『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』著者である早稲田大学ビジネススクール准教授・入山章栄先生に、日本のビジネスの現場と最新の経営学の知見についてお話を伺うインタビュー後編。前編では、定義すら曖昧なまま「グローバル化」「ダイバーシティ」といった言葉が跋扈していると指摘されていた。
後編では、「ダイバーシティと女性活用」について、一歩踏み込んで経営学者の視点からお話いただく。
【前編はこちら】なぜ日本人は必死で英語を覚えるのか? 経営学者が分析する「グローバル」の弊害
「ダイバーシティ」を進める目的が置き去りにされている
――4月から「女性活躍推進法」が施行されますが、「ダイバーシティ」及び女性活用についてはどう思われますか?
入山章栄さん(以下、入山):世間では「明確な数値目標が設定されていて、その数値に合わせて女性を入れることが『ダイバーシティ』だ」と思われている節があって、それは、学術的には違う可能性があると感じています。安倍首相が「管理職全体の30%を女性にするように」としたから、あくまでそれを達成するために女性を入れるという。「ダイバーシティをそもそも何のためにやるのか?」という議論が、置き去りになっている気がするんですね。
――ここでも、「ダイバーシティ」という言葉が先行してしまっている訳ですね。
入山:はい、国や社会全体から見たら、僕は女性の活用は大賛成です。実際、僕がアメリカから帰国した理由の一つは、日本のほうが妻にあう仕事があるからですから。経済全体としても、女性が社会進出すれば労働供給力だって上がりますし、いいことですよね。
ただ、それと「女性を入れれば会社が儲かるか」は全く別の話。平たく言ってしまえば、会社が「女性を入れれば儲かる」と感じたら増やせばいいですし、そうでなければ控えればいいんです。女性だって戦力として入りたい訳ですから。
なのに、「女性が入れば会社の業績はよくなります!」という短絡的な因果関係が、世間のイメージとして醸成されている気がするんです。
「ダイバーシティ」にはタスク型とデモグラフィー型がある
入山:経営学では、「ダイバーシティ」にはタスク型とデモグラフィー型の2種類があることがわかっています。タスク型とは、その人の持っている経験や知見・価値観に応じたダイバーシティのことです。一方、デモグラフィー型は、性別や国籍など、見た目に応じたダイバーシティ。数値目標に従って、単純に女性をごっそり入社させることは、デモグラフィー型の「ダイバーシティ」に該当します。
そしてこれまでの多くの統計分析で、タスク型は企業にとっておおむねプラスになるが、デモグラフィー型はプラスになるとは限らない、むしろマイナスになるかもしれないという結果が出ています。
タスク型のダイバーシティなら経験や価値観が多様化されるので、さまざまな知と知が組み合わさり、イノベーションが生まれやすくなるんです。ですので、まず何のためにダイバーシティを進めるのかを考え直し、企業業績のためにやるのなら、タスク型の「ダイバーシティ」を目指すべきなのです。
もちろん女性が入ることで、新しい知見や価値観がもたらされることは大いにありえます。でもそれはタスク型のダイバーシティだということです。見た目だけにとらわれるデモグラフィー型重視では、うまくいかないのです。
――タスク型の「ダイバーシティ」を推進していくために、私達はどう変わっていけばよいでしょうか。
入山:「女性を30%入れる」というような数値目標重視の表層的なデモグラフィー型のダイバーシティにとどまるのではなく、やるなら徹底的に様々な次元でダイバーシティを進めていくことが必要でしょう。
たとえばタスク型の「ダイバーシティ」を展開していくには、20、30代の女性ばだけをごっそり採用するのではなく、50代の女性、あるいは外国人、あるいはLGBTといった多様なバックグラウンドの人々を入れることが肝要になります。
その上で、経営者も社内の人間も、摩擦を受け入れる覚悟を持つことです。元来オッサンばっかりだった組織に女性を新たに入れるというのは、やっぱり大変なんですね。さまざまな価値観が存在しますから、「自分の考えを否定する人が出てくる」というのが当たり前なんです。会議で対立することだってあるわけなんですよ。
そういう時、従来の日本企業のようにオッサンの多い職場だと「これだから女は」みたいな論調になったりしますよね。
でも、タスク型のダイバーシティを進めていく上では、『違う意見もある』ということを前提に議論し、企業全体で受け入れ体制を整えていかないといけないと考えています。
Googleですら、社員同士の偏見を取り除くのに苦心している
――まさに、組織を改革するレベルで取り組む必要があるということなんですね。
入山:「ダイバーシティ」を社是としているGoogleですら、「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」が問題になっていて、その偏見を取り除くために研修を行っています。人間は、どうしても見た目から入ってしまうんですね。「女性であること」のバイアスというのは確かにあるんですよ。
経済学で、「論文を評価する」という研究があります。分析の結果、「著者が誰か分かっていない状態で論文の内容を評価すると、女性が執筆者である論文の方が評価が高い。しかし、著者が誰か分かった瞬間、女性が執筆者として加えられている論文は評価が下がる」ということが分かりました。
これはゴールドバーグ・パラダイムと言って、心理学の世界でもよく言及されているバイアスです。これは、男性のみの責任とは言えません。実は、女性の方が「女性の成果を低くみる」傾向があるとも言われています。人間全体が持つバイアスなんです。
Googleですら徹底的にやらないと上手くいかないんですから、いわんや日本企業をや、ですよね。
――男性中心の職場に飛び込んでいく女性達の側にも、必要な心構えはありますか。
入山:自身の知見や経験をきちんと評価してくれる会社を見極めることが大事だと思いますね。
また、オッサンばかりの職場で働きにくいのであれば、女性はもっとどんどん起業すればいいのではないか、と考えることもあります。
アメリカの高名な心理学者アリス・イーガリーは、「これからのリーダーは女性の方が能力的に向いている」と提唱しています。前向きなビジョンを示し、新たなアイデアで部下のやる気を刺激し、一人ひとりをケアする、男性的でもあり女性的でもあるトランスフォーメーショナル型のリーダーシップです。ただ、まだまだ女性経営者は多くないですよね。これは日本だけではなく、シリコンバレーでも女性起業家の少なさが問題になっています。
個人的には、日本はまだ女性も男性も、仕事や生活の選択肢が少なすぎると思っています。女性がどんどん起業して、保育園に連れて行きやすい郊外にオフィスを構えたり、母親が6歳頃まで子ども達と一緒に過ごせるようになったりすれば、より多様化は促進されるのではないでしょうか。そのためには、企業だけでなく、日本全体でダイバーシティに取り組んでいかないといけません。