と会いやすくなったことで問題が起こりやすくなっているという側面もあります。
こうした問題が情報機器やネット文化が相対的に浸透している若い世代でより表面化していると言えます。
「一心同体がよい」というカップル観がもたらす危険性
――デートDVの被害を防いでいくためにはどのようなことが必要でしょうか。
菊池:当事者の人たちは自分がデートDVの被害にあっているということに気づいていないケースも多いんですね。まずは、そういう方のために「どういう状態がデートDVであるか」ということを分かりやすく伝えていく必要があります。
男女共同参画センター横浜では、フォトグラファーの小野啓さんと(株)電通のコピーライター・クリエイティブディレクターの玉山貴康さん、アートディレクターの上西祐理さんにご協力いただき、2013年からデートDVについて伝える写真展を市内外で行ってきました。若い世代にデートDVについての意識を高めてもらおうと、高校生の写真とともに、デートDVを象徴するようなメッセージを展示したんですね。
メールがくる。
すぐに返信しないと、
めちゃくちゃキレる。
―カレが怒鳴ったり殴ったりするのは、
きっと私が悪いことをしたからなんです。
―カノジョなんだから、
お前のメール、
チェックするの、
当りめぇじゃん。
(コピーライター・クリエイティブディレクター 玉山貴康)
菊池:この展示を見た方からは「この言葉を見て、初めて自分がデートDVを受けていることに気づいた」という感想もいただきました。このようにデートDVについて知ってもらうことで、まずは当事者の方に「あなたは今SOSを伝えていいような状況にあるんだよ」ということを認識してもらえたらと思っています。
また、周囲の人の理解やサポートも必要になってきます。被害者は自分の状況を隠そうとすることも多いため、周りから被害が見えづらくなります。だからこそ少しでも変だなと思ったら、辛抱づよく話を聞いたり、見守ったりする姿勢を持ってほしい。
中には、職場や学校にまで加害者が連絡をしてくるような場合もありますが、職場の人や学校の先生と協力して対応し、状況が改善したケースもあります。一人ひとりの状況や意志に合わせてできることはたくさんありますから、「もうどうにもできない」と思わずにまずは相談してみてください。
――デートDVに陥らないような恋愛関係を築くにはどうしたらよいでしょうか。
菊池:そのためには、対等なカップル観を醸成していくことが必要だと考えています。『デートDV・ストーカー対策のネクストステージ』(解放出版社)という本の中で著者の伊田広行さんが「一心同体がよいというカップル観はとても危険で、一人ひとりが尊重されるべきであるというシングル単位のカップル観を持つことが重要」ということをおっしゃっています。
カップルというとひとつの輪のなかにお互いが入り込むといったイメージがありますよね。しかし、本来はそれぞれの主体性がしっかりと生かされて、ふたりの輪が重なりあうような関係性が理想だと思います。
――特に若い世代においては近年「一心同体であること」がよいというカップル観がさらに強まっている気がしています。カップルでTwitterの同一アカウントを持ったり、ラブラブ動画を作ってSNSで公開したりという文化も生まれています。
菊池:付き合い方や楽しみ方は人それぞれだとは思いますが「個々に輝くために付き合う」という恋愛観をしっかり若い世代の人にも知っておいてほしいなと思うんです。お互いの境界を尊重し合えるようなシングル単位のカップル観を形成していくことがデートDVを防ぐために必要なのではないでしょうか。